62:情報共有
「何てことをしたんだ!分かってるのか、お前は“身辺”警護なんだぞ!今回の件は確かに個人的な依頼だったかもしれないが、内容としては任務のそれに匹敵しているんだ。そのくらい分かるだろう!?」
「言われなくても分かってるよ、そんなの!俺だってマジなんだよ!遊びでやってるわけじゃない!」
「じゃあ何故!?」
レノの腕を掴みながらそう問い詰めたツォンは、暫し回答を待っていたものだが、なかなかレノの口が動かないことを確認して掴んでいた腕を放す。
レノが理由を口にしなかったのはツォンへの対抗心故だったが、実際ツォンにとってはそんな理由などどうでも良かった。
興奮からそう問い詰めてしまったものの、レノの性格や状況を踏まえるとそれを聞いても仕方がないのである。問題は、ルーファウスの身の上なのだから。
ツォンはため息を吐きつつレノを見遣ると、
「…状況が状況だ、お前には話しておく」
そう口にした。
それは、レノがツォンの行動から読み取ろうとしていた情報そのものであり、ツォンにとっては今日の護衛を確実にこなすためには絶対的に必要なものである。
「手短に話すから良く聞け。マリアの義兄という人物が、神羅に対して悪事を働こうとしているらしい。ターゲットは副社長だ」
「マリア…って。何でそこでツォンさんの女が出てくるんだよ」
「私も想定外だった。…が、マリアからの情報ではそういう事らしい。昔から悪事を働いている組織らしくてな、恐らく今回のターゲットが神羅になったということだろう。実際の手口がどんなものかは分からない、データベースからは洗えなかった」
ツォンは口早にそれを説明すると、お前も何かの情報を掴んでいるんだろう、とレノに告げた。
ツォンにとってみれば、その組織が悪事を働こうとしている事実は分かっていても、今日それが実行されるという確証はない。それでも今日のパーティを睨んだのは、レノの言動があったからである。
レノはツォンの言葉を受けると、はっと吐き捨てるように後悔交じりの笑いを飛ばし、床に視線を落とした。
そして、こんな展開になった原因でもある自分の行動を呪う。
「俺は副社長直々の情報だから。脅迫されたんだ、副社長。その時、今日のパーティの話を出されたって」
「ルーファウス様は相手と直接会っているということか…」
今まで絶対に交差しなかった情報が、こんな土壇場になってようやく一つに重なり合うのはどうにも不思議なことだった。また、皮肉なことでもあった。
お互い協力などという二文字は頭に無く、むしろ一人で解決することを願っていたのだからそれは当然だろう。
しかしこのギリギリの状態が、情報の共有を二人にさせる。勿論それは、不完全なものではあったけれど。
「参考までに聞いておく。お前の情報の上での人物像は?」
「“若い金髪のイイ男”」
ルーファウスから聞き知った情報としてそれを端的に答えると、レノはツォンに向かって、そっちは?、と問うた。
「“金髪の悪童”―――――ビンゴか」
「どうやらな。でも、不法侵入のネズミがソイツとは限らないし」
「道理だな」
それは私も考えた、とツォンは言う。
組織の中の誰がこの場に来るかなど、特定はできない。
ツォンの予想によれば組織内でそれなりの地位を築いている者だということになるが、果たしてその人物像とそれとが同等なのかは分からない。
しかし、現状、情報の上での人物像は合致している。
「一応その線でも見てみる方が良いか。しかし今回のパーティにそんな人物は―――…」
ツォンはパーティ会場をグルリと見遣りながらそう口にした…が。
「…!?」
ふっと目に留まった光景に、ツォンは言葉の続きを失った。
これほど多くの人間たちの中で、しかも談笑などをして楽しく過ごしている人々の中で、唯一奇異なものを見たような―――――そんな感覚。
あれは何だ?
あれは…。
突如としてツォンの脳を支配したその光景は、ツォンの足を自然とそちらに向かわせる。
が、隣にいたレノにはそんなツォンの行動はそれこそ奇異なものでしかなかった。何しろ何も説明が無いままさっとどこかへと小走りに向かってしまったのだから。
「ちょ…!なあ、おい!」
レノは焦った調子でそう声を上げると、去っていったツォンの後を追おうと一歩を踏み出した。
しかし、その次の一歩は強い圧力によって踏み出せなくなってしまったものである。
何故なら、何者かが腕を強く掴んでいたから。
「なっ、誰…――――!」
「レノ…っ」
背後を振り返って、レノははっとした。
だってそれは―――――ルーファウスだったのだから。
あまりにも突然のことで、声が出ない。
先ほどまで散々後悔しながら探し回ったその人が、こんなタイミングで現れるなんて奇跡じゃないかと思ってしまう。
今しがたまでこの場にはツォンがいたのに、それが去った瞬間にルーファウスが現れるなど、これはどういう因果なのだろうか。
「レノ、すまない。さっき話してた彼に捕まってたんだ。一人であの場に残るわけにはいないと思って…」
「あ…ああ、そうだよな。いや、良いんだ。俺も悪かったし」
呆然とする中で取り敢えずそれだけを口にしたレノは、ツォンの背中が消え去ってしまった方向を見遣って唇をかみ締めた。
これで状況は元に戻ったということか、そう思う。
ルーファウスの身辺警護として隣にレノがおり、ツォンはこの会場のどこかに潜んでいる、そういう状況。
レノがあの場を離れる前と何一つ変わらない状況が今である。
しかし何故だろうか、どうにも先ほどとは心持が違う。ツォンと話してしまったせいかもしれない。
―――――落ち着かなきゃな、取り敢えず。
レノはそう思って、ツォンと会ったことは話さないままにルーファウスの身辺警護を続行することにした。
それは少しばかり心苦しい部分があるものの、タイミングが自分に味方したとでもいうようなこの状況下では仕方がない。
ツォンは今でもルーファウスが行方知れずだと思っているのだろうが、それを伝えることも今や出来なくなってしまった。
「それで、さっきの男はどっか行ったのか?」
「いや、さっきまで一緒だったんだ。でもお前の姿が見えて…気づいたら離れていた」
もしかしたら探しているかもしれない、そう続けてルーファウスはVIPの群れに目を泳がせる。とはいえ、彼と合流したいわけでは勿論無い。
レノはそんなルーファウスにすっと手を伸ばすと、その手をギュッと握り締めて、
「場所を移動しよう。何だか…嫌な予感がする」
そう言った。
ツォンが消えていった方向を未だに見詰めながら。