神羅の影:15
そういった三人の空間は何度となく重ねられ、ザックスが思っていたような空間の維持は滞りなく守られていった。
三人は、共に話をし、共に笑う。
そこには、英雄という肩書きやソルジャーという地位、そして一般兵といった、それぞれが置かれた位置によって作られるはずの垣根などは存在していなかった。
しかし、そういうふうに垣根が取り払われた空間の中で、段々と変化を見せるものも勿論存在している。それは本来ならば歓迎すべきことであったろうが、ザックスにとっては違和感を覚えるような出来事だった。
それは、ある日のこと。
ふと訪れたその場にセフィロスとクラウドの姿があったのである。
いつもだったら自分が召集をかけて集まるのが普通だというのに、その日はどういうわけかその召集なしに二人が共におり、ザックスはその状況に驚きを隠せなかった。
確かに此処最近ではクラウドの緊張癖もなくなってきたし、セフィロスとてクラウドと話すことで少しは憂いが緩和されたのではないかと思う。
しかしそうだとしても、自分の声かけ無しに二人が共にいるということは、何だか妙な感じがしたのである。
「あれ、揃ってるんだ?」
何だか変な感じだ、そう思いながらもその感覚について深く追求しなかったザックスは、開口一番そう口にして輪の中に入った。
既にその場にいたセフィロスとクラウドは、そんなザックスの様子に特別変わった反応も見せずに、ただザックスを受け入れる。二人は今迄何かを話していたようで、表情は妙に緩やかだった。
「ザックス!さっきね、たまたまセフィロスと会ったんだ。それでちょっと話し込んじゃって」
やってきたザックスにそう告げたクラウドは、今迄話していた内容が何か楽しいことだったのか、にこにこと笑っている。
その隣のセフィロスも珍しく微笑んでいて、
「なかなか有意義に過ごしていた」
などと言う。
それを見てザックスは、へえ、などと笑った。
しかし心中では何だか微妙な感覚が渦巻いており、笑ってみたとはいえその正体不明の感覚を止めることはできない。何だか分からないけれど、妙な感じがする。
セフィロスとクラウドがこうして親しく話している状態というのは、ザックスにとってみれば望ましい状態である。何しろ二人を仲介したのはザックスなのだし、それをしたのは他でもなくそうなって欲しいという気持ちがあったからだ。
しかしその時のザックスは、今迄そう望んでいたにも関わらず、何か否定的な感情に囚われていた。
「珍しいな、二人だけで話してるなんて。で、何の話してたんだ?」
心の中に浮かび上がった否定的な何かを必死に食い止めながらも、ザックスは笑顔でそんなふうに問う。すると、クラウドが笑ってこんなことを返答した。
「今ね、任務の話聞いてたんだ。セフィロスの任務の話だよ」
「へえ、任務の話か!それってどういうの?」
「えっと…いろいろあるんだけど…」
そこまで言ってクラウドは、チラ、とセフィロスを方を見遣る。
そうしてアイコンタクトのように二人は小さく笑い合うと、こうこうこんな話で、とか、こんなことがあって、とか、先ほどまで話していたらしい任務の内容を口にした。
その任務の内容というのは過去にセフィロスがこなしてきた任務だったらしく、特別ザックスは関わりがない。
セフィロスとは何度か話してきたけれどこうして任務の話などはしたことがなかったから、ザックスにとってみれば初耳の話といって良いだろう。
そういった初耳の内容を聞きながら、ザックスは目前の二人を見遣っていた。
二人は、何だか小さな秘密を共有したみたいに時々笑い合ったりしている。小さな秘密といっても、今此処でザックスにその内容を話しているのだから実際にはそれは共通の話題となるだろう。しかしそれでも、その二人の間には何か入り込めない雰囲気が流れていた。
何だか、変だ。ザックスはそう思う。
たった今その話題は共通のものとなったはずなのに、何故だかそれは共有されていない気がする。そう思うのは気のせいかもしれないとも思うが、それでも先ほど感じた否定的な感覚はその気がかりを助長させていく。
今迄こんな気持ちは感じたことがなかったというのに、これはどういう事だろうか。
三人でいる空間はすごく楽しくて、ずっと続くだろうと思っていて、確かにそれは叶っていて幸せなはずなのに―――それなのに、何かが違う。
何だか良く分からない。分からないけれど、嫌な感じがする。
幸せのはずの空間が、崩れるような…そんな感覚。
「ザックス、どうしたの?何だかボーッとしてるよ」
ふとそう言われて、ザックスは我に返った。どうやら、何時の間にか沈黙していたらしい。自分ではそのつもりはなかったのに、無意識がそうさせていたのだろうか。
「あ…悪い!何でも無いんだ。で、何だっけ?」
「どうやら疲れているらしいな、ザックス。…まあ貴重なものが見れたと思っておこう」
「おいおい、何だよそれ!ったく、ひどいんだから…」
そんな小さなやりとりの後、笑い声が響く。
クラウドが可笑しそうに笑い、セフィロスが穏やかに微笑む。その中でザックスも笑ったが、それでも心中では違った表情を見せていて、それはとても笑顔とは程遠いものだった。
眼前には二人の笑顔が見える。それはとても幸せで嬉しくて、本当は心から喜ぶべきことなのに…何故だろう、心がチクリと痛む。それは目に映る笑顔が二人の間だけのものと変化した時に痛みを増し、やがてザックスに苦笑いをさせた。
二人はもう、二人だけで笑い合うことができるのだ。
緊張したようなクラウドはもうどこにもいなくて、紹介などしてくれなくて良いといったセフィロスはもうどこにもいなくて、それなのに自分はあの時のままで。
まるで取り残されてしまったふうに、此処にいる自分。
そう感じたザックスを襲ったのは、否定的な感覚と、そして、焦燥感だった。
そんな事があって以降、ザックスは少し変化した。
相変わらず同僚ソルジャーや顔なじみの兵士達と話す時には軽いノリで話を進めるものの、セフィロスとクラウドと共にいる時にはそれがぎこちなくなる。
勿論表面上はいつも通りなのだが、ザックスの中の感覚としてはそれが上手くこなせていないのだ。
そんな状態だからか、尚更、焦燥感を覚えてしまう。
しかしそれでも上手くこなすことは難しく、そうしている間にもセフィロスとクラウドは日増しに共有時間を増やしていく。
とはいっても、その共有時間は二人が示し合わせて作り出したものではなく、単に偶然の産物である。なんとなく会ったから話をする、何となく話していたら笑顔になる、そういう偶然の繰り返し故の共有時間。
しかしそれがどんなに偶然のものであっても、ザックスの目に映る二人の表情は、それを偶然には留めなかった。
明らかに意思疎通が窺える柔和な表情の中には、どれだけ話をしてどれだけ時間を共にしたのかが如実に現れている。
それを見ると何故だか焦燥感が増し、どんどんと否定的になっていく。
そういう自分の心情の変化に気づいていたザックスは、僅かでもそれを緩和したいと思い、たまに単独でそれぞれに話しかけたりした。
以前のように召集をして三人で、というのではなく、あくまでマンツーマンで、ということである。
そういう時、セフィロスの方は大体変化が見られなかった。
セフィロスは以前と同じように独りで外のグレーを見詰めていることがあり、そういった時分に話しかけるとやはり真面目なことを口にしてきたりする。
その話題は以前同様に重いものだったが、ザックスにとってはその重さこそが安堵をもたらすものと変化していた。
がしかし、クラウドの方は違っていたのである。
クラウドは、気心の知れた間柄になってからというもの緊張感を見せることはなくなっていて、それは喜ばしいことに違いなかった。
それでも最初は会話の端々に自信の無さが伺えることがあったから、その都度ザックスはそれを激励していたものである。
しかし、最近では会話の端々にさえそういった自信の無さは垣間見えることがない。
当然、それもまた喜ぶべきことだろう。何しろそれはクラウドが自信をつけた証拠だし、加えて言うならザックスとの間柄も更に上昇していることを示しているのだから。
ところがザックスは、そんなクラウドを見て、素直に喜ぶということができなくなっていたのである。
本当ならこれはとても幸せな状況なのに、やはりそれを受け止めるのが辛い。
何故それが辛いのか――――それは多分、クラウドの繰り出してくる話題の大部分がセフィロスのことになっていたからだろう。それは、ザックスに大きなものを落としていった。
この前セフィロスが言ってたけど、と話題を振られる。
そういえばセフィロスって、と話題を振られる。
明るい笑顔が、自信を持てるようになったその口調が、それを語る。
その度にザックスは渦のような焦燥感を覚えたものだが、それでも尚必死で笑顔を作り出していた。何とかクラウドの前では笑顔でいよう、そう思っていた。
だって自分が妙な表情などしてしまったら、折角自信がもてるようになったクラウドの笑顔を、曇らせてしまうから。
そう思って頑張っていたザックスだったが、その頑張りはやがて、大きくなりすぎた焦燥感と、そこから流出した猜疑によって掻き消されていった。
今、クラウドが笑ってくれるのは、自分の為じゃない。
今、クラウドが自信を持てるようになったのは、自分の影響じゃない。
全部、全部――――――セフィロスだ。
どうしたら…どうしたら良い?
このままでは、クラウドがどこかに行ってしまう。
このままでは、自分は消えてしまう。
あんなに大切だった新鮮さや楽しさや幸せ――――全部、消えてしまう。
――――――取り戻さなきゃ。