24:太陽の影
ガシャン。
そう音がして、籠は閉まる。
そしてその籠は、不要になった心の掃き溜めへと追いやられ、いつしか息を失う。
鳥籠は、もうどこにも無い。
この戦いが終わったら―――――そう言って誰かは未来の話をしていた。
それをふっと思い出したりする。
未来を絶たれるとは思ってもみなかっただろうその思考は、どんな世界を想像していたのだろうか。それはもう聞けないし、誰も分からない。クラウドでさえ分からない。
まるで夢を見ていたような気がする。
夜という世界に、夜の住人。彼はそんな存在だった。
それでもそこには本当の心が存在していて、それを認めていた。
苦しそうな告白も、
あの瞳も、
余裕の笑みも、
全て覚えているけれど――――
それはもうこの世のどこにも存在はしない。
鳥籠の外の世界は、光り輝いていたのか?
それとも、灰色の世界だったのか…
クラウドは元気を取り戻し、かつてと同じように戦いへの道のりは再開された。
結局ティファには言えない最大の秘密を、今度こそ完璧に共有することになったヴィンセントだが、それに対する迷いはなかった。
いつかは知られてしまう。そうなら、仕方無いことである。自分が引き下がるだとか、そういう問題では既に無いのだ。
ただ一つだけ迷いはあった。というよりそれは、戸惑いといった方が正しいだろうか。
そうして日々を重ねていく毎に、想いは重なり、やがて誰かの話したような未来がやってくる。その時になって、きっと目に映る人はクラウドだけになっているのだろう。
それは、この想いに対しては正しいことである。
けれど、そうして未来がやってきたときに忘れてしまう過去ができてしまうのが恐いような気がした。
誰しも過去の全てを覚えているわけではないが、それでも必死に生きたいと訴えたその人まで忘れ去ってしまうのだろうか。
もしそうだとしたら、あまりにも寂しすぎる。
とはいえ、その存在を消したのは他ならぬ自分だった。
”彼”を消したかったわけではない。しかし、やはり現実を見なくてはならなかった。だからヴィンセントは、そういう選択をしたのである。
――――――正しいことは何か?
その答えを「今」だと信じなければならない。そうでなければ、この心の戸惑いに負けてしまう。
正しいことなんかない、そう言った人もいたけれど。
そんなものは作ってやる、そう言った人がいたけれど。
「ヴィンセント」
ふと呼びかけられて、ヴィンセントは振り返った。まだ移動中である。
「一つ聞いても良いかな?」
「ああ、何だ」
言い難そうな顔をしてそう聞いてきたクラウドに、ヴィンセントは首を縦に振って快諾した。クラウドはそれでも言葉を濁しながら、あの…と切り出す。
「前さ…俺の人格が何とかって…言ってただろ。あれ、どうなってるんだ?」
チラ、と気にしたようにヴィンセントを見たクラウドは、何だか気になったから、と言訳めいた言葉を加える。
そういえばクラウドには全てを話したのだったか、そう思い返してヴィンセントは言葉を選ぶ。
その人を思い出すと何とも形容しがたい感情が渦巻くのだが、それをクラウドに伝える必要があるかどうかと問われれば、そうでもない気がした。
だって、大事なのは今なのだから。
考えた末に口を開いたヴィンセントは、結局こんな言葉を発した。
「姿を消したようだ」
―――――お前の心から…。
心の中ではそんな言葉が続いていた。
「そうか…」
それを聞き、クラウドは少し沈んだような声でつぶやく。
けれど、それが悲しいというわけでは勿論なかった。ただクラウドは、それが自分にどう関わるのかが気になっていただけなのである。
それを悟り、ヴィンセントはクラウドの肩をポンと叩くと、
「気にしなくていい。もう何も悩むようなことはない」
そう言って笑う。
「そう…だよな」
完全にすっきり笑うことはできなかったものの、クラウドは納得して頷いた。
もう悩むことはない、というのは今のクラウドにとっては非常に心が軽くなる言葉だった。そう、今まで悩み続けていたクラウドにとっては。
そんな話を移動中にしていたせいか、先に歩いていた仲間は段々と姿が小さくなっていた。それに気付き、クラウドははっとしてヴィンセントに声をかける。
「やばい、このままじゃ追いつけなくなるな」
急ごう、そう言ってクラウドは小走りになった。けれど、ヴィンセントは今まで通りの歩調でそれを後ろから見つめる。
そういえば―――――こんなことが前にもあったような気がする。
しかしそれを完全に思い出す間もなく、クラウドが振り返ってこう言う。
「ヴィンセント、早く!」
「ああ」
ヴィンセントは一つ頷くと、足早に歩き始めた。
太陽は綺麗にかがやき、大地に二人の影を作り出している。それにふと目を落としたヴィンセントは、そうした瞬間に少し目を細め、立ち止まった。
クラウドの、影。
それは身長より短く、ただ地面に映し出された色でしかない。灰色の、ただの色である。
何となく、切なかった。
霞む視界をそれでも振り切ると、ヴィンセントはそっと前に向き直る。
そして、ゆっくりと一歩、歩き出す。
太陽は、輝いていた。
Frail Cage / END