紅茶の味【ツォンルー】

ツォンルー

インフォメーション

■SWEET●SHORT

紅茶にまつわる、ほわっとした物語。


紅茶の味:ツォン×ルーファウス

 

「紅茶をお淹れしますね」

 

そう言って、男は静かに紅茶を淹れた。

素晴らしい香りが漂い、それが上品なものであることが窺われる。

なんとか言ったが、名前は忘れてしまった。元より覚えるつもりもなかったのだから当然かもしれない。しかしともかくその紅茶は、ずっとずっと昔から貴族階級の人間に親しまれてきたものであるらしい。

 

「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 

その男がすっと紅茶を差し出したから、それを口に運んだ。

凝った装飾のカップは、やはりどこか有名なものなのだとか。

柔らかい口当たりと、やんわりとした苦みを残して、咽喉を通過していく紅茶。

 

「美味いな。上等な紅茶だ」

 

神妙な顔つきをして、一つ頷いて、そう言ってやった。

だけど本当は、美味しいだなんて微塵も思っていなかった。

 

 

 

飲み物の味がよく分からないんだ。

上級クラスの食事ばかりしているルーファウスがそんなことを言ったものだから、ツォンは少し驚いたものである。

味が分からない。

というのはつまり、俗に言うグルメではないだとかそういうことなのか。それとももっと根本的に、やはりこれもまた俗に言う味音痴ということなのか。

 

「何というか、何を飲んでも同じなんだ。結果的に液体状のものを流し込んでいるというだけに過ぎないだろう?」

 

最高級な紅茶も、量産されている紅茶も、ルーファウスにとっては同じ液体でしかなく、それはあくまで咽喉が渇いたから、水分が足らなくなったから摂取するものである。それ以上でも、それ以下でもない。

それだから、必要以上に、この紅茶は素晴らしい紅茶だからといって飲んでみても、だから何だ、ということになってしまう。ちっとも面白くない。

 

「それはルーファウス様…恐らくもっと根本的な問題でしょうね」

「根本的な問題って?」

「何と言いますか…付加価値が無い、ということです」

「付加価値」

 

その言葉を繰り返したルーファウスに、ツォンが頷く。

休日の、昼下がり。

一般の社員にとって休日であるその日は、神羅社屋も少し静かである。元よりセキュリティの強さから外部の音などは遮断されているのだが、人がそこにいるのといないのとではエネルギーの流れが違う。

 

すっかり静まったそこで、二人きり。

じっくりと話すにはうってつけのシチュエーションである。しかしそれが甘ったるい会話にならないのは、やはり休日の午後という時間のせいなのだろうか。

 

たまたま出勤していたルーファウスの元に、たまたま出勤していたツォンがやってきて、少し休憩でも、と紅茶を淹れた。これはいつも秘書辺りがルーファウスに淹れる紅茶で、高級品であることはパッケージからしても歴然である。それを見てツォンが、ごくごく普通にさすが舌が肥えていらっしゃる、素晴らしいものをお選びですね、などと言ったところからこんな会話になったのだ。

 

「では…ルーファウス様、私の話を少し聞いてくださいますか。まあ、この話は単なる世間話ですし、聞き流して下さっても結構ですから」

「?」

「今お飲みになっていらっしゃる紅茶は最高級品です。しかし世の中にはいろいろな紅茶がありますし、中には粗悪品も存在します。私はそれほど紅茶党というわけではありませんが、一つだけ飲み続けている銘柄があるのですよ。しかしそれは本当に三流品で、正直言って味などは酷いものです」

「ふうん。何でそんな銘柄を飲み続けてるんだ?」

「それはですね、それが私にとって大切な味になっているからです。確かに美味しいわけではありませんが、その味は、私の人生の中の一部の味なんです」

 

どんな高級品でも、確かにギルを払えば手に入る。

今のツォンにとってはそれを払うことは問題のないことだったが、それでも三流品を選んで購入している。

かつてその三流品しか手にいれることができなかった自分がいて、その自分の延長上に今の自分が在る。

それが、ツォンにその銘柄を選ばせるのだ。

 

「まあ、本当に大したことのない紅茶ですよ。メーカーには申し訳ないですけどね」

 

ツォンはそう言うと、最高級の紅茶の入ったカップを置いて笑った。

 

 

 

三流紅茶の話を聞いて以来、ルーファウスは何だかその紅茶を飲んでみたいと思うようになっていた。秘書あたりは相変わらず最高級の紅茶を淹れてくれるが、やはりそれはさっぱりと何も思わない。

試しにツォン御用達の紅茶のことを聞いてみたが、あれはルーファウス様の飲むものではございません、などと言って即シャットアウトされてしまった。

 

あんまりに気になって仕方がないものだから、ルーファウスは自らその紅茶を買いに行くことにしたものである。しかしいつも利用している会員制のマーケットでは、どうやらその銘柄自体を取り扱っていないらしい。

仕方がないので見たこともないスラムのマーケットに立ち寄ってみたところ、ツォンの言っていたその紅茶は、いくつか段になった棚の一つに窮屈そうに並んでいた。小さなビニールタイプの袋に、5センチ四方のものが20個、ぎゅうぎゅう詰まっている。

 

ルーファウスはそれを購入して家に帰ると、さっそく5センチ四方のものを取りだした。自分でわざわざ紅茶を淹れたことはないが、紅茶の淹れ方はいつも間近で見ている。だから分かっているつもりだったが、なにぶんこの5センチ四方のものは初めて見たもので、淹れ方が良く分からない。

 

「どうなっているんだ?」

 

首を捻って悪戦苦闘していると、どうやらお湯を注ぐだけで出来てしまうらしいことが分かった。あまりに分からなかったものだから、もうすぐでパックを分解して中から茶葉を取りだすところだったものである。

お湯を注ぐと、じんわりと色が広がっていく。

ルーファウスはカップの中の紅茶を見詰めると、頃合いを見て、それをそうっと口に運んだ。ごくり、と咽喉を通過する。

 

「…まずっ!!!」

 

その初めての味に、ルーファウスは思わずそう叫んだ。

何なのだ、この紅茶は?

これは果たして紅茶なのか?

そう思って商品のパッケージをまじまじ見詰めたが、何度確認してもそこには「紅茶」と書かれている。原産地は随分と辺境の地だが、それでもやっぱり紅茶には変わりない。

 

「こんなのを飲んでるのか、ツォンのヤツ」

 

ルーファウスは一人きりの自宅で思わず首を傾げて唸ってしまった。

しかしツォンは、その紅茶がどんなに三流品であろうとも、それが自分の人生の一部の味なのだと言っていたのである。

 

「不味いな。最悪の紅茶だ」

 

珍妙な顔つきをして、首を傾げて、そう言ってやった。

 

「…でも、悪くないか」

 

そう続けて、ルーファウスはちょっと笑う。

今その三流品は、高級品と違って、ただの液体なんかじゃなかった。

 

END

タイトルとURLをコピーしました