STRAY PIECE(56)【ツォンルー】

*STRAY PIECE

56:パーティ開始

  

それはどうやらパーティの始まりを告げる鐘の音であるらしく、その音と同時に主賓であるプレジデント神羅が姿を現す。

その姿が見えた瞬間、会場からは当然のように大きな拍手がおこり、その場は俄か一体感に包まれた。

周囲を見回すと、先ほどより随分と人が増えている。

「お集まりの皆様、今日は我がパーティにようこそ!」

鶴の一声のようなプレジデント神羅の声に続き、拍手喝采が沸く。それを耳にし満足そうに笑んだプレジデント神羅は、一同を見渡し、そこからまた話をし始めた。

それが始まってから、ツォンは神羅邸の入口へと足を進めたものである。

プレジデント神羅の演説ばりの挨拶が始まったということは、パーティはいよいよ本格的にスタートするということを示しているわけで、おおよそ来賓は揃ったと考えて良い。

取り敢えずどの程度が入場しているのかを確認するために、ツォンは先ほど身分提示をした男の元までを急ぐ。

「来賓は全員揃っているのか?」

辿り着いたそこで、仕事を着実にこなしている男にそう問うと、まだ全員ではありません、との回答があった。

どうやら完全ではないらしい。

「残念ながら遅れるとの旨を、事前にご連絡頂いている方もいらっしゃいます。その他は…3方ほど未入場ですが」

「そうか…」

「何か問題でも?」

そう問われ、ツォンは首を横に振った。別に問題は無い、と。

まさかこの男に事情を説明するわけにはいかない。

「少し聞きたいんだが、今のところリストに書かれていない人間は誰一人いない状態か?イレギュラー…ということは無いんだろうな?」

「失礼ですが、何を仰っているのか分かりません。今のところ、というよりも、当然リスト外の方は入場できません。イレギュラーなどもっての外です」

一体何なのですか、と少々訝しげな顔を向けてくる男に、ツォンは「すまない」と謝りを入れた。もしも妙な人間がいたら問題があると思い聞いただけだ、と付け加えて。

全館警備の名目であるから、そう言っておけば取り敢えずは問題がない。

―――――イレギュラーは…なし、か。

ツォンは、いつ事を起こすか分からない未知の悪を思い、すっと目を細めた。

 

 

 

一方、ルーファウスとレノは大勢の群れを避けるように壁際に身を潜めていた。

パーティ開始前からルーファウスに取り敢えずの挨拶を入れてくる人間が多いせいか、レノはその度に神経を張り詰めなければならない状態である。

否、そうでなくとも常に身を引き締めねばならない状態ではあるのだが、人が近づくとその状態が強硬になるということだ。

部屋のドアーから運び込まれてくる産地直送の果実。

それと同時にやってくる有名シェフにオーダーしたという数々の料理。

パーティを彩るに相応しいそれらの品々は、幾つか並べられた丸テーブルの上に、順々と置かれていく。

その丸テーブルの合間を縫って歩いている燕尾服の男が、談笑し合っているVIP達に向けて上品に小さなグラスを手渡している。白ワインのようだ。

巡り巡ってやってきた燕尾服の男にシルバーのトレーを差し出されたルーファウスは、その上からグラスを一つ取り上げると小さく会釈した。

男はレノにもそれを差し出したが、さすがにレノはそれを断る。まさか、アルコールが入って護衛など出来るはずが無い。

やがて燕尾服の男が去っていくと、ルーファウスはそっとグラスを口に運んだ。

…が。

「ちょい待て。それ、本当に大丈夫か?」

ふとレノにそんなふうに言われ、ルーファウスは思わず動きを止める。

一瞬何を言われたのか理解できなかったが、どうやらグラスの中身は大丈夫なのか、という事らしい。つまり、毒物か何かが混入していないか否か、という事である。

「気分ブチ壊しで悪いけど、今日は何があるか分からないからさ。一応、な」

「ああ…そうだよな。私こそ、軽率だった」

ルーファウスは手にしたグラスを近くのテーブルに置くと、それをそのままにすっと元の位置に戻る。

どうやら今日は、何かを食べたり飲んだりというのは止めた方が良いらしい。他の人間にとってそれがパーティの一部だとしても、ルーファウスにとってはそうではない。

「――――なあ、あのさ」

「ん?」

切り出された言葉に、ルーファウスはふっとレノの方を見遣る。

「さっき、ツォンさんいたよな」

「……」

「遠かったし一瞬だったから見間違いかと思ったけど、あれってやっぱツォンさんだよな。まあ分かってたからどうってことないけど、どういう動き方するつもりなんだろうな」

ツォンは何かを掴んでいるだろう。

そう踏んでいるレノにとって、ツォンがその場にいることによる厭悪感よりも、今はその動きの方が気になるところだった。

何かを掴んでいるとすればその動きには必ずヒントがあるはずで、それはレノにとっても意味のある動きとなる。

しかしその姿は、今やもう見えない。

どこに行ったのだろうか。

そんなことを考えるレノの隣では、ルーファウスが全く違うことを考えていた。それはやはりツォンの動きについてだったが、しかしルーファウスの方はレノと違い全く反対のことを想起している。

なるべくツォンの動きは見たくない。

ルーファウスがそう思うのは、今日午前中に考えていたことに繋がっており、つまりこの時間が終われば全てが終わってしまうからという理由だった。

自分の身が危険だとかそういうものではなく、今日が終われば全てが終わるであろうに、その直前ともいえるこの時間にわざわざその姿を目で追って必要以上に胸を痛めるのが嫌だったのである。

そう…未だに膝を抱えて、そんなふうに塞いでいるから。

「にしても相当な数来てんな」

沈みそうになる、というよりも既にそれと同等の状態ではあったのだが、そういった心情に嵌りそうになるルーファウスの隣でレノが次の話題を振ってくる。

会場をぐるりと見回すと、談笑しているVIP達の向こう側にプレジデント神羅の姿があった。

プレジデント神羅は小さなワイングラスを手にしながら数人と話し込んでおり、やはり時折笑ったりしている。さすがに主賓なせいか、彼の周りには一際大きな輪が出来ており、来賓はまるで僕か何かのようだった。

実際このパーティの場を借りて商談を取りまとめる心積もりもあるのだろうから、それは正に僕そのものなのかもしれない。

プレジデント神羅が有益な取引先を得たいのと同時に、周囲も当然、神羅カンパニーという巨大な取引先を得たいのだから当然だろう。

ただし、企業規模からすれば確実に神羅が他企業を囲う形になる。だからこそ僕なのだ。

「副社長の知り合いは?」

「ああ、そこそこは顔見知りだ。とはいっても私個人と懇意というわけでは…」

そういうわけではないのだが。

そう続けようとした瞬間、その言葉を裏切るかのようにルーファウスの名を呼ぶ声が耳に入り込む。

 

  

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