61:焦燥と遭遇と
会場は俄かざわめいていた。
先ほど響いた破壊音が問題だったのだろう、VIP達は顔をしかめながら口々に何かを囁きあっている。
そんな不穏な雰囲気を払拭すべくプレジデント神羅が問題無いことを告げると、VIP達は途端に胸を撫で下ろし、元のように談笑した。
心配は無用、先ほどの不穏な音は不肖なメイドが空輸品の扱いを誤ったのだ。
プレジデント神羅の説明はそれで、だから全く問題はなく、引き続き楽しんで欲しいとの旨を会場に告げる。
そこまで説明されればなるほどと思わざるを得ないだろうが、しかしレノにとっては只事ではなかった。
仮に先ほどの音が直接関係ないとしても、その音が何かの契機になることは可能性として否めないからである。
しかもその瞬間、ルーファウスの傍に自分はいなかった。これほどの無念は無いだろう。
そして、それに続く無念が今レノを襲っている。
「マジかよ…っ!」
―――――何で居ないんだよ…!
あの音が響いて真っ先にルーファウスの身を案じたレノは、どよめく会場に戻り例の場所へと足を走らせた。
がしかし、数分前ルーファウスと別れたその場所には既に誰の姿もなく、ルーファウスがどこに居るのか分らない状態だったのである。
一緒にいたはずの純血種の姿もないとなれば、恐らく一緒にどこかへと移動したのだろう。
しかしこのVIPの群れの中では、探し出すのが非常に困難である。
これが理路整然と整列された状態ならまだマトモだったろうが、残念なことにパーティは立食形式で行われている。身長の高い紳士などが群れていると人垣はその分だけ高くなり、視界はまるでクリアにならない。
「…畜生、あの馬鹿!」
きっと、あの純血種がルーファウスを連れ出してしまったのだ。いや、それに違いない。
だってルーファウスは今日がどれほど問題のある日かを理解しているのだし、レノにそれを告白して警備を依頼してきたくらいなのだから、彼自ら動くことはありえないのだ。
そうとなれば何も知らない純血種が無理矢理ルーファウスを連れ出したとしか考えられない。
さしてVIP連中に興味が無さそうなルーファウスと違い、あの純血種は挨拶回りに余念が無いタイプである。
きっと純血種は、ルーファウスを連れて誰かに挨拶をしようと場所を移動したのだろう。わざわざルーファウスに自らのパティシエとドクターを紹介したのと同じように。
「どこだ…!?」
優雅に談笑するVIP達の合間を縫って、レノは奔走する。
時折、グラスワインを運ぶボーイに体当たりしそうになり、慌てて体を逸らしては体勢を崩す。そのおかげでどこかのVIPに当たってしまい、その都度すみませんと頭を下げた。
―――――俺があの時あそこを離れなきゃ…!
「くそ…くそっ!」
心を巡るのは酷い後悔ばかりである。
どうしてツォンなどを追ってしまったのだろう。あの時ツォンの姿さえ追わなければこんなことにはならなかった。
こうしている内にもルーファウスの身が危険に晒されていると思うと、例え純血種と一緒に行動しているだろうとはいえ気が気じゃない。
肝心な時には居ないような、そんな人間にはなりたくなかったのに。
そう、ツォンのように―――――そんなふうには、絶対しないと思っていたのに。
「くっ…うわっ!」
ドン!
その時、ふいに体に響いた衝撃に、レノは思い切り体制を崩した。
もうすぐで床に倒れるかというくらいのところで何とかバランスを保つと、体が当たったと思われる人物をガッと見遣る。またVIPに頭を下げねばならない、そう思いながら。
がしかし、そんなレノの焦りは急速に沈下していった。
何故なら、目前にいた人物、つまり体当たりした相手は―――――ツォンだったから。
「レノ…?」
視界に入ったツォンは、酷く驚いたように目を見開いていた。
そんなツォンの様子を見てそれがどういう意味かを悟ったレノは、急激にバツが悪いというような表情を向ける。
察しはつく、当たり前だ。
何しろレノはルーファウスの護衛をすることになっているのだから、レノの隣にルーファウスの姿が無いということはツォンからすればあり得ない事態なのだ。
「お前…ルーファウス様は…」
がやがやと笑い声と話し声が響く会場内で、ツォンは呆然としてそう口にする。
それに対し、レノは唇をかみ締めながら、ごめん、と一言謝った。それは既にツォンへの対抗心などとは関係ない、素直な後悔の念を表している。
「ちょっと席を外した隙に…消えたんだ。多分、VIPの知り合いと一緒だと思う」
「お前、それは…」
レノの告白を受けて呆然としたツォンは、徐々にその表情をきついものに変えると、最後にはレノの腕をガツリと掴んだ。
そしてその腕を引きずって会場の隅まで連れ出すと、VIPの群れから外れたところで声を潜めレノを制する。
その声には、普段では見られないほどの怒りが込められていた。