CLEAR WARMTH(3)【ツォンルー】

*CLEAR WARMTH

 

俄か”社長”の顔に戻ったその口調に、ツォンは微笑んで「はい」と返す。それは揺らいだ心を固定させる大切な言葉で、その役割をしっかりと果たした。

もう、揺れはしない。

どんなに胸騒ぎがしようと、ルーファウスの本心が違おうとも、もう反転はできない。

一瞬でも良い――――この茶番のような命令で、ルーファウスの心が自覚してくれればそれで良いのである。

命令を与える者と、与えられる者の関係を、自覚してくれれば、それで。

 

例えばそれは、部下に部下以上の執着を持たぬ事。

例えばそれは、部下に部下以上の期待を持たぬ事。

例えばそれは――――。

 

部下の死すら、恐れない事。

 

「約束して下さい」

微笑んだままのツォンが、ふとそんな事を言い出す。この後に及んで何を約束するのかと、ルーファウスは疑問に思いつつも「何だ」と問う。

その答えは、更なる強調の言葉だった。

「もしも―――私の身に何かあったとしても、貴方はちゃんと立っていて下さい」

「何か…って、お前…」

ずきん、と不安の種が大きくなる。

“もしも”なんて事は考えたく無い。聞きたくない。

だが、その気持ちをすり抜けてツォンの言葉は続いた。

「どんな時でも、私はあなたの側にいます」

微笑みは少し、淡い憂いの陰をちらつかせる。

ずきん、と――――また不安の種は成長した。

ルーファウスはその体勢を崩さぬままに、視線をツォンから外す。とてもじゃないが見ていられないというのが本心だった。

それは別に、ツォンに死相があるとかそういう訳ではなく、そう言われる事で自分の隠された心が剥き出しになるような気がするから。

唯一、本音を言える場所がツォンだった。

唯一、本当の自分を許されていた場所だったのに……それが今、こうして断絶されていく。

だが、ルーファウスには分かっていた。

ツォンがどういう理由でこのような言葉を発したのか、自分にどうして欲しいのか、そういう事は理解できていた。だが、自分の心はそれを拒否していた。

それでもルーファウスはこう思っていた。

自分はきっと、ツォンの言葉にしたがっていくだろう、と。彼の言葉をのみこみ、彼との約束を守ろうとするだろう、と。分かっているのだ、それすらも。

そして、もう逃げ場は無い、という事も――――。

 

だから、社長としての“ルーファウス神羅”であり続けなければならない。

何があっても。

自分を押し殺してでも。

 

――――願う事すら許されなくても。

 

だからという訳ではないが、せめて今くらいその体温を感じても許されるだろうと思った。手を伸ばしたすぐ先に、今は確かな体温があるのだから。

ルーファウスは無言で指先をツォンの頬に這わせると、ゆっくりとその唇を奪った。もう何度したか分からない行為だったが、何故だかとても新鮮な感じがする。

そして、とても遠いような気もしていた。

「生きる事は時として、辛いな」

ふとそんなことを口にするルーファウスに、ツォンは「そうかもしれません」と答え、そのまま言葉を続けた。

「ルーファウス様。私は―――私は貴方が神羅を繁栄させる、その傍にいつでもいます。神羅があって、私は貴方に出会えた」

「…あくまで神羅、か」

さっきまでならば皮肉にしか聞こえなかっただろう言葉が、今は妙に素直に受け止められる。それはとても不思議だった。

「私が貴方の傍にある為には、貴方は神羅を栄光に導かなければならないのですよ。だから…」

「もう良い、もうそれ以上は言うな。…分かってるから」

ルーファウスに不意打ちのように抱きつかれ、ツォンはそれ以上を言えなくなってしまった。だが、心の中でその言葉ははっきりと続いていた。

例え声として相手に届かなくても、きっと分かってくれているだろう。

 

どうか、約束を――――――…。

何があっても貴方は笑っている、と。

 

 

 

お疲れでしょうから、とビタミン剤を飲ませた後、ツォンは寝息を立て始めたルーファウスの顔を見ながら、自分もその身を横たえた。

時刻は深夜1:00。

警備はもう帰ってしまったろう。

施錠がびっちりとしかれているだろうから、これからでは帰宅は無理だった。ルーファウスも寝入った事なので、仕方無しにその部屋で自分も休む事にする。

明日、ルーファウスが目覚める頃には自分は此処にはいないだろう。

その時、自分は何が残せるだろうか。

自分が此処に在った事を、ルーファウスに残すためには―――。

そんな事を考えながら、目を閉じる。

「…?」

ふと何かが手に当たった感触がして、閉じたばかりの眼を開けると、自分の手の甲にルーファウスの手が乗せられていた。

起きているのかと思い顔を見てみるが、どうもそういう訳ではないらしい。

それを見て、ツォンは微笑む。

そして、そっとその手を握りしめた。

 

 

 

どうか、この体温を忘れないように―――――。

 

存在する体温を、本当はずっと側にありたかった体温を。

貴方に捧げた、体温を。

どうか――――。

 

 

透明なテーブルの上には、ツォンの社員証だけが残されていた。

 

  

END

 

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