レノは良くルードのことをハゲと呼んでいた。
初めてそう言われた時はさすがに怒ったが、それでも何度かそう言われ続けるとすっかり慣れてしまったものである。それどころか今ではもう、それがレノとの間柄を証明するものの一つのように思えていたのだ。
だから、何となく悲しかったのである。
見ず知らずの男にそう言われることが、ではなく、本来そう呼ぶべき人がそこにいない、という事実が。
タークスの中では、当然のように隣にいた。
けれどXの中では、当然のように離れている。
「…レノはXのトップなんだってな」
ふいにルードがそれを切り出すと、ソバカスとヒゲ面が異口同音に「そうだ」と答えた。
はっきりそう言いきれるほどにレノのそれは凄いのか、そんなことを思ってルードは内心溜息をつく。何だろうか、良く分からない気持ちが胸を覆っている。
そんなルードの隣で、ヒゲ面が低く落ち着いた声でレノについてを話し始めた。
「聞いた話だと、そもそもXはレノさんの連れが作ったものらしい。いや、作ったというのもおかしいか。自然と人が集まってきたんだな。とにかくレノさんとその連れがこのXの母体だって話だ。喧嘩も半端ないが、そういう意味も含めてあの人はトップと言われてる」
「レノと、その連れが…?」
それを聞き、ルードの脳裏にいつかのレノの言葉が蘇る。
“その7.レノ様にはX内に相棒がいた”
その連れというのは、レノが相棒と口にした男のことだろう。
「その頃は、レノさんもその連れも派手な金髪だったらしい。それがやけに目立ってて、やる事も何もかも派手で。俺もその時にXに出会いたかった」
「…その連れは?今もXにいるんだろう?」
そう聞いたルードに、ヒゲとソバカスが顔を見合わせる。そうして、少し緊張した面持ちで周囲を見遣ると、一際声を潜めてこう言った。
「死んだんだよ、そいつ」
「え…?」
死んだ?
レノの相棒だった男は、死んだというのか?
「しかも…聞いた話だとレノさんが殺ったって。すげえ仲良かったって話だから、いざとなったらレノさんヤバイって話でさ。そんだけ仲良い奴でも手かけれるんだもんよ、あの人」
「まさか…そんな事が?」
「Xの中じゃ噂んなってる話だ。勿論あんまりデカイ声では言えないけどな」
いつ首を飛ばされるか分かったもんじゃないし、とソバカスがわざとらしい身震いをする。その脇で、ヒゲも顔を渋くさせていた。
レノが相棒を殺した?――――そんな事が本当にあったのだろうか。
しかし何故?
とてもじゃないが、レノがそんなことをするようには思えない。
何しろレノは、今回の任務に関しても、自身が関わった組織だからこそといって名乗りを上げたくらいなのだ。そんなレノが、どうしてよりにもよって相棒を殺したりなんかしたのだろうか。
「理由は…何だったんだろうな」
下っ端の彼らでは知らないかもしれないと思いつつ、ルードは誘導尋問のようにそう呟く。すると、ソバカスが「さあ」と首を傾げ、その後に言葉を続けた。
「詳しいことは分かんねえけど、女が絡んでたとかいう噂があんだよ。全く女関係ってのは厄介で仕方ねえよな」
「女…」
ますますレノらしくない、ルードはそう思う。
確かにXの悪行の中にはそれらしいものもあるようだったから、過去のレノが女性関係で何かの問題を起こしたとしてもおかしくはないだろう。
しかし、女性関係に絡んで相棒を殺すというのはどこか違和感を覚える。
ヒゲとソバカスは、それ以上のことは知らないようだった。
「ま、どんな事情があっても仕方ねえよな。何せ俺らはXだしな。世間から見たらバッテン、ペケ、それが俺らXだもんな」
「はは、いえてるな」
二人が笑いあうのを見て、ルードはなるほどと内心納得する。Xというのは、未知数を表すエックスではなく、ダメやバツを表すXだったのだ。
誰が呼び始めたのかは知らないが、まあ上手いことを言うものだと思う。
いつからかそう呼ばれるようになった、とレノは言っていたから、レノがつけたわけではないのだろう。いや、むしろレノやレノの連れは、組織を作ろうなどとは思ってもいなかったのだろうが。
カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。
その音を聞きながら、ルードはいつだったかのことを思い出していた。
日付など関係ない、何度となく繰り返してきたことだから特定する必要もない。ただ、タークスとして奔走しながらレノと共に乾杯する日々がふいに脳裏を掠めたのである。
今とてタークスであるのに、それどころかこれは任務だというのに、何だかまるで過去の話のようだと思う。
レノと笑い合う日々が、やけに懐かしい気がした。