GLOWFLY(7)【ザックラ】

*GLOWFLY

最大の任務:07

 

セフィロスという人は、悪事を働く神羅に猜疑の目を向けており、いつもそれを気にしているようだった。

セフィロスにはセフィロスなりの正義があり、それはいつも正しい。その正しさに反する行為を働く神羅に自身が属しているということが、セフィロスにはきっと許せなかったのだろう。時々何かを悩むふうにぼんやりする顔を、覚えている。

「お前はソルジャーになってどう思った?」

ザックスが神羅に入って少し経った頃、たまたま話すようになったセフィロスはそんなことを聞いてきた。

そう聞かれた時、ザックスは勿論のこと嬉しいと返したものである。何しろソルジャーになるために此処にやってきたのだし、セフィロスの存在は憧れそのものだった。セフィロスのようになれたなら男冥利に尽きるというものだろう。

「そりゃ勿論!嬉しいに決まってる。まあ一つ希望するなら、もっとデカイことをやりたいんだけど」

「…なるほど。まあそうだな、今は平和すぎる」

そんな会話をしたその時、セフィロスは窓の外に眼をやっていた。そこは神羅の兵舎内で、既に仕事のほとんどが終わった時刻だったから、周囲はあまりにも静かだった。

窓の外に見えるのはコンクリートで固められたようなグレーの景色。
それを見遣るセフィロスは、どこか物憂げだった。

「なあ、セフィロス。アンタはどうやってソルジャーに?」

あまりに静かな空間の中、ザックスは思わずそんなことを聞いた。いつもだったらこんな事は聞けはしなかったろうが、こんな静かな雰囲気だと真面目な話の一つくらいは許されそうな気がして。

それにそれは、ザックスにとっては疑問そのものだった。
多分ザックス以外の人間にとっても疑問だったことだろうが、誰もセフィロスの経歴というものを知らない。

これほど有名で英雄と称えられているにも関わらず、どういった経緯でソルジャーとなり、どこから神羅にやってきたか、どんなふうにそこまでの強さを築き上げたのか…それは誰も知るところではなかったのである。

だからそのザックスの質問は、多分誰もが抱えている疑問でもあった。

「どうやって、か…。それは俺にも分からない」

「分からない?」

セフィロスの返答に、何だよそれは、と笑ったものだが、当のセフィロスはまったく笑いもせずに真剣な面持ちのままでいる。だからザックスは、その笑みをすっと消した。きっと此処は、笑う場所ではないんだと、そう思ったから。

その後は沈黙が訪れたが、少し経つとセフィロスの方から口を開いた。

「俺は先の戦争で功績を残した。多分それはお前も知るところだろう。だがそれが一体何だという?…俺には分からない、ソルジャーでいる意味も、俺が此処にいることも」

「セフィロス…」

「お前はソルジャーになって嬉しいと言ったな。だが俺は違う。ソルジャーになることが目的だったわけじゃない。それから…多分此処にいることも。俺は何の為に此処にいるのかも闘うのかも、良く分からない。ただそれを望まれるからそうしている」

まるで大切なものを告白されたような気分になったザックスは、その真面目な言葉にどう返答していいか分からなかった。

確実にソルジャーを目的にして此処にやってきたザックスとは違い、セフィロスはソルジャーになることなど目的ではなかったとそう言うのだ。

それにも関わらず強大な力を要しているセフィロスは、何かにつけて注目される。そうなれば自分の意志とは関係なしに周囲の為の振る舞いを見せるようになるのは当然だろう。

例え確実な目的が無かったとしても、この神羅にいて、ソルジャーという立場にいる限りは、与えられた戦闘を繰り返す。

仕事なのだからそれは当然だろうが、事実その仕事に意味があるのかどうか、それをセフィロスは分かりかねているという様子だった。

「ザックス。お前は何を任務だと思う?」

「え?」

沈黙を守っていたザックスに、ふとそんな質問が降りかかる。
意味が分からず思わず問い返すと、セフィロスはこんなふうに言いなおした。

「生きる上での、任務だ。そうだな…例えば道と言い変えても良いかもしれないな。お前が一生をかける任務とは、どんなものだ」

「一生をかける?そんな事急に言われても、思いつかないな」

「そうか。じゃあ俺と一緒だな」

「一緒?」

そう聞き返すと、セフィロスは一つ頷いて「そうだ」と返す。

「俺も未だにそれを見つけられない。今は多分、犬死をしてもそれを良しとしてしまうだろう。死ねない理由が、見つからない」

「死ねない、理由…」

そんな言葉をセフィロスの口から聞くとは思ってもみなかった。死ねない、だなんて余程セフィロスには似つかわしくない。

大体セフィロスならば、死ねない、ではなく死なない、と言う方が近いだろうし、どんなことがあってもそんなふうにはならない気がする。

それでもセフィロスが、自分の力の強大さを知った上でそのような言葉を口にするのは、ある意味では嬉しいことのような気がした。

だってセフィロスの力には、誰も及ばない。どう考えても特殊な人間としか思えない。
そんな人間であれば死など嘘でも考えないだろうに、セフィロスはそれを思考の内に入れているのだ。とするとそれは、ザックスや他の人間と同じということではないだろうか。

特殊でも何でもない、普通の一人の人間と…同じ。

そう思うとザックスは、セフィロスもそれほど遠い人ではないような気がした。セフィロスも同じような事で悩み、同じような憂いを持っているのだ、と。

「きっと、これから見つかるよ。そういうのは」

ザックスは少し元気なふうにそう口にすると、俺もこれから見つける、と付け加える。そんなふうに言われたことにセフィロスは幾分驚いたような顔をしていたが、すぐに普通の表情に戻ると、やがて少し笑ったような顔になった。

 

 

 

そんな会話をした後も、ザックスは特別それを気にすることなく日々を過ごしていた。ただその会話後は妙にセフィロスが近く感じられて、何かにつけ話しかけるようにはしていたものである。

そうすればそうするほど、セフィロスへの信頼は募っていく。何しろ元は憧れの存在だったし、そんな人と話ができることは大きなステータスのようにも感じられたから。

しかしセフィロスは特別なことで借り出されることが多く、そうそうザックスたち普通のソルジャーと共にいることはなかった。任務もそれと同様で、それほど被ることはない。

だからザックスは、セフィロスがいればセフィロスに話しかけたものの、大体の時間は同僚や普通の兵士たちとコンタクトを取っていた。

任務が明ければ後はほぼ自由時間になるから、そういう時間を使ってコミュニュケーションを取る。これは仕事のためではなく、単にザックスの性格がさせることだった。

そんななか、一般兵とも気さくに話していたザックスは、たまたまある少年と出会い、そこで意気投合することとなる

それが、クラウド。

元々は自分と同様気さくなタイプの一般兵と話していたのだが、たまたまそこにクラウドがやってきたのだ。その時クラウドは、同じ一般兵の同僚に対してもどこか謙遜気味だった。どこか頼りなくて、どこか弱そうで。

「あのさ、さっき教官が呼んでたよ。俺、伝えてくれって言われたから…」

唐突に輪に入り込んできたクラウドは、伝達の言葉だけを端的に伝えてきた。それを伝えられた気さくな一般兵は、「ああ、ありがと」などと言いながらザックスに挨拶をする。お呼び出しらしいんで、すみません、などと言って軽く手を上げると、クラウドの方には目もくれずにその場を去っていく。

クラウドははにかむように笑ってその姿を見送ると、その場にいたザックスをチラと見遣って、焦ったように笑った。

――――――何だ、こいつ?

最初の印象はそれだった。

上手くモノも言えない少年。
ただ笑ってその場をかわそうとしているのが明らかに分かり、いかにも争いごとはゴメンといった様子である。それはザックスとは正反対で、すっぱりとモノを口にするタイプからすればイジイジとしていてむず痒い。

しかしザックスは、それでもその時クラウドに話を振った。

自分と正反対のタイプだからといって、無差別に嫌うなんて事はない。ただ、今迄クラウドのようなタイプの人間とは話が弾まない事が多かったから、ついつい同じ気質の人間に向かってしまっていただけである。

それに、最近はセフィロスとも話をしているくらいだ。セフィロスは明らかにザックスとは違うタイプの人間である。それでも話したいと思うのはセフィロスだからというのもあるが、正反対に位置するものへの興味でもあった。

「よう、兵士君。任務明けか?」

「えっ!あ、はいっ」

クラウドは急に話しかけられたことにビックリしたように顔を強張らせたが、すぐに見繕うような笑顔を作りそう返答する。

クラウドはどこかおどおどしながらもザックスの眼を見詰めていて、それはどうやらザックスがソルジャーであることを確認しているようだった。

ソルジャーは魔晄を浴びていて、その瞳に特殊な色を帯びている。
多分それを、見ているのだろう。

「お前もソルジャー候補?」

「え…あ、はい!それが希望です」

「そっか。じゃあ頑張ってるんだな」

差しさわりのない会話を続けたザックスは、その間中ずっとクラウドを見ていた。クラウドは先ほどまで見ていたザックスの瞳から眼をそらすと、下を向いて「はい」だとか短い言葉を繰り返している。

その様子がいかにも自信のなさを表していて、何だかザックスは急にクラウドが気になりだした。

だって、普通の兵士たちとは明らかに違うのだ。普通の兵士たちというのはソルジャーでなくとも自信に満ち溢れていたり、そうでなくとも訓練されて厳粛な受け答えをしたりするのが普通である。

それなのにクラウドはどこか違う。訓練は受けているのだろうが、さっぱり神羅の兵士という強さを感じられない。

はっきり言えば、大丈夫なのだろうか、と心配になってくる。

この先ソルジャー試験や様々な任務がある。その中でこの目前の少年は上手くやっていけるのだろうか、こんなふうで。それが気になって仕方無い。

そんなことを頭の隅で考えていたザックスは、壁にかかる時計をチラと見遣って時間があることを確認すると、自己紹介などをして同じものをクラウドに求めた。名前はなんというのか、出身地はどこか、何で神羅に入ったのか…そんな部分である。

大体初対面ではありがちな話題だったが、普通と違って妙に気になる。それもクラウドが何だか普通の兵士と違うからだろうか。

ともかくそんな会話をしているうちに段々とこの少年の事が分かってきて、名前はクラウド・ストライフというのだと知った。その上ザックスは意外な共通項を見つけてしまったのである。

それは、故郷を飛び出した、という部分だった。
しかもその家出同然の行為は、ほぼ勢いだったという部分も一緒だ。

もちろん原動力や熱意には多少の差があっただろう。しかし、いかにも心配なこのクラウド少年も、やはりセフィロスの雄姿にかられて家を飛び出してきたのだと分かると、まんざらでもないような気がした。

多分、心のどこかでは思っていたのだ。どうしてこんな少年が神羅にきたのだろうか、と。

「俺は、ソルジャーになりたいんです。そう約束してきたから、だからそれまでは故郷にも帰れないし…それに俺、好きな子が故郷にいるから、中途半端じゃ尚更帰れないんです」

ザックスとの会話に少し慣れてきたのだか、暫くするとクラウドは比較的しっかりとした口調でそう言った。

「へえ、好きな子がいるんだ!その子と約束したってわけか、ソルジャーになるって」

「はい。…でも、なれるかどうか」

「ははは、大丈夫だって!頑張ってるんだもんよ、そんなに気落ちすることはないさ。それよりお前、格好良いよ」

「え?俺が?」

ビックリしたようにそう聞き直したクラウドに、ザックスは強く一つ頷いて、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「ああ、格好良いって思う!だって、その子守りたいんだろ?お前、ちゃんと目標があるって事じゃないか。それってすごく格好良いよな」

「あ…ありがとうございます」

クラウドは急に赤面すると、床の一点を見詰めて恥ずかしそうに笑った。その様子はザックスからは良く見えなかったが、それでも何だか微笑ましい。

ザックスがクラウドにそう言ったことは、何も嘘ではなかった。心配だなとは思ったが、それを払拭するためにいった言葉というわけでもない。ザックスからしてみれば、それは本当に格好良い事だったのである。

クラウドとザックスは、同じように故郷を飛び出してきた同士で、それはお互いに誰かに応援してもらえるようなものではなかった。多分に自己の判断が大きかったのだ。

勿論、結果を出せば誰だって認めてくれるだろうし賞賛してもくれるだろう。しかし、そこまでの決心をして飛び出した先で、何も成し遂げられず、挫折したら…そのときはきっと誰も認めてはくれない。やはりそんな大層なことはできないのだと解釈されるのがオチだろう。

もし後押しをされて神羅に入社したなら、どういう状況でもまだそれは緩和される。
だが二人は飛び出してきた身で、そういう保守的な優しさを故郷に求めることはできなかった。

なんの後ろ盾もない状況で、それでも目的を持って神羅にやってきたクラウドは、ザックスにとっては妙に輝いて見えた。支えがないなら自分自身が支えになるしかない。その支えは、目的というものがあればしっかりと根付く。

クラウドには、それがある。
だから輝いて見える。

例えどんなに態度が曖昧で心配げに見えても、クラウドには自己の支えがあるから問題がない。大切なのは表層ではなく中身なのだ。

支えたる目的。目的という礎。
もしそれが無ければ、常に疑問がつきまとうだろう。
今何をすべきか、何の為に此処にいるのか――――そういった諸々の疑問が。

その疑問はやがて、支えのない不安定な自分自身を壊してしまう。自分には意味がない、この先にも何の希望もない…そんなふうに。

それはまるで―――…セフィロスが見せる憂いに、似ていた。

「…なあクラウド。俺、お前ともっと話してみたいな。どうだ?」

ザックスはふと頭を過ぎったセフィロスの事を掻き消しながら、目前のクラウドにそう言った。それはまるで友人になろう、という申し出のようである。

しかしクラウドにとってザックスは今日初めて出会った人間で、しかも自分とは立場も違うソルジャーである。自分のような一般兵が目上のソルジャーと話などしても良いものか…クラウドの眼にはそのような迷いが浮かんでいた。

「駄目かな?」

戸惑いを見せるクラウドに、再度ザックスがそう言うと、クラウドはやっと決心したのかこんなふうに答えた。

「駄目…じゃないです」

それは、二人の友情の始まりだった。

  

 

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