ツォンは一瞬それに眉を顰めたが、しかし直ぐにすっと笑みを浮かべると、
「もうやらない?ということは、今日はこれで全て終わりということですね。しかし、貴方はそれで良いのですか」
などと意味深な言葉を放つ。
「ど、どういう意味だっ」
ルーファウスは余裕綽々なツォンに対してすぐさまそう返したものだが、言葉とは裏腹に意味はちゃんと理解していた。
ルーファウスの本音としては「奉仕はしたくないけど、行為自体はやめたくない」わけで、これはさすがに言葉にし辛い。
本来こういうのはギブアンドテイクなのだろうから、そういう観点からすればこうしてたまに奉仕するのも当然なのかもしれない。
しかし、ルーファウスにとってそれは、はっきり言って許されないことだった。
別に奉仕行為自体がどうのというわけではなく、公の立場としては部下であるツォンに、そういうふうに優位に立たれるのがどうも釈然としないわけである。
これは意識的なプライドがそうさせるのではなく、ルーファウスの育った環境に問題があるのは言うまでもない。そういうふうに接せられて生きてきたから違和感がある、というそれだけの話なのだ。
しかしツォンは、そういうルーファウスを分かった上でそれを強いる「意地悪」な人であった。…この空間では。
「どういう意味も何も。それはルーファウス様が良くお分かりでは?」
「うっ…」
「腹を割って話しましょう。本音で言うと…したいでしょう?」
笑みを漏らしたままでツォンはそんなふうに言葉を放つ。それはいかにも余裕綽綽で、ルーファウスにとってみれば何だかムズ痒くて仕方なかった。
そもそも本音で「したい」などと言うこと自体が、ルーファウスにとっては「今迄の環境からして違和感を覚えるもの」なのだから。
ルーファウスはそれに答えることはしなかった。というか、答えたくなかった。だから黙ったまま突っ立っている。
と、そんなルーファウスに向かってツォンは、それ以上の言葉をかけない代わりにすっと両手を差し伸べた。それは丁度、花が咲いたような扇の形に。
「?」
一体どういうリアクションなんだ?
そうルーファウスは心中で首を傾げたものだが、そうするツォンの表情が今迄の「意地悪な人」から「優しい人」に変わっていたものだから、ついその広げられた腕に向かって足を踏み出した。
そして、その扇の中にすっと入り込む。
するとその扇は、欲しかったものを得たかのようにすっと閉じていき、やがて完全にルーファウスを包み込んだ。
そうされた瞬間、何だ、やっぱり今迄のツォンは嘘だったんだ、などと安堵したルーファウスは、今迄の奉仕のことなどをすっと頭から消し去った。消し去って、ツォンの胸に身体を預けた。
―――――が、しかし。
その扇はどうやら、人喰い花かラフレシアか何かだったようである。
「引っかかりましたね」
「え?」
ツォンの一言に呆気に取られた次の瞬間、何だかゾクゾクした感覚が身体を走っていた。それは首筋の辺りから全身に駆け回る。
衣類の中に腕を忍ばせたツォンは、衣類の下で、直接肌に触れるようにその身体を抱きしめた。
それだけだったらまだ幸せだったのだが、問題は―――――首筋に、噛み付くようなキス。これは少し問題である……いや、だいぶ。
「ちょ…!馬鹿、何やってるんだ!!」
そう…ルーファウスはいつもそれを拒絶してきた。世間ではキスマークとか言われるそれを、である。
それを付けられるとルーファウスとしては立場上ちょっとアレな具合になるものだから、それだけは絶対するなと常日頃からツォンに言ってきたわけで、ツォンはいつもそれを守ってきた。
ルーファウスの立場も知っているし、何しろルーファウスの嫌がることをするなんてツォンの方が嫌だったからである。
しかし、今日のツォンはやはり「意地悪」だった。
というわけだから、それを止めるはずはない。
「バカ!離せ、あほっ!!」
ルーファウスは口々に文句を言いながらツォンの身体から離れようとしたが、肌をガッチリ包んでいるその腕はどうやら物凄く強力であるらしい。
いつもだったら「力が入りすぎましたね」なんて謙虚で優しい言葉の一つや二つかけるのが普通だというのに、今日のツォンの腕は金属製でできているらしく、どう頑張っても生身の人間では解けなかった。
「こ…の、やろー…」
強く吸い付く唇が、ルーファウスを伏目がちにする。
許せない。許せないけど解けないんだから仕方がない。
そうして何度か強く吸われすっかり首筋に赤い跡がついた後、やっと離れた唇がこんなことを言った。
「これで左の首筋は隠せませんね。じゃあ、あとは右に…」
「ちょっと待て!!まだやるつもりか!?」
「決まってるじゃありませんか。嫌だというなら、さっきの続きをして下さい」
「な…バカじゃないか!!?」
バカで結構です、と煽り言葉にも動じないツォンは、早々に右の首筋に唇を寄せた。その動作を見てルーファウスは慌てて、
「うわ!バカ!やめろ!!」
そう叫ぶ。
しかし此処でそう叫んで拒否することはつまり、ツォンの言った言葉を受け入れること一緒だった。さっきの続きをすると承諾した、という意味で。
だからそう拒否されたツォンはいかにも嬉しそうに笑ったものである。意地悪に。
「嫌、ですか?じゃあ、さっきの続き…して貰えますよね?」
「……」
渋い渋い顔をするルーファウスに、ツォンは笑顔を見せる。はっきり言って憎たらしいことこの上ない。
「いや、さっきの続きでなくとも結構ですよ。何だったらその次からで良いです」
「次?」
何だそれは、そう問うように眉をしかめたルーファウスに、ツォンは「つまり…」と言いながら腕を解いた。そしてその手でルーファウスの右の手首を掴むと、ルーファウスの股間へと下ろしていく。
お互いに向き合って座っているような状態だったので、そうされた事でみるみる蒼褪めていくルーファウスの表情はすっかりツォンに見られていた。
意地悪なツォンは、そんなルーファウスの表情を眺めつつ、やはり笑っている。…相当嫌な感じである。
「分かりますよね?」
そう一言だけ言われたルーファウスは、それに対してうんともすんとも答えなかった。しかし大体察しは付いている。
ツォンの手がそこに行くならともかくとして、ルーファウスの手をそこに追いやったのだから、それは勿論―――――自分でやれ、ということなのだろう。
これは奉仕とは違うけれど、それでもやっぱりルーファウスに違和感を覚えさせることでしかなかった。というか、この場合さらに羞恥心が増大するのは言うまでもなく…。
「ね、分かりますよね?」
再度そう言ったツォンは、ルーファウスの手を誘導すべく腕を動かした。そうして操られたルーファウスの手は、追い込まれるように性器を通り越したその先へと向かう。
それらの動きにルーファウスは目一杯ツォンを睨んだものだが、それも最早効果のないものだと分かっていた。だからあくまで嫌味の意味だけこめて、睨んでみる。
しかしそうした所でこれからしなくてはならない事には変化ないわけで、ルーファウスは結局自分のソコに自分の指を押し入れることになった。
「う…っ」
何だか変な感覚―――――ツォンにされるのは慣れてるのに、自分でそうするのは何だか変な気がする。
しかしそれでも、挿れた瞬間の違和感だけは変わりなかった。異物感があって、それが段々と内部に浸透していく。それを感じる体が、無意識に顔を歪ませるのは仕方ないことだった。
「どうですか?」
耳に届いた声に、眼を瞑るルーファウスが微かな声で答える。
「変…何だか、やだ…」
「大丈夫ですよ」
そう言われたけれど、何がどう「大丈夫」なんだかルーファウスにはさっぱり分からなかった。ただ、自分の指でそうしているという事実が羞恥心と共に脳を刺激する。
その上、その行為を隈なくツォンに見られているわけだから、これ以上の羞恥は無いだろうという具合だった。
何だか、変―――――そんな想いがグルグル回る。
ルーファウスのソコは、自身の指を第二関節まで咥え込んでいた。それを確認するかのようにチラとソコに眼をやったツォンは、そうしてからルーファウスの耳元で囁く。
「動かして」
そのたった一言が、またもやルーファウスの羞恥心を膨らませる。
う、動かす―――――!?
とてもじゃないけど考えられない。此処までしただけでもかなりの勇気だったルーファウスにとって、それは信じられない言葉だった。
とはいえ、今日の意地悪なツォンにとってそれは当然のことだったようである。なにせ、黙ったまま指を動かさないルーファウスに、「どうしたんです?」なんて余裕の笑みで問うくらいなのだから。
ルーファウスが心の中で「こいつ、最悪!」だとか「この際クビにしてやる!」だとか叫んだところでそれは一向に収まる気配が無い。
つまり―――――やるしか、ない。
「う、っん…っ」
やはり眼を瞑ったまま、ルーファウスはツォンの言う通りの行動をし始めた。
ツォンにされた事があるように、自身の指を動かし、その中を弄っていく。それはいつもと同じような快楽を呼び起こすものではなかったけれど、不本意ながらも声が漏れる。
違和感という点から言えばいつもと一緒だし、膝をついた状況である今、折り重なった足はツォンの体温を感じさせた。
だから、その人にされているわけではないのに、何故だか一緒に興奮を得ているような錯覚に陥る。
実際、ツォンの口元は丁度ルーファウスの胸と首の間に位置していて、その部分の肌が感じる吐息は妙な興奮を呼んでいた。それはツォンが計ったものではなく、ごく自然な流れで、である。
こんなのは嫌だ、そう思うのに…なぜだか指は自分の奥深くを刺激した。ルーファウスの意志としか言いようのない状態で。
それを見ていたツォンは、ルーファウスの瞑った目には届かない場所でそっと笑った。
「ほら、大丈夫だったでしょう?貴方のソコは、もう随分慣れているから」
「ん、うっ…」
他でもない私のせいでね、などと囁かれても、ルーファウスは何も言うことができない。確かにツォンと身体を重ねることでそうなったわけだが、この場合、この言葉はただの煽り言葉と同じだった。
身体のどこも使うことなくじりじりとルーファウスを追い詰めたツォンは、ここぞとばかりに言葉を降らす。
それはどれもルーファウスにとって答えにくく、いかにも羞恥心を助長させるものである。
が、勿論ツォンは答えを望んでそうしているわけではないから、ルーファウスが答えなくともその耳に言葉が入りさえすればツォンの勝ちだった。
「眼、瞑ってますね。―――――何を考えてます?」
「う…っ」
クチュリと内部を掻き回す自分の指に声を上げたルーファウスは、自分を心もとなくさせるその感覚に対する支えとしてツォンの肩をギュッと掴む。
それは、タイミング的にもツォンの質問への答えのようだった。
「ルーファウス様。今、何を…考えてます?」
もう一度そう問われたとき、答えとしてではなく、喘ぎの一環としてルーファウスの口からツォンの名が漏れる。
ツォンはそれに笑うと、目前で快楽とも違和感ともつかないものに顔を歪ませるルーファウスの、その髪をすっと撫でた。
その感覚が、ビクリ、とルーファウスを震わせる。
「私とのセックスを、思い出す?」
「うっ…あ、うっ」
「貴方もたまには自分でするでしょう?そういう時、何を思い描きます?どこかの美女ですか、それとも…私ですか?」
そうして浸透してくる言葉に、ルーファウスはツォンの言葉通りのものを思い浮かべた。今迄眼を瞑っていた中で思い浮かべていた事は、とてもツォンには言いたくない。
ツォンと重ねたセックスを思い浮かべて―――――指先を旋回させる。
欲しいと思ったわけではないのに、何故だか指は奥深くを追求するように第二関節を超えていた。
ぬっぷりと入り込んだ指先と巡らせた思考が、眼を瞑ったままのルーファウスに妙な感覚を与え、それが段々と膨らんでいく。
いつしか少しだけ浮かせていた腰が微妙な律動をし始めたとき、その動きのせいで、肌にツォンの衣服が掠れた。
僅かながら摩擦された肌が、何でもないことなのに快感に変わる。それは何だか変な感覚だった。まるで身体全体が異常なまでに敏感になったみたいで。
「あ、ぁ…ツォン…」
喘ぎと吐息が混じる中、ルーファウスはそう呻いて眼をうっすらと開けた。
多分、今まで眼を瞑っていたのは、羞恥心を少しでも緩和させようとした結果だったのだと思う。じっと自分を見詰めるツォンなどを見てしまったら、それを感じないわけにはいかない。
しかし此処でルーファウスがうっすらとでも眼を開いたことは、実のところ、ツォンにとって良いチャンスだった。何のチャンスかといえば、次に進むチャンス、である。
ツォンとしては、この滅多にない奉仕というものを存分に楽しもうという意地悪な心があったわけで、そこからするとこのままルーファウスの自慰行為を眺めているのも悪くなかった。
がしかし、物事には限界というものがある。
その限界が何かといえば、別にルーファウスの限界とかそういった意味ではなく…そう、ツォンの限界である。
その距離僅か数センチ―――――そんな間近で愛しの恋人が羞恥心を必死に隠しながら悶えていたら、ツォンの下半身も黙ってはいられない。
という訳だから、そろそろ次のステップ。
しかしそのステップとて、ツォンは奉仕させる気満々だった。仕事の倍のヤル気だった。何せこんなときでもなければ、こんな事はできるはずがないのだから。