クラウドはセフィロスに言われた通り、その日の出来事をザックスには告げずにいた。
だからその後ザックスに「あの日はあの後、帰ったのか」と聞かれたときも「帰ったよ」とだけ答えたものである。
ザックスはそれを特に疑うようなことはせず、ただ、「そうか、良かった」と笑ったりする。
「実はさ。心配してたんだよな、あの日」
そう言われて、クラウドはある事を思い出した。
そう言えばセフィロスも何か引っかかることを言っていたのだ。それは、あの日が何か特別な日だと思わせる言葉。
“それに、今日は―――――”
確か、そう言っていた。
「何かあった日なの?」
セフィロスが教えてくれたのは、その日が現金輸送の日であるということであり、それは毎月のものである。しかしあの日に関してはそれ以外の事がどうやらあったらしい。
クラウドがそう聞くと、ザックスは「ああ…」などと言ってポリポリと頭を掻く。
「あの日なあ…俺、用事あるって抜けただろ?行くかどうか迷ってたんだけどさ、セフィロスに押されて仕方なく、な」
「セフィロスに押されて?」
どういう意味だろうか。
「実はその日、重役会議だったわけよ。すげえだろ、この俺がそれに出席しちまったわけでさ。で、警護がアツクなってたらしくて…俺ソレ知らなかったんだわ。重役会議あるのは知ってたけど、どうせSP付いてんだろって思ってたから、棟の警護までアツクなるなんて知らなかったわけ」
「重役会議…」
そんなことがあったのか、知らなかった。
でもそれならば普通、ザックスよりもセフィロス辺りが出席しそうなところだが…これは一体どういったことなのか。その上セフィロスに押された、だなんて。
しかも、そんな事ならセフィロスだって言ってくれれば良かったのだ。それをどうして躊躇したりなんかしたのだろう。
「実は俺さ。セフィロスが出席すんの知ってたわけ。実際はその会議、セフィロスが呼ばれてたんだ」
「え?でもセフィロスは一緒に…いたよね?」
ああ、そうだな、そう言ってザックスは頷く。
「つまり―――――その会議って、俺らソルジャーの事に関する会議だったんだわ」
その会議は、治安維持部門のソルジャーに関しての会議だった。
出席するのは、社長、副社長含む幹部、そしてソルジャーの代表三人。そのソルジャーの代表の一人には勿論、セフィロスが割り当てられていた。
しかしセフィロスはその席には出たくないのだと常々漏らしており、だったら、ということでザックスは自室にセフィロスを呼び寄せたのだ。他愛無いものとはいえ「用事」を作り出して。
それはいかにも問題のある行為だったが、セフィロスにとっては有り難い誘いでしかなく、ザックスとセフィロスの間ではお互いOKの出せる状況だった。
しかしその会議とは、ソルジャーが幹部とご対面する数少ない機会である。故に、それは“評価”に繋がるのだ。
その場に呼ばれるということは勿論栄誉で、今後にも繋がるのは確実…それを知りつつも、セフィロスはその場を蹴ってザックスの部屋へと来たのである。
その代わりセフィロスは、ザックスにその席を勧めていた。
その席に出れば絶対的に評価は上がる、神羅のソルジャーとしての地位も上がる、良い話に違いない。
ザックスにとってそれは特に期待するような物ではなかったが、それと同時に、それほど拒絶する席でもなかった。堅いのは苦手だけれど、口は立つ。自信はある。
だからザックスは、セフィロスに散々な説得をされ、結果その席に出たのだった。ソルジャーの代表の一人として。それは勿論、いやらしい目測の上での行為ではなかったが。
「そんなわけで俺、あの時抜けたわけ。ボイコットしても良かったんだけど、セフィロスの目があったもんで」
「そうだったんだ。だから警護が厳しかったんだね。重役だから」
「まあそんな訳よ」
そうしてやっとその日のことが分かったクラウドは、なるほど、などと納得をしつつも、どこか悶々とした。
セフィロスは何でザックスを、その会議の席に押したりしたんだろう。
それは友としてザックスを思った結果かもしれないけど…。
「でさ、セフィロス帰った?あの後」
「えっ!」
突如そう聞かれて、クラウドはドキリとする。
「セフィロス、俺の部屋いたんかな?」
「い、いや…確か一緒に部屋出たから…帰ったと思うけど」
「ふうん…」
そうなのか、なるほどね。そんなふうに納得しているザックスの隣で、クラウドはまだドキドキが止まらないままだった。
“アイツには言うな”
―――――セフィロス自らそんなふうに言った理由…いかにも知られてはいけないといった感じだったけれど…。
クラウドはザックスが気付いたのかと思ってドキドキしたものだが、実際その心配は無用だった。
何だかんだ言ってザックスは気付いていない。それどころか…、
「やっぱな。そうだと思ったんだ」
そうとまで言った。
「は?」
「いや、だからさ。セフィロスの奴が乗ってきたのって…つまりウチに来たのって、要はあの席から抜け出すためだったわけよ。俺を行かせちまえば後はOK、自分は行かないで済むだろ。だから俺が会議に出るのをちゃんと見張る為にセフィロスはウチに来たんだって。…まったく、あのヤロ~」
「……」
まさか、そんなふうにクラウドは思う。
あの時のセフィロスは、確かに帰ることに大した抵抗は見せなかった。
しかしそうであった理由は、クラウドと二人きりだったあの空間に問題があったように思う。
その空間があまりにも居心地悪くて…だからそれを止める為に、すぐに帰ることも厭わなかったのだと…そうとしか思えない。
そう思ったが、じゃあ何故最後に“あんなこと”をしたのかが―――説明つかなくなる。
絶対嫌だと思うなら、あんなふうに抱きしめるはずが無い。
「参ったよなあ、ったく…」
「……」
「俺あの会議出たことでさ、やべえ事になっちまってさ~」
「え?」
「上手い具合に喋っちまったら、月一の定例会議にも出て来いって言われてさ、しかも色々仕事回ってきそうな予感なわけよ」
ぜってえそれに気付いてて俺に頼んだんだぜ、セフィロスの奴、そんなふうに言いながらザックスは口を尖らせている。
しかし勿論、本気で怒っているわけではない。愚痴を言いつつも、完全に嫌気が差しているという具合ではなかった。
そうか―――――…セフィロスは、仕事から逃れたのか。
そんなふうに思い、クラウドは考える。
セフィロスは本当にそれが理由であの日ザックスの部屋までやってきたのだろうか。良く性格を知らないとはいえ、そう無責任な人とは思えないのに。
変な感じ―――――。
「あ、クラウド。あのさ」
そのとき突如、ザックスが明るい声を上げる。
今さっきまで文句を言っていたのとは随分対照的な声音。
「うん?」
「俺、そんなわけで時間少なくなるけどさ、これからも一緒にあそぼーなっ!時間ちゃんと作るし」
「あ、うん。そうだね」
ザックスの笑顔につられて思わず笑ったクラウドは、その言葉にすぐにそう答えていた。
ザックスが自分からそう言った以上、本当に忙しさの合間を縫って時間を作るだろう。
ザックスが有言実行の人であることはクラウドも知っているし、何しろザックスとは友達の一線を越えたかのような親しさがある。
例えばあの日――――…あの日、セフィロスと抱きしめ合ったことは普通では無かった。
あの抱擁がどういう種のものであるか、クラウドは知らない。
けれどザックスとであれば、多分普通にあれくらいのことは出来てしまうのだ。勿論それは友達としてのものであるが、とにかくザックスとならドキドキもしない。
―――――ああ、あの時…。
あの人は、何を思って、そうしたのだろう…。
そう思うクラウドの前で、嘘の無いザックスが、笑っていた。
そういう事があってから数ヶ月。
クラウドは相変わらずだった。
セフィロスとはあれ以降二人きりになる時が無い。会うことはあるけれど、それはザックスと三人でという具合だった。
それでもザックスが一瞬席を離れた隙にクラウドは言ったものである。
この前のこと、聞いたんだ、と。
それはつまり、例の日がどういう日であったかという事と、そして、ザックスとセフィロスの間にあった会議出席云々の話である。
それに対してセフィロスは、表情一つ崩さずこう言った。
「時間が欲しかったんだ。―――――まあ、無意味だったが」
その言葉の意味は、クラウドには計り切れない。
“どういう時間”が欲しかったのか、それは分からない。
けれどそれに続けて、
「アイツは抜け目ないな」
と言って苦笑したセフィロスが、何故か心にこびり付いた。
“アイツ”とはザックスのことだろう。
そうして僅かな時間は過ぎ、それ以降立ち入った話は一切していない。だから結局、あの日セフィロスが何を思っていたのか、クラウドには分からないままだった。
それでも変化したことはある。
それは―――――三人でいる時の、セフィロスの“目”。
訴えるようなその目はクラウドを惹きつけ、思わずそれに応えたくなったけれど…それはクラウドには出来ないことだった。
だって、そこには壁がある。
時間をかけて作った、壁が。
友情を超えた厚い壁。
それがあるからセフィロスに近付くことは裏切りのような気がしていた。
そういうふうに自分でその壁の存在を感じるようになって、初めてクラウドは分かったような気がしたものである。
あの日のこと、そして、セフィロスの“目”について。
これは傲慢な思いかもしれないけれど、もしあの目の訴える先が自分であるなら、セフィロスもまた感じているのではないだろうか、この壁の存在を。そうだとすればセフィロスの言った言葉も頷ける。
“無意味だった”
そして、
“抜け目ないな”
その言葉たち。
―――――ああ…この壁は。
この壁は、あの日以前にはクラウドの中に存在などしていなかった。存在するということさえ考えられなかった。
それが今は、とても分厚く感じられる。
その壁を作るのは、優しい有言実行の友人である。
その事実は―――――とても、痛い。
壁の向こう側には行けるだろうか。
分からない。
分からないけれど…。
それでもきっと……
この心は、壁の向こう側を求めているんだろう。
不言不実行のまま。
END
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