GLOWFLY(27)【ザックラ】

*GLOWFLY

この道の先に:27

  

 

とても――――幸せだった。

誰かが喜んで、笑う。

自分もそれが嬉しくて、笑う。

そこはそういう笑いに満ち溢れていて、とても幸せで、誰もこの幸せを奪うことなどできないだろうと思っていた。

 

そういう昔が、酷く酷く、懐かしい気がしていた。

だから今は、酷く酷く、苦しい気がしていた。

 

でも――――此処にも光は、見える。

目を瞑るとあの光がいつでも見えるように、目を開ければ空がいつでも見える。

この空の下で呼吸をしている自分は、あの頃も、今も、同じように生きている。

あの頃、踏み出せなかった何か。

それが今は、踏み出せる。

失ってしまったものは沢山あるけれど、培ったものだって沢山あるはずだから。

  

――――――どうか…この道の先に、光を。

 

 

 

明け方六時。

出発時間になって準備を済ませたザックスは、ルヴィを真っ直ぐ見据えて頭を下げた。それは当然感謝の意味での礼だったが、ルヴィはそんなザックスの動作に「やめろよ」なんて言う。

「これが今生の別れって訳でもないしな。まあまた会える時が来たら飲もう。前みたいにな」

そう言ったルヴィに、ザックスは笑ってこう切り返す。

「お前また女になってるなよ」

「おい、失礼だな。あれは単なる技の一つだ。そもそもお前のことなんか誰が狙うか」

「お、言ったな?」

人の下半身を散々狙っておいてなんて言い草だ、そう笑って言ったザックスに、ルヴィも思わず笑った。ザックスにしてみれば呆気に取られることも多かったルヴィだが、今となっては全て笑い話になってしまう。

本当のルヴィはあまりにも男で、最早そんな欠片すらもない。まあ元々そんな気もないのだから当然だろうが。

その笑い話の最後に、ルヴィは少し笑ってこう言った。

「でも、お前が良い男だって事は認めてやるよ」

そう言って、手を差し出す。

ザックスは自然と同じように手を返し、二人は固い握手をする。

今迄散々飲みながら話し合ってきたのに、改めてこんなふうにすると妙な感じがしてしまう。しかし、それでも気分は悪くない。むしろ清清しい気すらした。

そうした後、幾分か真面目な顔つきになったルヴィがザックスに強くこう言う。

「此処から先は常に危険が付き纏ってる。―――気をつけろよ」

「ああ、分かってる」

頷いてそう言ったザックスは、それじゃあ、と背を向けると、隣にいたクラウドの手をそっと握った。もう一方の手でドアを開けると、最後の最後にすっとルヴィを振り返る。

そして、これで最後になるだろうと思われるその顔を見ながら、そっとこう呟く。

「“何でも屋”に、一生の頼みがある」

突然そんな言葉をかけられたルヴィは、一瞬訳がわからないといった表情を浮かべたが、その次に放たれた言葉にすっと笑んだ。

「――――――生きてろよ」

それは、最後の言葉。

その言葉に彼らしい余裕そうな笑みを浮かべたルヴィは、心の中だけでそっと呟く。

お前もな、と。

しかしそれは言葉になって響くことはなく、その時にはもうドアは閉められていた。

部屋の向こうから響いてくる足音は、ザックスとクラウドを神羅から遠ざけるようにどんどんとその音を小さくしていき、やがてそれは聞こえなくなる。

窓際に足を進めたルヴィは、その窓から遠ざかる二人の姿をじっと見守っていたが、暫くするとそっとそこから目を離した。

どうか無事でいてくれと、そう心の中で反芻する。

そうしながらもルヴィはベット下から包みを取り出すと、その中から一つの剣を取り出した。それは刃こぼれ一つなく鋭い光を見せている。

その剣を握り締めていたルヴィは、やがて近付いてきた足音にすっと顔を上げた。

足音は、先程のザックスのものとは違ってやけに下品である。遠慮もなしにドンドンと響いてくるそれはどう考えても複数で、その音からルヴィはその人数をじっと数えていく。

4人、5人…いや、6人かもしれない。

およそそのくらいだろうと検討つけた時、バタン、と大きな音がして乱暴にドアが開け放たれた。

そのドアの向こうに立っていたのは――――。

「グラン!貴様、一体何を企んでおる!!」

突然そう怒鳴られたルヴィは、全く意に介さないように立ち上がると、それと同時に巧みに剣を隠した。そして、いかにもな笑みを浮かべる。

「これはこれは…市長がこんな所にお出ましか。一体何の用だろうな?」

その挑発的な笑みに、市長と呼ばれた男は怒り心頭で叫び始めた。それは部屋中に響き渡る。

「貴様は市の顔を潰す気か!貴様のようなヤツを雇ってやってる恩も忘れたのか、この薄ネズミが!!神羅になぜ歯向かった!?」

「…歯向かった?そんな覚えはないけどな」

「とぼけるな!貴様のやった事は筒抜けだぞ!」

そう怒鳴った市長の横では、面相の悪い大柄の男が4人ほど構えていた。彼らはどれもルヴィの知る顔であり、更にいえば神羅への潜入として共に仕事をしていた何でも屋の連中である。

要するに、市からの要請で動いている何でも屋だ。

ルヴィはその顔ぶれを一通り見て、フン、と一笑した。

「…密告なんてご苦労なことだ」

そう漏らしたルヴィに、大柄の男の一人がこう言う。その顔は奇妙な笑みで歪んでいる。

「悪く思うなよ。誰だって辞めちまいたいんだ、あんなのはよ」

そう言った男の隣でまたもう一人の男が口を開く。

「そうだ。俺達だって必死なんだ。お前だって俺達の隙を狙ってただろう?」

それらの言葉が一通り響いた後、市長が歪んだ口元で高らかにこう言った。

「そうだとも。彼らはこれで一級犯を脱することができる。神羅の内部情報は漏洩厳禁だというのに持ち出したそうじゃないかね。無論、処罰はわかっているだろうな」

「…クソったれ」

吐き捨てるようにそう言ったルヴィに、満悦気味だった市長がピクリと反応する。その顔はみるみる内に怒りの形相にかわり、侮辱の言葉を並べ立てた。

それは簡素な部屋の中に響き渡り、やがてルヴィの手に力を込めさせる。

「このクズが!!貴様のような人間は生きる価値もない!死んでもモノにならんようなクズが人様の邪魔立てをするなど言語道断だ!貴様は以前通り牢屋にブチ込んでやる!」

ルヴィにとって、こんなふうに浴びせられる言葉の数々はどんなに汚いものだろうと耐えられるものだった。今更こんなものは何でもない、だって今迄何度も受けてきた。

知っていたのだ、最初から。こうなることくらい。

神羅は確かに脅威だったが、ルヴィのような存在にとってはこの市の人間の方が余程厄介な存在だった。尤も、市にとってはルヴィのような存在ほど厄介なものはなかったろうが。

市に雇われる“何でも屋”―――――それは、犯罪者で構成された組織。

犯罪者が刑と同等の処遇として与えられるのが民間貢献する”市からの要請で動く何でも屋”で、これが上手く勤まれば徐々に刑は軽くなっていく。

市の求刑システムはそのように決められており、今回の神羅潜入の仕事に関しても減刑のための処置に過ぎなかった。

だから、最初から知っていたのだ。神羅の人員募集が「実験台」だということを。

もしかしたら死ぬかもしれない、それを理解した上で市は彼らにその仕事を与え、それをこなせと命令したのだから。

犯罪者である彼らなら、例え実験台として死んでも良かったのである。むしろ市にとってそれは、一石二鳥くらいの気持ちだったのだろう。

市に雇われる“何でも屋”は刑が完璧になくなるまで続けられるが、大概の場合生きている間にそれが来ることはない。但し例外として市が認めた馬鹿らしいシステムの中にこんなものがあったのだ。

罪人を見つけ、それを差し出せば刑がチャラになる。

早い話が、誰かを貶めればそれで刑が無くなるという事だ。だから彼らは、常に誰かを自分の犠牲にしようと虎視眈々と狙っている。

一般市民でも、ごろつきでも、同じ何でも屋でも良い。とにかく誰かを犠牲にし、それを罪人として差し出さなければならない。

そこにいる以上、ルヴィもそういうシステムを良く理解していた。

だから、神羅であの薬を盗み出した時に手助けした同志も、研究の内容を教えてくれた同志も、結局はルヴィを貶める為に快く受けてくれたのだという事はわかっていたのである。

けれど、それでも知りたかった。知って、それを教えたかった。

あのドラッグを、あの神羅の内情を…どうしても伝えたかったから。

だからルヴィは、どこにいるとも知れない同志の眼を欺く為に女の格好をしたのである。それは神羅に見抜かれないようにというよりも、市に関わる人間に見抜かれないようにと思ったがための処置。

その為には、名前すらも偽った。

ザックスには―――最後まで本名すら言えなかった。

「グラン」

それが、本当の名前。

犯罪者の自分には、詐欺なんていとも容易いことだと思う。

けれど彼は、ルヴィという名前こそ今は本当の自分なのだと思っている。馬鹿らしいシステムの為に貶められて犯罪者のレッテルを貼られたグランと、道を見つけたルヴィ。

しかし今の自分はルヴィなのだから、迷うことなど何一つ無い。

―――――…一生の頼みは、聞けそうにないけれど。

「そうか。じゃあ…最後に一つ、俺の望みを叶えようか」

そう言って笑ったルヴィは、次の瞬間にザッと踏み出した。

その一歩はとても大きく、一目散に市長へと突き進んでいく。それに驚いて目を見張る市長。その口が慌てて開き、周りの何でも屋連中に何かを指示する。その瞬間、鋭い刃先が幾つも視界に入った。

それでも構わない。止まるわけにはいかない。突き進むしかない。

ワアアアアと飛び掛ってくる刃先が、グサッと腕や腹の肉を抉った。それが瞬時に痛みを運び、瞬間、顔を歪めてしまう。

しかし、それでも止まれない。

隠し持っていた剣を一気に真横に翳すと、新しく肩口に差し込まれた剣をそのままに、ルヴィは一気に市長の心臓を貫いた。

「ぐああああっ!!」

血眼になって絶叫する市長に、全体重をかけるように深く剣を差し込む。

ジクジクと痛む体はもうどうにもならないと分かっていたが、それでも最後にこれだけはしておきたかった。人の心すらも踏みにじり、悪のシステムを循環させる男―――絶対、許せないと思っていたから。

「…賭けてみたかったんだ、最後くらい」

ニヤリと笑ったルヴィの口端からは、ぼとぼとと血が垂れている。

それに追い討ちをかけるように、背中には次々と剣が刺さる。

グサリ、グサリ、グサリ――――――…

口からは血が溢れ、体中が感覚を失っていく。

気が遠くなる。

何も解らない。

けれど――――あくまで笑みは、消さなかった。

 

 

 

市長の死が伝えられたのは、翌日のこと。

市長と共に死を遂げた男のことは、一生、報じられる事が無かった。

 

 

   

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