真実の選択肢:24
否定的な感情と焦燥感。
それを必死に抑えながら過ごしていたザックスは、大きくなりすぎた焦燥感と、そこからあふれ出した猜疑によって、段々と自身の心を制御できなくなっていった。
焦燥感が生んだ猜疑とは、ある一つの出来事だった。
それはクラウドの一言から始まり、異様なほどザックスを悩ませるに至ったのである。
単なる日常の、ある一コマ。
その中でクラウドは、息をきらせながらも笑顔でザックスに近付き、こんな事を報告した。それはクラウドにとってあまりにも嬉しい事で、けれどザックスにとっては喜べないものだった。
「ザックス!セフィロスが今度食事でもどうか、って。凄いよ、奇跡だよ!」
廊下でのすれ違いざま、突然そう報告されてザックスはどう反応して良いか分からなかった。けれど多分、咄嗟に顔が歪んでしまっただろう。まさかそんな、と。
しかしすぐに意識的に笑顔を作ると、凄いじゃないか、と同調する。勿論そんなものは偽りで、心の中には嫌なものがドロドロと渦巻いていた。
「今迄たまに話すくらいだったから、何だか緊張する。だってセフィロスはずっと憧れだったんだもん、これってやっぱり凄いよね!」
「ああ、そうだな」
満面の笑みでそう言われて、ザックスは笑顔がぎこちなくなっていくのを感じていた。
クラウドは、セフィロスのことを良く話す。話題もそうだし、こういうちょっとした時でさえその名前は必ず出てくるのだ。
それは悪いことではないはずだが、それでもザックスにとってはもう耐え切れないほどの領域にまで達していたのである。
しかし最後の頑張りで、ザックスは「楽しんで来いよ」と言った。
ザックスはいつ食事に行くのか知らなかったが、数日後、それはセフィロスの口からハッキリと告げられることとなった。
そこにきてようやく、本当に食事をしたんだな、と納得したザックスは、もうクラウドとセフィロスの間には自分が入り込めない共有の秘密が出来たのだと悟る。
そう思ったら段々と卑屈になり、今度はいつ新しい秘密を共有するのかとか、それどころかもう自分は必要ないのだろうとか、そんなことが頭を巡った。
そしてそれがピークになったのは、いつもだったらグレーの景色を眺めながら真面目なことしか言わないセフィロスが、初めてその場所でクラウドのことを口にした時だった。
「あれはなかなか面白い。興味が沸くな」
そう言われた時、ザックスは心臓が止まりそうになった。
興味が沸くだなんて、セフィロスの言葉とは思えなかったから。
「そ…そうだよな!アイツ、良い奴だもんな!」
鼓動が早まって、どうしようもなく緊張していたが、それでも何とか笑ってそう言葉を繰り出す。
と、セフィロスは笑顔でこう返してきた。
「始終緊張していて舌など縺れていたぞ。…ふふ、おかしな奴だ」
グレーの景色を見て、少し笑ってそう言うセフィロス。
それをそっと見詰めながら、ザックスは笑顔をすっと消していった。
セフィロスはいつからあのグレーの景色の中にクラウドを組み込んでしまったのだろう?
セフィロスは遠い存在で、ずっと憧れで、こうして話している今でさえ凄いと思える存在である。
それでも自分は、あのグレーの景色の中に入り込めなかった。それなのに、クラウドはたったこれだけの期間でその中に入り込んだのだ。
こういうのは、嫉妬なのだろうか。
でも、もしそうだとしたら、一体どちらに対する嫉妬なのかは分からなかった。
ただ、ザックスの抱える焦燥感や否定的な感情は、大方セフィロスに向けられることが多かったから、多分それはそちらの比重が高いということだろう。
要するに、クラウドが離れていってしまうということが、何より大きな焦燥の理由なのである。
きっとセフィロスは、クラウドを気にいったんだ。
そう思った。
そう思ったら、途端に敗北感のようなものを覚えた。
セフィロスはきっと、このままクラウドを食事に誘ったりしてその仲を深めていくに違いない。そうなった延長線上にあるのは、取り残された自分でしかない。
そもそもそうだ。
もう既に、今クラウドが笑ってくれるのは、自分の為じゃない。今クラウドが自信を持てるようになったのは、自分の影響じゃない。
全部、全部――――セフィロスなのだ。
セフィロスを相手にしたら、どんなに頑張っても勝てるはずがない。
勝つ、という発想自体。本来は間違っているのだろうが、それでもその時のザックスはそれを勝敗のように考えていた。
このままだとセフィロスに負けてしまう。
負けてしまえば、クラウドは自分から離れ、遠い存在になってしまう。
自分が見つけた、可愛い存在だったのに。
―――――どうしたら…どうしたら良い?
このままでは、クラウドがどこかに行ってしまう。
このままでは、自分は消えてしまう。
あんなに大切だった新鮮さや楽しさや幸せ―――全部、消えてしまう。
そう思った時、ザックスの心に浮かんだのは一つだった。それは決意ともいえるだろうが、ある意味では歪んだ発想でもあった。
心に浮かんだそれは、取り戻さなきゃ、というそれだけだった。
もう既に止められなかったその発想をザックスが実行に移したのは、ある日の夜の事だった。
何でもない普通の日の夜。
話したいことがあるんだと言って、たまには二人だけで話すのも良いだろうと言って、クラウドを外に連れ出した。
その言葉に何の疑いも抱かなかったクラウドは、ザックスに従って外に出たものである。思えばそれは、ザックスを信用していたという確たる証拠だったかもしれない。
けれどザックスには、そんな事を考える余裕は無かった。
ただ、取り戻さなくては、という、敗北感からくる決意だけが頭を巡っている。
そんなザックスの心情など知りもしないクラウドは、ザックスの元までやって来ると、お待たせ、と言って笑顔になった。
ザックスはそれに躊躇うことなく、今迄通りの自分を演じてクラウドを自分の部屋へと誘う。
ザックスの部屋は、神羅から与えられたものの一つだった。
セフィロスのように特別なものを与えられているわけではないから個性には欠けるが、それでも住人の性格を反映している部分は多分にある。
初めて訪れたザックスの部屋に少しだけ緊張していたクラウドは、それを和らげる為なのか、突然こんなことを言い出す。
「初めての部屋ってドキドキするね。セフィロスの部屋はどんなかな」
その言葉は、正に起爆剤だった。
その日は会ってまだセフィロスの名を聞いていない状態だったから、その言葉が一気にザックスの脳を沸騰させたのである。
その上、内容が悪かった。
「セフィロスの部屋?…お前、どうせ行ったことあるんだろ?」
もう既に見繕いの笑顔すら作れない状態になっていたザックスは、皮肉な言葉を放つ。
家くらい行ったのだろう。
そこで、笑顔で会話でも楽しんだんだろう。
そう思うザックスの心が、言葉の矢となってクラウドに向かっていく。
「え?俺、セフィロスの部屋なんて行ったこと無……」
「嘘つくなよ。最近のお前、随分とセフィロスと仲良いもんな。気に入られて嬉しいかよ、なあ、クラウド?」
「ザックス…!?」
ようやくザックスの様子が変だと気付いたクラウドは、無意識のうちに床上を後ずさった。
クラウドにとってザックスは、最初から最後まで優しい部分しか見たことのない人間だったのだ。だからそれは、あまりにも信じがたい風景だったのだろう。
笑いもしないザックスなど、見た事がない。
「答えろよ、クラウド。セフィロスに食事誘われたって随分喜んでたもんな。本当に食事だけかよ?本当はお前、セフィロスと…」
「ザックス!違うよ、本当に食事しただけだよ。それに俺、緊張して上手く喋れなかったくらいなんだ。俺、俺は…」
「だから何だよ!喋れなくても体は使えるっていうんだろ」
「ザックス…」
悲しさと驚きが混ざったような顔をしたクラウドは、ザックスの強い語調に返す言葉を失った。先程言いかけた言葉の続きすら言えない。
とても重要な言葉を言おうとしたのに、それすら言えなくなってしまった口は、開け放たれたままの状態で空気を受け入れている。
そんなクラウドを追い詰めるように、柔軟な思考を失くしたザックスの体が覆い被さった。壁に背をぺったりと付けて逃げ場を無くしたクラウドは、呆然とそんなザックスを見詰めている。
恐い、という気持ちがクラウドの脳裏に過ぎる。
しかしそれでも彼は、ザックスが何をしようとしているのかはあまり良く分かっていなかった。
何となく、殴られるのかと思っていた。
しかしそれは、全く違っていた。
「俺は…そんなの許せない」
そう呟いたザックスは、それを合図にガッとクラウドの腕を掴んだ。その力は酷く強く、呆気なくクラウドの体を持ち上げる。
驚いたクラウドは何か叫んだようだったが、それはもう既にザックスの耳には認知されていなかった。
ドサリ、とベットに引き摺り上げられる。
そうしてすぐさま押さえつけられたクラウドは、次の瞬間、衣類を捲し上げられたことでやっと何をされるのかを理解した。
咄嗟、拒否しようと体を動かす。
「い…嫌だ!ザックス、何するんだよ!やだ!止めてよ、ザックス!」
ジタバタと動かしたはずの体は、ザックスのガードによって、ただ捩っているだけの動作に変わり果てた。当然それは、意味のない動作である。
ザックスは喚き散らすクラウドの口を一方の手で塞ぐと、もう一方の手でクラウドの股間を弄り始めた。
「…!!」
声すら出せなくなったクラウドは、信じられないというような目でザックスを見詰める。ずっと信頼してきて優しいとばかり思ってきたザックスが、このような行動をしてきたのだからそれは当然だろう。
勿論その時のザックスにとって、クラウドがどんなことを考えているかなどは蚊帳の外だった。
ただ力任せに組み敷いて、奪ってしまえば良いと思った。
例えそれが結果的に満足を得る行為ではないとしても、ザックスにとってはそれが「勝ち取る」という意味での行為だと解釈されていたのである。
暫くするとすっかり抵抗もしなくなったクラウドは、ただひたすらぼうっとザックスを見詰めていた。
暴走するように荒々しくクラウドの体を抱くザックスは、物を言わない人形のようになってしまったクラウドの中に遠慮なく己のものを突き入れていく。
時折痛そうに顔を歪ませるものの何も言わず抵抗もしないクラウドの体は、正にザックスのなすがままに犯されていった。
そうして行為が終わったその後、虚ろになったクラウドの乾いた表情に、僅かながらの変化が現れる。
それは、じわりと滲んでいく涙だった。
それが一筋の線を作って頬を伝うと、やがて枕の上に小さなシミが一つ出来る。
そんな表情を晒しながら、クラウドは呟いた。
「…ザックス…どうして…酷い」
もう既にベットを降りて床に座り込んでいたザックスは、クラウドの言葉にそっと振り返る。
見えたのは――――静かに涙を流すクラウドの顔。
その涙を見た瞬間、ザックスの心はザワリと大きな渦を作った。
さっきまで、これで奪ってやったとすら思っていたザックスの心は、クラウドの涙を見た瞬間に瓦礫のように崩れていく。
まるで、目が覚めたような気分だった。
酷い、そう言われて「何て酷いことをしてしまったのだ」と無責任にもすぐそう思ったのは不思議なことである。だけれどそれは嘘ではない。
そう思った瞬間、ザックスの心からはすべての余裕が消えた。
罪悪感、自己嫌悪。
それに陥った瞬間、ザックスはふと恐怖を覚える。
酷いことをした、あまりにも酷いことをしてしまった。これは許されないことに違いない。となれば―――そう、セフィロスは絶対に自分を許さないだろう。
ザックスの心に浮かんだのはセフィロスの名で、そこでセフィロスの名が出てくること自体、まだ敗北感から抜け出せていない証拠だった。しかし、それをじっくり考える余裕はない。
これがセフィロスに知られたら、絶対に殺される。
神羅の悪に憂いを持ち、自身の正義を貫くセフィロス。誰しもが憧れ、誰にも負けないセフィロス。
そのセフィロスがこの事態を知ったら、自分は即「悪」と成り果て、セフィロスの手にかかることだろう。そこに待ち構えるものは死のみ。それは確実だ。
そう思った時ザックスは、もう終わりだ、と思った。
可愛い存在だと思ったクラウドを強引に犯し、尊敬していたセフィロスの美徳すら破った。
もう何も残されていない。
不思議なことに、その時軽いノリで話せる同僚兵士のことは何一つ浮かばなかった。
もう終わり、何も無い。
そう思いながら、ザックスは項垂れながらゆっくりと目を閉じた。
それから数日、クラウドに会うことはなかった。
無意識に自分が避けていたこともあったろうが、多分クラウドの方も自分を避けていたのだろう。本当のところは確かめようがないが、それでもザックスはそう思って過ごしていた。
しかし不思議なことに、あれほど恐れたセフィロスからの制裁は一向にやってこない。
それは心に引っかかるところで、ザックスはそれを気にかけながら日々を過ごすこととなった。
しかし、そんな日々にもとうとう終止符が打たれる。
それは驚いたことにクラウドの方からのアクションで、しかもクラウドがザックスに言ったことといえば、たったの一言だった。
しかしそのたったの一言は、酷くザックスを驚かせる。
「ザックス…俺たち、親友だよね?親友でいてくれるよね?」
まるで出逢った頃に戻ってしまったかのように自信の無い顔で、酷く怯えるようにそう言ったクラウド。
その表情を見て、ザックスは深い深い後悔をした。
ああ…何てことをしてしまったのだろう。
やっと自信を持って笑うようになったクラウドなのに、それをずっと望んでいたのは自分だったのに、よりにもよって自分がそれを奪ってしまったのだ。
その上そのクラウドの言葉は、まるで非は自分にあるかのような言い方なのである。
あんなに酷いことをされたというのに、クラウドは最終的に「自分が悪かったからあんなことになったんだ」と解決してしまったのだろう。
最後に小さく「ごめんなさい」などと言われた時には、ザックスは自分自身を殴りたい衝動に駆られた。