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口癖は「何か良い事ないかなあ」。寄り添うことで導き出される答えもあるのかもしれない。
「何か良い事無いかなあ」:レノ×ルーファウス
「何か良い事無いかなあ」
馬鹿みたいな口癖。
割と本気で思ってるけど、既に口癖だから、いつでもどこでもどうでも良い感じにスッ、と出てくる。
何かいい事。
何かいい事。
いつもこの言葉の繰り返しだ。
そう、自分でそいつを探そうともしないで、俺はいつもそう口から漏らしてる。
けど、待てよ。
多分本当の俺はそのいい事ってのを知ってるんだ。
こうなりゃ良いなとか、こうなったら幸せだとか、そういうことは知ってる。
それでも俺が「何か良い事」を探す理由はただ一つ。
「今」に満足できてないからだ。
「今」が予想外の「今」だったからだ。
なあ、何か良い事無い?
そう聞くと、仏頂面の副社長は厭そうな顔をしながら必ずこう毒づいた。
「私に聞くな、自分で考えろ」
「うっわ、ご尤も過ぎてマジビビる。こりゃキッツイぞ」
「なにがキッツイぞ、だ。私だってそうそう良い事に直面なんかしてないんだぞ。そんなのは私が問いたいくらいだ」
「へえ、そう。じゃあ副社長にとっての”良い事”ってナニ?」
「良い事、って…別にどうだって良いだろう?」
副社長は少し機嫌を損ねたらしく、そっぽを向いてナニやら書き物を始めた。同じ部屋に俺がいるってのに全くお構いナシ。拗ねたくもなるけどココはちょい我慢。だって今の俺は空気も同然。もしかしたらこれはものすごく凄いことなのかもしれないだろ?
「なあ、社長」
「…副社長だ」
「じゃあ副社長。副社長は、社長になることが”良い事”だって思ってるか?いつかソレって絶対叶うだろ。そしたらソレって、副社長にとって”良い事”か?」
「……さあ」
副社長はたったそれだけの曖昧な返答を返すと、何やら小さく息をついた。
俺はそのため息にも似た息使いを聞いて、ああ、違うんだ、と了解する。副社長にとっての良い事は、社長になることなんかじゃないんだろう。そんな大げさなものじゃなくて、もっと違うものなんだ。
だから俺は、ちょっと考えてとびきり素敵な提案をする。
そりゃあもう自信アリの”良い事”。
「じゃあ、俺とデートすることは?」
「……は?」
「俺とデートすることは、副社長にとって”良い事”かな?」
俺はデスクでビジネスマンしてる副社長を見遣ると、その目をしっかり見つめてジャッジを求めた。
さあ、俺の提案の判定は?
BESTを叩きだせるか、それとも…NG?
―――なあ、副社長。
もしその答えがBESTなら、俺の今日は”なんか良い一日”になるんだ。アンタの回答そのものが”なんか良い事”になるんだ。
俺は「今」に満足できてなくて、予想だにしなかったつまんない「今」にガッカリしてるけど、それでもアンタの一言に大満足することができるんだよ。
ああ、なんかもう、馬鹿馬鹿しいほどの口癖。
だけど割と本気で思ってる。
何か良い事ないかな?ってさ。
だけど本当に馬鹿馬鹿しいのは、それほど渇望してる”なんか良い事”が、他人のたった一言で手に入ったりするって事実だろう。
なあ、分かる??
俺の”良い事”は、俺の”幸せ”は、他人が決めるんだ。
そう、アンタだ。
アンタだよ、副社長。
「――――まあ、そうかも…な」
数分後、俺の耳に入ってきたのはそんな捻くれた言葉だった。
かも?
かもってナニ。
そうだ、って断言しろよ、バーカ。
俺はニヤニヤ笑って、へえ、なんて言う。と、副社長は瞬時にして怒り始めた。俺のたった一言がカンに触ったんだろう。ま、そうはいっても本気じゃないってことくらいわかってるケド。
「もう良いっ!お前、もう此処から帰れ!」
「は?ヤだよ、そんなの」
「嫌だとか何だとか我侭言うな!大体お前がいたら気が散…っ!」
「ハイ残念!散るわけないから!今まで散々フツーに仕事してたクセに」
「こ、の…っ!」
イライラ絶頂の副社長に近づいた俺は、予想通り飛んできたコブシをしっかりキャッチした。デスクワーク特化した腕なんて大したことない。オモチャもドーゼン。
俺は副社長の腕を掴んでニッ、と笑った。
そして一言。
「なあ。一緒に”良い事”作ろう?」
なあ、副社長。
俺は傷の舐め合いでも良いよ。
この、退屈で予想外の「今」を変えられるなら。
END