STRAY PIECE(33)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

33:それぞれの葛藤

 

 

 

明かりもつけず暗いままの部屋で、マリアは床にじっと座り込んでいた。

先ほどから気持ちが悪くて仕方がない。体調が悪い。そんな中でふと頭に浮かんだのは、あの薬のことだった。

あの薬に出会ったキッカケは何だったろうか―――――そう、思えばそれは、あの兄だったのに違いない。

生まれて初めてセックスをしたその後、あの兄と同じ行為を何度も繰り返したマリアは、徐々に情緒不安定になっていったものである。

その理由は歴然だった。

理由は、その背徳行為とも呼べるそれそのものにあるのではなく、その行為を背徳だと突きつけられたそこにこそあったのである。

“あ…あなた達!何やってるの!?”

最初にそれに気付いたのは、母親だった。

母親は自分の“子供たち”がそのような行為に至った経緯などには触れず、ただその行為を背徳だと突きつけた。

兄妹の関係でありながらそのような行為をするなんてと鬼の形相で怒り、兄の頬を力任せに叩く。パシン、というその音がマリアには恐怖に感じられた。

きっと自分も叩かれる。

きっと自分は嫌われる。

恐怖感。

その恐怖が―――――また蘇る。

「怖い…」

きっと自分は彼に叩かれる。

きっと自分は彼に嫌われる。

恐怖感。絶え間ない。

あの薬を飲んだら少しくらい気持ちが落ち着くかもしれないと思ったが、それでもマリアは必死にその気持ちを押さえ込んだ。

あの薬を飲んしまったら、また逆戻りになる。ただでさえ駄目な自分を更に追い込んでしまう。

それに、あの薬を飲むことはツォンにも止められているのだ。今また此処で飲んでしまったら、きっと…軽蔑される。

恐怖感。

あの時―――――あの兄は何と言ったろうか。

確か、そう。母親に向かって言っていた。

“血なんて繋がってねえじゃん。問題なくね?”

その兄の言い分は正しかったのだろう、何しろ本当に血など繋がっていない。法律上の家族でもないし、単なる家族ごっこの家族構成員というだけの話である。

しかしその言葉を聞いた時、少なからず身近だと思っていたその兄も、所詮は自分の味方などではないのだと理解した。血なんて繋がっていないから、最後の最後にはどうなっても構わないのだ。

だから、そう。

あの薬を薦めてきたときも、それは同じだったのだろう。

“これ、知ってる?すげー良い薬。ハイになれるぜ?”

兄が手にしていたその薬は、医者が処方しそうな本物の薬だった。

闇に流通している怪しい薬などではなく、いかにもちゃんとしたものだというのが分かる薬。だけれど、だからこそ警戒が必要だったのである。

この薬なら、いざバレても問題になんてならないからな。

そう言った兄を、今は恨めしく思う。

いや、というよりもあの時点で既に恨めしく思っていたのに違いない、血など繋がっていないのだから問題はないと宣言したあの時から。

だけれど、それにもかかわらずその薬に手を伸ばしてしまったのは―――――。

「た…すけ…て」

マリアは、己の身を抱きしめるようにして床に倒れこんだ。

情緒不安定なせいか、意味もなく涙が溢れてくる。

いや、もしかしたら意味はあるのかもしれないが、それでもその意味に言葉は代入できない。少なくとも今は。

孤独。

虚無。

恐怖。

消えてなくなってしまいたい、今すぐに。

 

 

 

レノと話をしたその日の夜。

ツォンは遅くまで神羅に残り、あることを調べていた。

それはレノが欲しがった情報で、ルーファウスの身に危険を振りまくかもしれない存在のことである。

日中レノと話したことによれば、レノはルーファウスからある任務を受けているということだった。それはプレジデント神羅主催のパーティで、ツォンの記憶からすれば毎年恒例で行われているパーティである。

そのパーティにはルーファウスも出席する手はずになっており、それは期日としてもうすぐのことだった。

確かそのパーティは親睦会という名目、プレジデント神羅が懇意にしている人間が大勢参加するはずである。

そのパーティが毎年恒例であることはツォンも任務を頼まれたことがある為に知っているのだが、その時は会場内への立ち入りが禁止されていたため、どういう状況でパーティが行われていたかが分からない。

その時の任務でも、ツォンは番犬のようにプレジデント神羅邸の門前で厳しく立っていただけである。

ボディガードを必要としないそのようなパーティに、何故今回ばかりレノが護衛として任務に就くのか。それは、ルーファウスの意思だからというだけの問題ではないだろう。

レノは詳しいことを語らなかったが、タークスの情報網に入りたがったことからして、ルーファウスの身に危機が迫っていると考えられる。任務を依頼をした時点で、ルーファウス自身それを知っていると見て間違いはない。

「一体どこでそんな情報を…」

マリアからその情報を知ったツォンとしては、それは大きな謎だった。

まさかマリアに接触して聞いたわけでもあるまいに、ルーファウス自身までそれを知っているとは。こうなれば、問題は結構に大きいのかもしれない。

―――――とはいえ。

タークスの情報網は確かに素晴らしく多くの人間の前科が分かるようになっているが、だからこそ相手を特定することは難しい。

ツォンは幾人かの人間をピックアップしては凝視したが、その者が今回の問題にかかわりがあるという決定打は見いだせなかった。

ルーファウスを相手に問題を起こすとなれば神羅全体に恨みを抱えている可能性が高いが、しかしそればかりとも限らない。

仮に怨恨の線で人間を絞ったとしても、それらの人間の全ては神羅に恨みを持っているのであり、しかもそれはそれぞれ違う組織で、一体どの組織が今回の件に関わっているのか特定できない。

「パーティ…か」

ツォンはパソコンを弄る指を止め、ふとそう漏らした。

パーティ、親睦会、プレジデント神羅が懇意にしている人間を呼ぶ…―――――。

「…何故…相手はパーティの事を知ったんだ?」

まさか神羅内の人間から情報が漏れているということか?

いや、しかしそれは考えにくい。

何故ならそのパーティの存在を知っているのは、プレジデント神羅とルーファウス、そして自分とレノ、後は恐らく上層部の一部の人間だけだろう。

そのパーティは神羅幹部全てが招待されるわけではない、主に外部の人間である。となると、その情報を聞き出す手段として神羅関係者は薄いといえるだろう。

であれば、残るは外部の人間ということになる。招待される人間そのものか、若しくはそこから話を聞いた誰か、ということになるのではないか。

もし招待客であれば、招待状があるのだから正々堂々と会場に入ることができる。

がしかし、もし招待されたその人でないとすれば、会場に入ることすら困難だろう。何しろ門前の警備はしっかりされているのだから。それはタークスとは限らないし、一般の警備兵である可能性もある。

―――――…一体どうやって入り込むつもりなんだ?

「しかし待て、確か相手はマリアの知人だったはずだ。となれば…」

どちらかといえば、招待客そのものではない可能性の方が高いのではないだろうか。そうツォンは思う。

マリアの友好関係などまるで知らないが、マリアにそのような話を切り出す人間ということを考えれば、それなりに親しい人間である可能性が高い。

勿論、客の中にVIPがいて、そのVIPが酒の勢いに任せて口を滑らせたという可能性も無くは無い。

がしかし、神羅を相手取って事を起こそうとするならば、本当のVIPである場合そんな迂闊な行動はしないだろうと思われる。そもそもVIPであれば行動そのものは誰かを雇って起こすはずだ。

「もしかすると…マスターの言っていた男というのは…」

そうだ、そういえばマスターは言っていた。

マリアにはツォンの他にも親しい男がいるのだと。

ふとそれを思い出したツォンは、もしかするとその男こそマリアにその事実を告げた人間…つまり“敵”なのではないかと考えた。

マリアにとって良くない気がすると、そうマスターが言っていた男。

―――――彼女の友好関係さえ分かれば…。

そんな考に辿り着いたツォンは、思わず神羅のネットワーク内にあるだろう彼女の情報を取り出そうかと思った。

神羅の管理している情報は、生活の中で魔晄を使用している人間全てに及んでいる。

どれだけの消費をしてどれだけを必要としているか、そういう事が一瞬で分かるようになっており、なかには完全な個人情報を登録されている市民もいるほどだ。

この恐るべき管理体制を逆手に取れば、何か一つくらいは分かるかもしれない。

でも。

「…これでは犯罪と同じだ」

浮かび上がったその案を否定したツォンは、はあ、と一つため息をつくとそっと目を閉じた。

例えば犯罪者やそれに準じる人間の情報を取り出すならばまだ良い。けれど懇意にしている人間の情報を引き出すのは気が引ける行為である。

懇意にしているなら直に話して聴くのが人間の道理だろう。それを忘れてしまったら口から発せられる言葉などまるで無価値になってしまう。

―――――仕方ない、直に聴くしかない。

あまり気は進まないが、それでも情報を得るためには仕方が無い。

レノが欲していたように、やはり事前に得られるものならば情報は大切である。

ただ問題なのは、聞いたところで確実にその情報が得られるとは限らないことだ。

何しろ既に一度詰問しているのだし、その時点で詳細な情報が得られなかったということはマリアも口にしたくはないということなのだろうから。

「―――――ルーファウス様…にも、か」

ツォンは閉じていた目を開いてノートパソコンの電源を落とすと、ずっと脇に控えていた煙草に手を伸ばした。その中から一本を取り出すと、そっと火をともす。

とうとう、会わなければならない。

いずれ会いにいこうとは思っていたが、ツォンが思っていたよりも早まってしまったらしい。しかしこれも何かの縁なのかもしれない、スイッチを入れろという合図なのかもしれない。

ルーファウスに会わねば。

そして、レノが命じられた任務を自分のものにしなければ。

例えそれで完璧に関係が途切れてしまうとしても、それだけはしなければ―――――愛する人を守ることだけは、この気持ちだけは、譲れないから。

 

 

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