「男だったら何かあるだろう、こう……二人きりの密室が良いとか、寝込みを襲うのが良いとか、裸にエプロンが良いとか、狭いトイレで無理矢理が良いとか……」
「ぶっ!」
「それともアレか?縄とか蝋燭とかがないとイマイチ盛り上がらないとかそういう事か?」
「違いますっ!!!」
何を言ってるんですか貴方は!と思いっきりツッコミを入れたツォンは、そう言ったにも関わらずついつい想像してしまった。
二人きりの密室や寝込みを襲うのはともかくとして――――“裸にエプロン”……何てベタなネタなんだと心の中で批判しつつも、想像の中でルーファウスを脱がしてみると、そこにペタッとエプロンなぞ貼り付けてみる。
「…うっ」
嬉しいような悲しいような、ちょっと微妙な気分…。
トイレで無理矢理も悪くないが、本当に狭い場合、問題がある―――現実主義者なツォンは、何故かそんなことを考えてしまう。
しかも、縄とか蝋燭とか言われた瞬間にその縄とか蝋燭を使われるのが自分なのではないかと恐怖感を抱いてしまうのは何故だろうか。
「おかしい…それでもないとなると―――はっ!ま、まさかお前…」
何を思ったのか、ルーファウスは唐突に蒼褪めた。
しかもその内容を口にしないままに、「お前は何て奴なんだ」とか何とか言い出し、果てには「最低だ」とまで言い出した。
さっぱりワケが分からないままに批判されたツォンは、ルーファウスがどんな想像をしたのかを考え、その結果思いついたものにゲッソリした表情を向ける。
そして一言、こう言った。
「そんな性癖ありませんよ」
――――しかし、この言葉がまた悪かった。
そう…ルーファウスはその「性癖」と言う言葉にピクリと反応すると、じゃあ、などとまた嫌な予感をさせる言葉を放つ。
「じゃあどんな性癖?」
「ど、どんなって…」
どんな性癖があるんですかと問われ、私の性癖は●●です、と答えるのもどうかと思う。というか、そういう会話が成り立つのかどうかも怪しい。
そもそもツォンにとってこんな会話をしていること自体が最早ありえないことであって、本来なら大人しく寝て欲しいというのが本心である。
しかし現状はどうだろう?
二人でベットの上に正座をしながら性癖がどうのと話し合っているこの現状は。
「ではツォン、まずおさらいをしよう。私達は付き合ってこの方、事に及んだのは二回だけだ。その①、それは私が酔っていた時だ。その②、それも私が酔っていた時だ。従って過去から見ても私が酔っていれば事に及ぶだろうと思われるわけだが、今日はそれが成立していない。それは何故だ?」
「何故と言われましても…」
それよりそんな統計を取っているルーファウスに何故と問いたい。
「ということは、お前は私が酔っているから事に及んだわけではないということになるじゃないか。つまり今日は何かが足りないんだ。過去二回にはあって今日に無いものが情熱以外に何かあるんだ。酔っているのにプラスして何かが無ければ駄目なんだ。私はそれが何かを知りたい」
「そ…そこまで真面目に語らなくても…」
コッチが困る、というのがツォンの本心である。
しかしあくまでルーファウスは真剣だった。
「駄目だ!だってそれを調べないと事に及べないだろっ」
「及びたいんですかっ!?」
「及びたいんだっ!!」
そう言いきられて言葉に詰まったツォンは、うっ、と唸りを上げつつも冷や汗混じりに何とかこう言い返した。
「あ…貴方は本気でそんな事を言ってるんですか?事に及びたいって、別にそれが全てじゃないでしょう?」
「全てじゃないけど、一部じゃないか」
「う……」
正に、ああ言えばこう言う状態―――
切り返しに困ったツォンは、少し黙って考え込んだあと、はあ、と一つ溜息をついた。
一体何故、こんな事になってしまったのだろうか?
何かが足りないとか情熱が無いとか言われるのは構わない。シチュエーションがどうのというのもまだマトモだ。
けれど―――したい、と言われたら…これは問題である。
気持ちの上でいえば、ルーファウスの今迄の言葉はほぼ間違っていた。
情熱が足りないと言われたが実際そういうわけではないし、勢いが無いというのもただ抑えているだけの話である。
どんなシチュエーションでも何とも思わないのだろうと詰られたが、それも違う。ハッキリ言えばその逆で、どんなシチュエーションでもその気にはなれる。
ルーファウスがした「おさらい」は事実で、確かに過去二回はルーファウスが酔っている時だった。
加えて言うなら、その過去二回はツォン宅での出来事であり、多分今日のルーファウスが此処を「合っている」と言ったのもそういう理由からだったのだろうと思う。
しかし―――今日はできない。というか、したくない。
最早「狼とはワケが違う」とか何とかいうレベルではない。
本心でいえば確かにこの状況は美味しい…よなよなベットの上、二人きりの空間、出血大サービスの泥酔状態(には見えないが)――――オイしすぎる。
しかし、その状況をおいしいと思っても尚、今日はしたくないと思う確実な理由がツォンには存在していた。
だからこそ今日はサクッと寝て欲しかったわけで、こういうふうに話が長引いたりすると返って悲しくなる。雰囲気に流されてその気になったりすると非常に困るからだ。
ツォンはそこまで考え、意を決してこう口にした。
「…ルーファウス様。今日は―――足りないのではなく、多すぎるのです」
「何?多すぎる??」
それは、先ほどルーファウスが言った「今日は何かが足りない」という言葉への答えである。
「できればこんな事は口にしたくなかったですが……今日はですね、その……。私も酒が入っているわけです。つまり私も少しは酔っているんですよ」
「ああ…まあな。でも、それと多すぎるのと何が関係あるんだ?」
さっぱり分からないといった具合でそう首をかしげたルーファウスに、ツォンは、自分が酔っていることが多すぎるのだ、と説明した。
過去二回、ルーファウスは確かに酔っていたが、ツォンは酔っていなかった。つまり過去二回と今日との違いは、ツォンが酔っているかどうかという部分であり、それこそがツォンの「したくない」理由でもあった。
正座をしながら腕を組んだツォンは、目を瞑って重い溜息をつくと、
「酔っていると、私はできないんです」
と、爆弾発言をする。
「できないというより…ルーファウス様も私も満足できない状況に陥ってしまうわけです。だから私はしたくないわけで…」
「満足できない?というと…」
「つまり…」
「…そういう事か?」
「そういう事です…」
なるほど、そう言いながらルーファウスとツォンはお互い俯いた。
――――つまり、そういう事なのである。
ツォンとしては、事に及ぶからには好きな人を満足させたいという希望がある。しかし、酔っているとそれができない。
平たくいえば、イけない、イかせられない、という事になるわけで、これはひとえに大切なソコに馬力がなくなるからだった。
だから、最早ムードとかシチュエーションとかの問題ではないのである。
「それは…いかにも悲しいな」
「そうですね…」
酔えばそれなりに気分は高揚する。しかし馬力はダウンする。
何という矛盾だろうか。
いかにも悲しい。嗚呼、悲しい。
でも一番悲しいのは、こんな暴露話をルーファウス本人にしている自分ではないだろうかとツォンは泣きたい気分でいっぱいになった。
しかし、こんな会話に関してだけやけに真面目なルーファウスは、ううむ…と唸りを上げた後、さも真剣な顔でこう言い出す。
「それなら確かに仕方無い。しかし、だ。仕方無いと諦めてしまっては元も子もない。従って今日を境にそれを克服するというのはどうだろう?」
「はあ?」
突拍子もないことを言い出したルーファウスに、ツォンはぽかんと口を開ける。
しかし、そうするあいだにルーファウスはサクッと行動を起こしていた。
「ちょ、何してるんですかっ!?」
「何ってそりゃ、脱がせてる」
「私を脱がせてどうするんですっ!?」
さっさとツォンの服に手をかけていたルーファウスは、悪気など微塵も感じていない様子である。そして更には、ツォンの疑問に対しこんな返答をした。
「だって、今私が脱いでも仕方無いからな。問題はお前だ。つまりお前をどうにかしないと始まらない」
…確かにそれはご尤もである。
しかし、実際に克服できるかどうかはかなり疑問だろう。
ここでむりやり仮・情事をした場合、おそらく不発で終わるだろうとツォンは思っていた。さきほどいいムードだったにもかかわらず敢えて事に及ばなかったのは、満足できないことが分かっていたからだ。
不発に終わるのは、信念に欠ける。
もし此処で仮・情事に及んだ場合、それもはやはり信念を崩されることになる。
「…やっぱり駄目ですっっ!!」
ツォンは自分の中でそれらの考えを纏めると、もう既に半裸状態までツォンを追いやっていたルーファウスの腕をガッツリと掴んだ。
そして、キッパリとこう言いきる。
「今日は駄目です!!」
そう言った後、ルーファウスは特に抵抗もせずに黙ってツォンを見ていたが、やがてその腕を振り切り不貞腐れた。
くどいようだが、ルーファウスは泥酔状態である。(確か)
ふん、とか何とか言い出したルーファウスは、毛布の中に身を埋めブツブツと文句を言いながらもそっぽを向く。その様子は不満そのものといった感じである。
ルーファウスが何とか諦めてくれたのを見て、ツォンは、ふう、と一息ついた。
そして、次には少し困ったような顔で笑う。
「すみません、ルーファウス様」
何故謝るのかも分からないまま取り敢えずそう口にしたツォンは、すっかりご機嫌ナナメのルーファウスの肩に毛布の上から触れる。しかし、ご立腹のルーファウスはそれに何の反応も返さなかった。
まあそれも仕方無い、拒否してしまったのだから。
そう解決したツォンは、ふと立ち上がると部屋の電気を消した。暗くなった部屋の中でまだルーファウスの文句がブツブツ聞こえていたが、それは敢えて聞こえなかったことにしておく。
今日はこれで、ルーファウスも眠ってくれることだろう。
そう思ったツォンは、自分の寝支度を整えるべくその部屋を去った。
数十分後、ようやく寝支度が整ったツォンは、ルーファウスが眠る部屋に戻ってきた。しかし、此処に一つ不幸な出来事が勃発する。
これを悲劇といわずして何といおうか?
そう…それは正に自分の言葉が招いた悲劇だということを、ツォンは痛感せざるを得なかった。
折角だからルーファウスと一緒のベットで眠ろうか、そう思ってこっそりベットに片足を突っ込んだまでは良かったが、その先が問題だった。
ツォンはルーファウスがすっかり眠ったものだと思っていたが、それは大きな間違いだったのである。
足を忍ばせ、身を埋めた瞬間―――
「!?」
ツォンはガッと強い力で引き寄せられ危機を察知した。しかしその時には時既に遅しといった具合で、あれよという間に服が脱がされていく。
これは――――まさか!?
「…ツォン」
「る、るーふぁうすサマ…」
あまりの危機感に、思わずツォンはその人の名をひらがな読みしてしまったものである。
暗い部屋の中で見るその人の表情は、いかにも“あの”ルーファウスそのものだった。
そして、その人は言う。
「酔いは、もう醒めただろうな?」
「!!」
――――これぞ身から出た錆。
そうだった、酔っているから馬力がでないと言った以上、酔いがさめればそれは無効。
今まで散々拒否してきたせいか、酔いが醒めたところで今更そんな気にはなれなかったが、どうやらそんな気持ちすら通用しないらしい。
ああ…なぜこんなことに…
ツォンがそう思ったのは言うまでもない。
翌日。
すっきり顔のルーファウスと、目の下にくまができたツォンが神羅に出社してくると、昨日の楽しげな飲みの席の仲間が気さくにこう声をかけてきた。
レノとルードである。
彼らは二人の対照的な顔色に「?」という気分になったものだが、まあルーファウスの機嫌がマトモならなんでも良いかと解決した。
「よ!昨日は良く眠れたかな、っと?」
ニヤニヤ笑いながらそう声をかけてきたレノに、ルーファウスはにっこり笑って一言。
「ああ、完璧だ」
「へ~そりゃ良かった。…なあ、ツォンさん?」
話を振られたツォンは、ゲッソリした顔をしながら「ははは」と虚ろ笑いを浮かべている。目の下のくまが昨日の惨状を物語っているのは言うまでもない。
ツォンとしては、この虚ろ笑いと目の下のくまを見て悟ってくれ、という気分である。
しかしそれは敢えて言わないでおくと、何を思ったのかレノがこっそりとこんな事を耳打ちしてくる。
「俺のプレゼント、使ってくれた?」
「……」
…最早そこは突っ込まんで欲しい。
そう思ってだんまりを決め込むと、それを勘違いしたのか何なのか、とにかくレノは勝手に納得し出した。
「その様子だと使ったんだ?ツォンさんもやるねえ~」
「レノ」
「何かな、っと」
「―――お前、覚えとけよ」
それは、騒がしくも微笑ましい(はずの)神羅の朝。
しかし、ある男の目の下と身体はお世辞にも晴れているとは言いがたかった。
こんなに清清しい朝だというのに心に思うのは一つ。
奇襲に用心すべし!
END