STRAY PIECE(59)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

59:不審な音

  

 

 

ほんの一瞬だった。

ツォンの姿を見たような気がしたのはほんの一瞬のことで、それはすぐさま姿を消してしまったものである。

しかしそれでもレノがその曖昧な視覚情報を元にツォンの元に向かったのは、ツォンが会場から出ていったような気がしたからである。

どう考えてもこのVIP達の群れの中の方が怪しい。

それなのに、それを差し置いてまで会場を後にするというのはどういうことなのだろうか。

やはり何かを掴んでいるのか。

ツォンだと思ったそれすら曖昧であったが、もしそれがツォンだった場合はその行動自体に意味があるような気がして、レノは会場を後にする。

会場の重い扉を開きその向こう側に出ると、そこは一転して静けさを保っており、とても閑静だった。

「おかしいな…確かこっち側に…」

レノの視界には広い廊下が続いている。

扉の向かい側には玄関口があり、そこにはゲストリストを管理している男が立っていた。パーティに参加する際に身分確認をしていた例の男である。

しかしその界隈にはその男がいるだけでツォンの姿は一切見えず、まるで気配も無い。それはツォンに限ったことではなく、人の気配というそれ自体がないのだ。

「…畜生、見失ったか」

レノは舌打ちすると、迷った挙句に広い廊下を進んでいく。

廊下を進むと二階への階段があり、その上は既に神羅邸のプライベートスペースである。一階にもプライベートスペースは存在しており、実際この辺りは来賓が立ち入って良い場所ではない。

此処にルーファウスが共にいるならばともかく今はレノ一人だし、こんなふうに色々と嗅ぎまわっていたらそれこそ不法侵入者と見られてしまう。

―――――こっち側に来たような気がしたのに…。

「おい、ツォンさんー!」

声量を抑えながらそう叫んだレノは、そうしながらも前後左右を見回す。しかし辺りはしんとするばかりで、レノの声だけが空しく響いている。

「くそ…」

あまり奥までは行けない。

それに、そんなに長い間ルーファウスをあの場に置き去りにするわけにはいかない。

―――――仕方ない、一旦戻るか。

目前が行き止まりというところまで来て、レノはようやくクルリと踵を返した。このままツォンを探し続けるわけにはいかないし、そろそろルーファウスのところに戻らなければ。

舌打ちしながらレノはそう考え、会場までを戻ろうとする。

と、その時。

「―――!!」

レノは耳中に反響した音にはっと顔を上げた。

 

 

ガシャン―――――――――!!!

 

 

何かが割れる大きな音が響き渡り、ツォンはハッとして目を見開いた。

一体何だ、今の音は…!?

「まさか…!」

焦りの為に額にひやりと汗が浮かぶ。

まさかとは思うが、とうとう悪党が動き出したのか。

こんなふうに会場を離れている隙に事が起こるなんて実にタイミングが悪い。レノがついているとはいえ、やはりルーファウスが心配である。

神羅邸二階を回っていたツォンは、音が聞こえてきた方向へとさっと走り抜けた。

全館警備の名目を受けていたツォンにとっては二階の巡回も許される範囲であり、これはもしかすると思ったよりも良い名目だったかもしれないなどと考えていた時分にこの有様である。全くどうしようもない。

「やはり会場か…いや、でも今の音は…!」

一階に下る階段をさっと駆け抜けたツォンは、広い廊下の向こう側に見える玄関口までを急ぐ。見れば、ゲストリストを管理していたはずの男の姿が無い。

「どこに行ったんだ、彼は…!」

大きな歩幅で玄関口まで辿り着くと、ツォンは360度ぐるりと辺りを見回す。

先ほどまで確かに玄関口に立っていたはずの男は、大切なゲストリストをそのままに姿を晦ましており、今やそこは誰でも通り抜けが可能な状態になっている。

まさか―――――あの男もグルだったのか…!?

ツォンはゲストリストを鷲掴むと、まだ来場していない来賓を素早くチェックした。先ほど男が口にしていた人数とは変動が無く、どうやら嘘は言っていないらしい。

ゲストリストから目を離したツォンは、玄関のドアーを見遣ると間髪いれずにそのドアを開く。それと同時に胸部に手を差し入れ銃をぐっと握った。

あの音は―――――会場からのものではない…!

何となくそれを理解していたツォンは、開いたドアの向こう側へと走りこむ。ドアの陰にさっと身を隠し辺りを目で追うが、視界に入るのはただただ広い庭だけで何か問題が起こったようには見えない。

「一体何が…」

思わずツォンがそう呟いた時、莫大な大きさを誇る神羅邸の端から何者かの姿が見え、ツォンは素早くその人影に銃を向けた。

が、しかし。

「お待ちください!私は不審者ではありませんっ」

「!?…お前は…」

降伏のサインかのように両手を挙げ、走りながら近づいてきた男には見覚えがある。そう、それはあのゲストリストを管理していた男だ。

男は先ほどのきっぱりした態度を一変し、至極焦り困ったような表情を浮かべてツォンの元へと走りこんでくる。

幾分か息が切れているところを見ると、どうやらその男も不審な音の為に周辺調査をしていたらしい。一瞬グルだったのかと思ったが、それは早合点だったようである。

ツォンは銃を元のように仕舞い込むと、

「今の音は何だ?会場からではなかったように思うが」

そう男に問うた。

問われた男はこくこくと頷くと、輸送された物品が落下したらしいとの事をツォンに告げる。

このパーティには産地直送の果実やら有名パティシエの料理やらが運び込まれていたものだが、それはヘリで空輸されており、着地地点である神羅邸の裏庭からは人の手で運び込まれているのだ。

その際、皿に盛り付けられた状態で料理が落下してしまい、それが大量だったことから大きな音が発生したのである。

「今片付けているところです。プレジデント神羅には既に言付けておりますので問題はございません。とりあえず追加注文をしなければ…」

「ちょっと待て。社長への言付けは誰が?それから料理は誰が運んでいる?」

ツォンがそれを聞くと、男は少々不審そうな顔を向けた。

「プレジデント神羅への言付けは私が無線で直接致しましたが。片付けは神羅邸のメイドが行っております。料理の運び込みも彼女らが行っておりますが、それがどうかしましたか?」

「いや…何でもない」

―――――不審な点は無いが…果たしてそれだけだろうか?

ツォンは男に軽く頭を下げると、もう一度庭を見回し、そして足早に会場へと向かった。

 

  

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