05:MOVE SOFTLY 優しい指先
ゆっくりとソファに腰を下ろす。
そうする中でツォンの思考を支配していたものは、いま目前で小さくさえ見えるルーファウスには、多分想像できない事柄だった。
いつもと同じ行為の始まりだったが、状況が違うというだけで妙な不安をルーファウスに与える。
先ほど、この部屋には鍵がかけられた。
この部屋はツォンの自室であり、それを訪ねる者はプライベートでなければ、そうそういないといえる。
その空間で、ルーファウスはまるで監禁されたかのような感覚に陥っていた。
とはいえ、いつも命令に従順につき従う部下の一人であるツォンのこと、特別な不安要素は思いつかない。
しかし―――。
「どうしました?」
こと優しく耳を掠めるその声に、どういう訳かルーファウスの体が萎縮する。
その様子に気付いたのか、ツォンは抑揚の無い声で「怖いですか」とだけ問う。
声を荒げて反論するルーファウスに、それはそうでしょうね、と今度は全く意の違なる言葉が吐き出された。
「貴方が選んだことですから。…いや、望んだのは私でしたっけ?まあどちらでも良い。とにかく貴方が始めたことだというのを、お忘れじゃないですよね?」
確認するようなその言葉は、まるで責めるかのようにルーファウスの耳に流れ込む。
第三者からすれば言葉通りの意味しか持たないそれは、当の本人には複雑に絡み合った感情を引き裂かれるような、鋭い刃物に匹敵していた。
「忘れてなど、いない」
ツォンの顔が見れぬままにそれだけ吐き出したルーファウスは、伸びてくる手から無意識に離れようとする自身の体を必死に抑えた。もし此処で逃げるように体を逸らそうものならば、また“確認”されるに違いない。
望んだのは誰ですか?……そんなふうに。
「では問題無いですね。忘れてもらっては、私が困りますから」
「何故お前が困る!」
無意識に荒げられた声に、ツォンはふっと笑みをこぼす。
答えなど、与える必要は無いはずだ―――それは無言の回答だった。
頬に添えていた手でゆっくりとその輪郭をなぞると、薄く開かれた唇に指を絡ませる。その仕草に整った顔が幾分か曇ったが、それがむしろツォンの意識をおとした。
あなたの望みは何ですか?
そう、セックスは愛撫を一切必要としないこと。そうでしょう?
最初はそれは不思議な感覚を生んだものだったが、現時点ではそうは思えなくなっていた。その理由は大体のところ察しが付いていたのだ―――そう、その本当の望みとやらを知ってからは。
要は、快楽に溺れてはいけない、それだけの事だった。
そういった感覚を与えるだろう行為を望んでおきながら、そうした戒めを敷くのは可笑しい事のように思われたが、それにはまた別の意味合いも含まれていたのである。
快楽に溺れれば、一瞬であれどそれは思考の断然を意味する。
だが、そうなってはならない。
あくまでそれは、痛みを伴った感覚として存在しなければならなかった。
例え体が悲鳴を上げたとしても。
痛みで―――その望みが“間違い”だと言い聞かせるように。
そんなことを、許すはずがない。
答えも無いままに唇を重ねると、ツォンは見慣れた相手の服の、几帳面に締められたボタンを一つずつ外していく。
そうする間、ルーファウスはその光景を無表情で眺めていた。
やがてやんわりと首筋に据えられた手に囚われ、上体を傾ける。視線がぶつかるのが嫌で逸らした顔は、ツォンのもう一方の手で強制的に戻された。
「嫌ですか、目を合わせることがそんなに?」
「うるさい」
「じゃあ何故、逸らすのです?」
それは後ろめたいものがあるからではないのですか、そう言ってしまいたかったが、それは敢えて口に出さない。
そういうことは、もっと苦しい状況で言った方が面白い。
「そんな事はどうでも―――んっ…」
言葉を繰り出す最中も、休むこと無く肌を探り這わされていた指は、今まで必要とされていなかったはずの場所を、ゆっくりと、そして丁寧に愛撫し始めた。
それは勿論、ルーファウスの望むところでは無い。
「何するんだっ!そんな事は必要ない!」
思わず上げてしまった声に自分自身で憤りを感じ、今なお続く感覚に耐えながらルーファウスは抗議する。が、ツォンはその言葉に笑うだけだった。
「いい加減に素直になりなさい」
もう何度も交わされた行為…手馴れているとはいえ、そこに心は無い。ルーファウスの望む早急なセックスの裏にある意図を知って、それならばいっそ溺れさせてしまえばいいと思う。
このまま、溺れてしまえば良い。
「やめろ…っ」
絡みつくように繰り返される事細かな愛撫は、首筋を伝い、胸の突起に集中していた。
未だかつて侵されたことのなかった上半身への刺激に、ルーファウスはそれでもなお、反抗し続けた。
「入れられるだけじゃつまらないでしょう?」
そんな言葉をかけながらツォンは、自分でも悪趣味な感覚だと思った。
しかし止めようとは思わない。
大体、こんな状況になってなお、何故そこまで従順でいられようか。そんなことがありえるはずが無い。
おかしかったのは、今までの方では無いか、とさえ思う。
「やめろっ!」
耐え切れずツォンの体を押しのけるように手に力を込めると、ルーファウスは自分に伸ばされた手を払いのけた。
その態度にツォンは怪訝そうな顔をし、そして放ったままだった衣服の一つに目を向ける。
「…抵抗なさるのですか」
それならコチラにも考えがありますよ、と小さく続けられた言葉。
何か嫌な予感がして、避けようとしたルーファウスの体は、すぐに圧倒的な力で押し付けられた。
「何する!」
ツォンの左手はルーファウスの両腕を、その頭の上でクロスさせた状態で押さえつけている。
右手は、衣服の端を掴んでいる。
「では…」
ズルリ、と衣服を手元に寄せたツォンは、それを片手で巧みに操った。神羅の金が動いている衣服ではあるが、それがどうだということは関係無い。ノリの利いたスーツの袖と袖とでルーファウスの腕を何重にも巻きつけると、身頃部分をソファの足に巻きつけた。
「お前…っ!」
縛られて動きの半分を制御されたルーファウスは、それでも優勢になるように声を荒げたが、それはすぐに無駄な抵抗に変わる。
抑えられた唇は、モノを言うことすら断絶させたのだ。勿論、両の足はツォンの足に挟まれた状態で動きが取れない。
「どんな気分です?…忠実なはずの部下にこんなふうにされて」
「ツォン…お前は…っ」
「傷つきましたか?そうでしょうね、よりによって貴方のことをずっと世話してきた、私が相手では…ねえ?」
ツォンは、笑っていた。
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