14:[ANGRY CHAIN] ただの人間
カチカチカチ……
どれくらい、時間は経ったのだろうか。
もう、
分からない――――――――――――。
暗がりの中、それでも朝日は差し込んでいた。
国民的休日であるその日、その部屋には鍵がかけられたままだった。
誰もこの部屋を訪れはしない。
ただ二人だけの空間がこの部屋にはあり、それは侵される事の無いものだった。
隣で寄り添うように目を閉じているルーファウス神羅を目にしながら、ツォンは考えていた。
今頃は神羅の連中が血眼になってこの人を探しているだろう、と。
本来ならその事態への対策の頂点に任命されていたツォンは、こんなふうに休みをとれるような状態ではなかった。
しかし、ルーファウスの捜索が開始されてからというものマトモに休みを取っていなかったこともあり、プレジデントの計らいで今日は休みを許されたのだ。
それは休日だったが、ツォンにとってはいつもと同じ一日だった。休みであろうと出勤であろうと、頭の中には常にルーファウスの存在があり、さらには帰宅すればその本人がすぐ側にいたのだから。
今やルーファウスは、ツォンだけが自由にできる人間。
あの高慢な態度も何も無い、ただの人間。
憂いを帯びた瞳で、ツォンの身体に忠実に反応を返す、ただの人間。
それはまるで立場の逆転を感じさせるものだったが、それでもツォンにとって主であることには代わり無かった。やはり、主従関係を崩すつもりは無いのだ。
しかしそれに加えて、二人の間にはもう一つの関係が築き上げられていた。
かつては一方的な主従関係だったものが、今やルーファウスにとってもツォンは「従うべき存在」になっていたのである。
ツォンがいなければ、その息すら止まってしまうかもしれない。生きる事に特別な意思を持たない事は、そういった事を意味している。
今やその眼に映るのは、あの男では無い。
外部との接触を持たないルーファウスの眼に映るのは、たった一人―――ツォンだけだった。
それが全てであり、それが無ければ何も無い。
この状況を作り出したのはツォンに他ならず、それは確実に二人を蝕んでいた。
「ツォン…今日は…」
目が覚めたのか、ふとそんな声が聞こえる。
その声に、ツォンはごく自然な笑いを投げかけた。それは優しく、悪意の欠片も無い。
「今日は休みを頂いているのですよ。だから今日は、ずっと貴方の側にいます」
ツォンの言葉に、そうか、と返しながらルーファウスは微笑む。
―――とても綺麗な微笑み。
以前は見せてもくれなかった表情がそこにはある。それはツォンの心の中で曖昧に燻っていた感情を明確にするだけの力を持っていたが、ツォン自身はそれをよく理解できてはいなかった。
だからこそそれは、無意識に膨らんだ感情といえる。
表面的には気付きもしない感情。
「私はずっと貴方の側にいますよ。今までも、これからも」
裏切ったりはしない。苦しい思いすらさせない。
何故ならいつだって忠実に従ってきたのだから。
ただそれは、今までは取り越し苦労に終わっていただけなのだ。それが今はちゃんとした答えを返されるまでになった。
勿論それはツォンが仕組んだ事だったが、強制的な感覚はすでに無くなっている。それは、ごく自然だった。
まるで…まるで何も無かったかのように。
まるで最初から、二人だけしかいなかったように―――。
ベットの中でルーファウスの身体を抱き寄せたツォンは、今はもう自分のものも同然の相手を見つめた。
その目はクリアで、眼球には他の誰でも無い―――ツォンが、映っている。
「ツォン…」
そう名前を呟きながら、ルーファウスの腕がツォンに絡みついた。お互いに何もつけていない体が密着し、体温が伝わる。そのすぐ後には唇が求められて、ツォンはそれに応えてやった。
ツォンの脳裏には、あの高慢なルーファウスの態度がこびりついている。
今目前にいるルーファウスにはその欠片すらないが、それでも同じ人間なのだとそう思う。
あのルーファウスは、こんな事を求めたりしなかっただろう。特にツォンには、求めたりはしなかったはずだ。その目は違う者を見ていたし、その心は違う人間を求めていたのだから当然である。
唇から伝わるのは、貪欲な―――感情。
「教えて下さい、ルーファウス様」
健気なほどに求めてくるルーファウスの口を離しながら、ツォンはそう呟く。
「今の貴方の“望み”は何ですか―――?」
濡れたような瞳が、その言葉に熱を帯びた視線を返した。
それは、ツォンの口元を緩ませる。
それで良いのです、そんなふうに――――――。
「ツォン―――…が、欲しい」
そうして望みは転換されていく。
心と身体が解離されていく中で、身体だけを支配したその答え。
身体が、心を支配した。
だから―――。
私はあなたの忠実な部下。
そして。
貴方は―――――――――私だけのもの。
貴方の足に足枷をはめましょう。
同じ過ちを繰り返さないように。
貴方の羽根を千切り捨ててしまいましょう。
もう何処にも飛び立てないように。
―――――もう、逃がしたりしない。
それは鎖のような、重く痛い束縛だった。がんじがらめの束縛に、何もかもを見失い、それがさも正しいかのように。
ツォンはその束縛をルーファウスに頑丈なまでにかけた。それは心の制御すらできないほどに。
ルーファウスは側で笑いながら、ツォンの身体に絡みつく。
「ツォン、好きだった。ずっと前から…」
混乱した心が見せる間違い。
だが、ツォンは気付いてはいなかった。
その鎖は、ルーファウスにかけられただけでなく、ツォン自身にもかけられている事に。
それは、絡みつく――――。
痛々しいまでの、鎖。
END
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