2nd [FIND]:01
世界は今、変動していた。
神羅が崩壊したときから、もう5年ほど過ぎたろうか。一旦は地まで落ちたかのような状態だったこの土地も、徐々に復活の色を見せてきた。
それは4年ほど前から進められてはいたが、今この年になってやっと大きな動きを見せたといって良い。
小さな町の集合体が、人口の増加によって合併を繰り返す。それが何度か起こり、やっとかつてのような大きさにまで近付いたのは、つい最近のこと。
そうして一番の変革は、ある一つの企業の始動だった。
それは当初、小さな町の中での、小さなプロジェクトに過ぎなかった。
それぞれの町が各自治で動いていたこの土地は、統治の相違で何度もぶつかり合いが起こっていた。それは仕方無いことだったが、隣合う町では犯罪面での制裁が問題となっていたのである。
そこで、それぞれの土地の権威が集まり、そのプロジェクトが始まった。
最初は、単なる相互間の理解を話し合う。
その次は、ある部分での統一について話し合う。
そうこうするうちに話は膨らみ、一つの共通システムを作り上げれば良いのではないか、ということになった。
しかし、一体だれかそれに賛成するだろうか?
そのような話が出れば、誰しもが過去に繁栄したあの企業を思い浮かべる。
神羅カンパニー、その名を。
本来なら、企業が土地を支配するというのは型破りな話である。しかし、過去に神羅カンパニーはそれをやってのけたのだ。勿論そうできた裏には、ミッドガルという都市との結託や戦争といった事情があったわけだが、そのような細部は誰も知りはしない。
ただでさえ些細な喧嘩の耐えない町同士に、今日からこういった統一を図るから、といっても、それはすぐに拒否されてしまうだろう。
けれど、神羅のように、表面上は企業ということにしておけばどうだろうか?
表面上はそれぞれの町には関与しない。しかし実際には各町が共通システムの制御下になれば――。
「それぞれは知らず知らずのうちに、同じシステムを使っていくことになる。ある意味では統一、ということだ」
そんな一声から、このプロジェクトは始動したのだった。
いま、ツォンにとって一番の問題は、自分がそのプロジェクトに関わることだった。
企業として始動するならば、自分は企業の一員ということになる。それはツォンにとって、過去の繰り返しのような状況だった。
そんなことは、望んでいかなったのに。
どうしてこうなってしまうのだろうか――
神羅が崩壊したとき、ツォンは自分の中で誓ったことがあった。
”繰り返さない”。
ただ、それだけ。
それは、神羅と同じような大きな支配下に入らないことや、そういう立場から絶対的に離れること、そして、それらを守るために生きることだった。
そう誓った裏には、もちろんルーファウスの存在が大きくあったものである。
神羅崩壊後、ルーファウスはツォン以外の誰とも会おうとはしなかった。それは神羅という企業の影を残したくない為なのだろうとツォンは今でも理解している。名前を隠し続けたこともそういう理由からだったのだろう。
だからこそ、ツォンもそれを守りたかった。
彼が神羅の影を残したくないと考えるなら、自分も同じように全てを捨て、新しくルーファウスと生きていこうと思っていたのだ。
ルーファウスが側にいない今、頑なにそれを唱える必要性はなくなってしまったのかもしれないが、やはりツォンは今でもそれを守りたいと思う。
何故かと問われれば、その答えは簡単だった。
今でもまだ、ルーファウスを忘れることなど出来ないから。
今でもまだ、想っているから。
きっとルーファウスはそんなことを許しはしないだろうが、それでも自分の心に嘘をつくことはできない。
もしできることなら、ルーファウスの元に戻り、今を捨てて、もう一度その側で生きていきたいと願っていた。
けれど、それはできない選択だったから――――。
だからツォンは、結局今の状況にただ悩むしかできなかった。完璧に拒否することもできず、完璧に賛同することもできぬまま。
綺麗に揃えられていく物を見つめながら何ヶ月か経った頃、ツォンは完全にその企業の一員として迎えられた。
プロジェクトの話し合いの席で、ちょっとしたアドバイスなどをしてしまったのが運のつきだったろうか。
元々神羅の社員だったツォンにとって、企業の核の話はお手の物といって良い。勿論過去は隠したままだったが、その知識と知恵がかわれて今に繋がったというわけである。
しかも、そういったアドバイスができる点で、ツォンの立場は最初から跳ね上がっていた。以前では考えられないような立場である。
いまやツォンは、企業にとっては必要不可欠な人間だった。しかし、それすらツォンにとっては嬉しいことではなかった。
「システムの方は出来上がっているんだ。とにかくコンピュータの投入だな。それを全部に配置してもらって、そこに管理のシステムを組み込んで…。各自治体にはそれに則ってやっていくようにしてもらおうと思ってるんだ」
簡易的な応接室に呼ばれたツォンは、この企業の実質的な取締役となる男に、延々とその構想について語られていた。
ツォンからしたら、かなり年下の男である。
ある一つの町の、町長の息子。
その男にこれから従っていくというのだから、かつての自分を彷彿せずにはいられない。とはいえ、神羅のときとは立場も違うし、人間も違う。
ツォンはこの男にアドバイスをして実際の経営に携わることになっているし、この男自体はルーファウスとは180度違うのだ。
けれど―――それでも過去を思い出さずにはいられなくて、それがとても辛い。
男は、人懐こい性格であるらしい。
何かとツォンに相談を持ちかけては、その都度仕事とは関係のない話まで延々と楽しそうにしたりする。それは勿論、嫌な感じを与えるようなものではないし、むしろ好感のもてるものだった。
この日も例外なく、仕事の話の後に世間話が入り込む。とても自然に。
「そうだ。堅苦しいのもなんだし、ツォン、って呼んで良いか?」
笑ってそう言う男に、ツォンは「どうぞ」と返す。
―――あの人は、そんなことを断りもせずにそう呼んできたものだが。
「ツォンはこういうことに詳しいけど、昔は何をしていたんだ?」
「昔、ですか…」
「ほら、そういうふうに敬語が板についてる。って事は、だ。それなりの仕事をしてきたんだろ?」
「そうですね、そうかもしれません」
だって、それが当然の世界にいたのだ。それがあるべき姿だったのだ。
ツォンが静かにそう答えると、男は「もしかして」と間髪いれずに言葉を繰り出す。
「神羅カンパニー…の社員だった、って事はないよな?」
一瞬ドキリとしたものの、それは外に出さず、ツォンは苦笑しながら
「違います」
と答えた。
本当は隠す必要はないのかもしれない。
けれど、今までずっと捨ててきたものを今更掘り起こすこともないだろう。例え今またこの企業に従事することになろうとも、それは神羅とは違うのだから。
「そうか、もしかしてって思ったんだけどな。まあ良いか。ところでツォン、これは個人的な話になるんだけど…実は、ツォンの住まいのことで」
「私の?」
ああ、そうなんだ、と言いながら、男は嬉々として話を進める。
「ツォンの今の住まいは遠いだろう?それにこれからは立場も立場だし、それなりの配慮をしようってことなんだけど」
条件は良いんだなどと言いながら、男はある図面を取り出す。
それはどうやら、男がツォンに対して用意した家の図面らしく、詳細が書き込まれていないとはいえ一見してかなり広いことが伺える。
それと同時に地図も取り出すと、男はあるポイントを指差した。
「此処の辺りなんだ。静かでのんびりした所なんだけど、これから開拓してマンションを作っていこうと思ってる。少し高級になるかもしれないんだけど」
「開拓?ということは、そういった方面にも手を伸ばすのですか?」
「ああ。円滑な流通を図るためにもね…って、これは父さんの受け売りだけど。とにかく土地を開拓していくってのは、発展にも必要だろう?」
まるで夢を語るような男の顔を見ながら、ツォンは嫌な気分になる。
やはり、これは危険なことだったのだろうか。
かつての姿を忘れたわけではあるまいに、また同じことを繰り返そうとしている。
当然それは神羅に関わっていたツォンが大きく批判できるものではなかったが、それにしても展開が速すぎる。というより、まるで最初からそれを予定していたかのような感じだ。
土地を開拓し、システムを完全なものにし、町を制御する。
そうして段々と、土地とシステムが一体化していく。
やがては――全てを把握できるようになり、全ての権力と金を支配する。
つまりそれは、”完全な支配体制”への布石なのだ。
もし此処に違う企業があったら、その流れは防げるかもしれない。けれど、もし今の状態のまま何年かが過ぎれば、この企業にほかの企業が従うという体制が確立されてしまうのだ。
それが定着し、人々の共通意識となったとき、また”神羅と同じもの”が始まってしまう。
その時―――その支配の中に、自分は身をおいてしまうのだろうか……
そこまで考えて、ツォンは息苦しさを感じた。
今この土地に生きている人々が何を欲しているかは分からない。しかし、かつての格差の激しい世界ではないことだけは確かである。
その世界への反省を、ツォンも、そしてルーファウスも知っていた。だからこそ、捨てたいと願い、静かに暮らすことを望んだのだ。
神羅の復興も不可能ではなかったのに、それを選ばなかった理由はそこにある。それなのに、こうしてまた誰かが過ちを繰り返そうとする。ツォンやルーファウスの願いを台無しにしようとする。
「それはともかく、ツォンの家は此処が良いと思うんだ。通いやすいし、今までの家より快適だし。実をいうと、他の人間にもこの辺りに住んでもらおうかと思ってるんだ」
なるほど、エリートの区画というわけか。
思わず口に出しそうになったのを抑えると、ツォンは「そうですか」と適当な返答をした。
家は別段どうでも良い。けれど、そこに住み続けることで自分の中の何かが変わってしまうのは嫌だった。
地図を見ながら、あるポイントを目で辿る。
そこは―――2年ほど前まで、ルーファウスと共に暮らしていた土地。
ああ、あの場所から、更に遠くなってしまうのだ。
そう思うと少し悲しい気がする。
まさかもう会うことはないだろうが、それでも、少しでも近かったら安心するような気がしていた。
しかしこれでは、更に遠くなってしまう。
距離も、心も。
「じゃあ、それで決定!今日はこの後、機械の搬入なんだ。まあ俺たちの出る幕は無いし、システム稼動テストは明日からだって。ってわけで、宜しくな」
「はい、分かりました」
その話が終わった後、ツォンはその家とやらを見に行こうと思っていた。どうも強制入居という雰囲気だし、どうせ住むことになるのなら心構えくらいしておかねばと思う。
タイル張りの廊下に出て、ふっと窓の外を見る。
地上10階。神羅に比べたらまだまだの高さだ。
けれどこれがいつか、もっともっと高くなるのかもしれない。その時に、こんなふうに外を見下ろすのはやめよう。
そんなことを考えながら、ツォンは地上を見つめた。
外には、機械搬入を任された者が、数人駆けずり回っていた。