真実の選択肢:21
「真実を見た気分はどう、ザク?」
どこか遠いところから聞こえたようなそんな言葉に、ザックスはぽつりと言葉を返す。それは最早、無意識に近い状態だった。
「…もう嫌だ」
「嫌?」
「…もう嫌だ。お前も、セフィロスも、クラウドも皆…もう、嫌だ」
「え?」
もう、何が何だか分からない。
とにかく嫌だという気持ちが脳内を旋回した。
多分それは、守らなくてはいけないとか、真実を見極めなければいけないとか、失いたくないとか、そういったザックスが今まで大事にしてきた色んな感情が混ざり合ったその中にできた隙のようなものだったのだろう。
いつもどこかに潜んでいて、否定してきたその部分が、無意識に口をついていく。
「…どうせ失うなら、最初から無ければ良かったんだ…それなのにどうして…」
どうして、出会ったりしたんだろう。
どうして、一緒に笑い合ってしまったんだろう。
優しい記憶なんて作らなければ、辛くなんてなかったのに。
信じたりしなければ、裏切られたりしなかったのに。
――――――出会わなければ、別れなんてなかったのに。
「…もう…」
最後にザックスが何かを言おうとした、その時。
ガタン…!
酒場中に響くかのような激しい音が耳を劈いた。
いや、音が聞こえただけではない。何か激しい衝撃が体中に響いてくる。
一体これは何だろうか、そう思って良く良く考えてみると、それはどうやら自分が殴られた音だったらしい。
それに気付いた時にはザックスはもう、床に倒れこんでいた。視界に見えたのは、怒りを沸騰させたかのように感情を露にしたルヴィの姿である。
「ザク…見損なったぞ!お前、自分の言ったことすらも守れないのか!?」
「ル、ルヴィ…?」
痛む体をゆっくりと起しながらも、ザックスはルヴィに視線を集中させた。
目に映るルヴィは今迄通りのルヴィだが、どうも何かが違うような気がしてならない。それが何なのかに気付いたのは、ルヴィが次の言葉を放った時だった。
「だが、良いタイミングだ。今日でよかった。…おいザク、俺について来い」
「“俺”…って、ルヴィ」
何かがおかしい、そう思ったのはその言葉遣いのせいだったらしい。
そういえば今さっきまでのルヴィは確かに「私」と言っていたし、語尾だって女のそれだったはずだ。それなのに今のルヴィは、まるで男のようである。
いや、生来男なのだから、まるで、というのは可笑しいのかもしれないが、それにしても急な変貌だ。
怒りからそうなったのだろうかと思ったが、それはどうやらそうではなかったらしい。
その理由は、数分後にハッキリと分かることとなった。
ルヴィに連れていかれた場所は普通の人家だった。
その人家は、瓶底オヤジの家とは違いコパートメントのようになっており、横には隣人がいる状態である。
車で連れていかれたせいか、ザックスにはそれがどういう場所に位置している家なのかハッキリとは分からなかったが、ともかく此処がルヴィの家であるということだけは分かった。まあゆっくりしてくれ、そう言われたからである。
クラウドと共にルヴィの家まで連れていかれたザックスは、神羅の人間だと言い切ったルヴィがこれから何をしようとしているのかがさっぱり分からなかった。
神羅の人間であり最初からザックスを狙って近付いてきたというならば、あの場で殺されても不思議ではない。
ザックスとクラウドは神羅から逃げてきた身で、神羅が自分たちを追ってきているのは明白なのだから、神羅の人間が二人を見つけた場合の処置としては死か連行かしかないからである。
しかしこれは、連行とはいっても自宅だからあからさまにおかしい。
一体どういうことなのか、ザックスはそう思ったが、ともかくその場はルヴィの動向を見守ることにした。それは、すぐに何らかの処置をする気はないらしいと判断してのことである。
それに、突然男に戻ったルヴィの事が何だか気にかかっていた。そして、あの時叫ばれた言葉の内容も。
「狭いだろうが我慢してくれ」
すっかり男の口調に戻ったルヴィは、別人のような言動をザックスの前で繰り広げていた。自宅のせいかすっかり寛ぐ形になっていたルヴィは、まず服を脱ぎ、そして男物のザックリとした軽い服に着替えている。
そして更に、驚くべき動作をした。
「…よし!これでサッパリしたな」
「え…そりゃ…」
沈黙を守っていたザックスが思わず声を上げてしまったのは、それがあまりにも衝撃だったからである。服を着替えただけならまだしも、何とルヴィは髪の毛をざっぱりと取り払ってしまったのだから。
そう、つまり今迄本物の女性のように見えたあの髪の毛は、単なるカツラだったのである。
思わず唖然としてしまったザックスの前で、ルヴィはいかにも不思議そうに首を傾げた。
がしかし、すぐにその状況を理解すると、ああ、と言って笑う。その笑みは既に、今までのルヴィのものではなく男のものだった。
「そうか、そうだったな。まだ説明もしてないんだったか。驚くのも無理は無い」
「あ…まあ…」
何と反応して良いか分からないままに妙な納得の言葉のようなものを口にしたザックスは、これだけは変わらない余裕そうなルヴィの笑みを見ながら、やはり首を傾げる。
何だか妙だ、本当にこれが敵たる神羅の人間なのか。
何だか信じられない。
そんなザックスの心中を察したのか、ルヴィは早速のようにある事を話し始めた。それは先程の酒場でした会話の続きでもあり、そしてその場での言葉を覆すものでもある。
それは、さっぱりとした簡素な部屋の中で始められた。
「良いか、ザク。これから言うことこそ本当のことだ。さっきのは…まああれも嘘とは言えないが、小手調べ程度だと思ってくれ」
「小手調べ?」
「ああ。お前がどんな反応をするのか、そんな興味があったからな」
そう言われて、ザックスは途端に息を吐いてしまう。
ということは、あれは単なるデモンストレーションに過ぎないということか。
それにしたって、嘘とは言い切れない、という言葉が気にかかるが。
「まず俺の本性から明かそう。俺は、お前と同じ“何でも屋”だ。但しお前と違ってソルジャーというプレミアは無い。…そして、組織みたいなものに組してる」
「なっ…どういう意味だ?」
何でも屋であり、神羅の人間でもある、ということなのだろうか。
一瞬そんなことを思ったザックスだったが、ルヴィの説明によればそれは全く違う組織であるらしい。要するに、神羅に組しているわけではないのだ。
「元々ここらの土地はごろつきが多いんだ。要するに喧嘩も絶えないわけだが、このごろつきにも種類が三つある。一つがただのごろつき、もう二つは何でも屋だ」
ルヴィはその後者に当るのだという。
その後者の何でも屋は、書いて字の如く、契約次第で何でも仕事をこなすという不定職である。これはザックスも同じだが、この何でも屋にも種類があり、それは個人か組織かという違いらしい。
「ごろつきが多いことで、この市が取った対策は何でも屋の雇用だった。基本的に何でも屋は個人で仕事をするものだ。だが、市は治安対策の為にある一定数の何でも屋を組織化した。その組織は市からの仕事を共同でこなすわけだが、基本的にこれは隠蔽されてる」
「市が雇ってるってことか…でも何でだ。隠蔽する必要なんか無いだろ?」
そう聞いたザックスに、ルヴィは首を横に振った。
「ところがそういうわけにもいかない。考えてもみろ、ごろつき対策にごろつきを雇うようなもんだぞ。それにその組織は…まあちょっとした事情がある。ともかく健全な一般市民が非難するのは目に見えてる」
「ああ、なるほど。体裁の為にってわけか」
「そうだ」
一つ頷いてそう言ったルヴィは、その組織化されながらも隠蔽された何でも屋組織の中に、自分も位置しているのだということを述べる。
市からの要請で、その組織は共同で仕事をこなす。
そこまで聞いただけでも納得できたのは、ルヴィがザックスに斡旋した仕事が市の仕事だったことである。どうしてそんな仕事を持ってきたのかと疑問だったものだが、どうやらそういう繋がりがあったかららしい。
その事をザックスが口にすると、ルヴィは笑ってこう言った。あれは元々俺の仕事だったんだぞ、と。ただ、ザックスが「仕事が無い」と言っていたから譲っただけだとそんなふうに言う。
市は、組織化した何でも屋さえしっかり管理をしていないらしく、例え誰かが摩り替わってもバレることはないらしい。それはこの市の管理体制の甘さや杜撰さを如実に物語っており、ルヴィはそれに嫌悪感を抱いている様子だった。
「まあこれで組織のことは分かって貰えただろう。で、神羅のことだが…」
とうとう核に入るというところで、ルヴィは一旦言葉を切る。そして、改めてこう説明し出した。
「以前、酒場で男が喚いてただろう?覚えているか、あの建物が神羅に譲渡されたという話…」
「ああ、覚えてる」
それは、例の喧嘩が起こった時の話である。
確か、元々市の建物であったものを神羅に譲ったのだとかいう話だ。しかしあの男が言っていたことによれば、それは元々不良物件で、今回の改築費用も市が全面負担しているということだった。
しかもその費用は市民が負担しているもの…確かそれが問題で喧嘩になっていたのだと思うが。
「あの話は本当だ。一体どこで知識を蓄えたんだか知らないが…ともかく市はあの建物を神羅に譲渡した。…が、問題が起こった」
「問題?」
「そうだ。譲渡された後の、神羅の利用用途が問題なんだ。それも話していたが、覚えているか?」
そう問われて、ザックスは頷いた。
それも確かあの男が話していた内容である。そしてその内容とは、ザックスにとって耳に痛い内容だった。それは、そう…セフィロスの――――。
「セフィロス探知の、拠点……」
「良く覚えてたな」
ルヴィは笑うでもなくそう言うと、しかしそれは違うようだ、ということを告げる。
というのはつまり、実際その建物の中で行われているのは別のことだという意味である。但しルヴィは、セフィロス探知に関してはその延長線上で繋がるかもしれない、と口にした。
「神羅があそこで行っていること…それは、ある実験だということが分かった。それが問題だったんだ」
「実…験!?まさか、それは…!」
バッ、と立ち上がりルヴィに詰め寄ったザックスは、それはどんな実験なのかと声を荒げる。しかしそれに対するルヴィは酷く冷静で、酒場でのように落ち着けとしか言わなかった。
実験という言葉を聞いて思い起こされるもの、その一つにはクラウドのことがある。
そしてもう一点、それは紛れも無く自分のことだった。
二年前――――セフィロスが起したあの事件は、全てを嫌な方向へと向かわせた。
セフィロスに対峙したザックスやクラウドは、最終的にセフィロスを倒すことは叶わず、ニブルヘイムの神羅屋敷で宝条の実験台にされたが、それはザックスの記憶の中にもしっかりと残っているものである。
ただ、その辺りの詳細はルヴィにも話していない。
「この市でそんな物騒な実験などされたら溜まったものじゃない。ただでさえ市民はあの状態だ、この前の事を思い出せば分かるだろう?住民は、神羅が住み着くことを良く思っていない。いわばこれは、市の強行突破だったわけだな」
「でも…もう、その実験ってのは始まってるんだろ…」
ザックスの言葉に頷きだけを返したルヴィは、そうしながらも一つ溜息をついた。この状態を良く思っていないのはルヴィも同じなのだろう。
その姿を見てザックスは、ルヴィは確実に神羅の人間ではないということを悟った。
「…一年前。神羅は一般市民から要員募集をした。その時の募集人員は約100名。…以後その100名は消息を絶っている」
「な…んだって!?」
「要するにそういう事だ。そういう危険を孕んだ何かが、今度はこの地で繰り広げられる。神羅に所有権を譲渡したくせに、市はそれを黙って見過ごすことはできなかったのさ」
一体何があってその100名が消息を絶ったのか、それをルヴィは口にしない。知っているのか知らないのかは分からないが、それでもその事実に関しては酷く怒りをもっているように見える。
確かに、自分の暮らす土地でそんなことが起こるとなれば、それは許せないことだろう。
がしかし、次の瞬間には衝撃的な言葉がザックスを襲った。
「公にはなっていないが、神羅は二回目の人員募集を行った。俺は今、市の要請でその人員の中に入っている」
「ルヴィ!?」
「いわゆる潜入だ。そこで行われているものが何なのか、それをハッキリさせろとそういう訳だ。まあそれが分かったとしても、どうやって神羅に対抗するのかは分からないけどな。でも俺は市に雇われた何でも屋だ、何でもやるのが俺の仕事…そうだろう?」
「でも、お前…!そんなのは危険すぎる」
やめておけ、本来はそう続けたかったが、もう既に入っていると言われてしまってはそうも言えない。だからザックスの言葉はそこで途切れてしまった。
しかしそんなザックスの気持ちはルヴィに伝わっていたらしく、ルヴィの口からは、死にはしないさ、などという言葉が漏れる。但しそれはあまりにも不安定な言葉で、とても信頼に値するものではなかった。
例えルヴィの言葉だとしても、あの神羅を相手にしては、何もかもが絶対的な不安を拭いされないのが現実である。
「危険は重々承知さ。ともかく俺は、市に雇われて神羅の臨時社員をしているわけだな。俺は日中はあの建物の中で神羅社員の真似事だ。…で、だ。ザク、俺が神羅の中で何を担当しているか分かるか?」
ふっと笑ってそんなことを聞いてきたルヴィに、ザックスは眉を顰めた。
そんなものは到底推測できるものではない。いくらザックスが元神羅のソルジャーといえど、建物の中で仕事をしていたわけではないから内勤の人間がどういうことをしていたかなど知るよしもないのである。
だからザックスは、それをそのまま返した。
するとルヴィの口から、はっ、と吹き飛ばすような呆れ笑いと、回答が発せられる。無論それは、ザックスへではなく神羅への皮肉の笑いであったが。
「聞いて驚けよ、ザク!何と俺の担当は“脱走者の追跡”だったんだ!」