Seventh bridge -すてられたものがたり-
***
とうとう来たのか。
俺はそのニュースを知って咄嗟にそう思ってた。
テレビのないジッチャンの家での暮らしで、俺がそのニュースを知ったのは恐ろしいほどの奇跡だったんだろう。
その日はクレイが風邪をひいて世話にこれなかった。
そこで俺がクレイの仕事をやることになった。そのクレイの仕事の中には、食事なんてのも含まれてるわけで、俺は何年ぶりなんだか分かったもんじゃない料理をやることになったわけだ。
その買出しのために、危険だって分かってるけど遠出をした。
その時、ふと流れてきたラジオのニュースが、その事実を俺に伝えたんだ。
――――――まあ、分かってたことだ。
いかにも不味そうな失敗作料理をとりあえずジッチャンに出してから、俺はプレハブで一人考え込んでた。ジッチャンは舌がそんなに利かないんだか、俺の料理を美味い美味いなんて言ってた。さすがにそりゃ嘘だろって思ったけど、何となく嬉しかった。
医療団体の本部施設を爆破したのはアイツラ。
そもそもあのデッカイ奴の目的はそこにあったんだから、そりゃ当然だろってな話。医療施設をやんなかったら、あいつは死んでも死に切れないだろうしな。
けど俺は、そのニュースを聞いて思ったんだ。
脱走した時よりももっとハッキリと感じてた。
カウントダウンは始まったんだ、って。
何のカウントダウンかって?―――そんなの決まってる、取り返しのつかない未来へのカウントダウン、ってこと。さながら俺はアドベンチャーゲームの主人公。途中の選択肢を大間違いしたから、HAPPY ENDはおろかGOOD ENDにさえ辿り着かない。俺のチョイスしたルートのエンディングは?フローチャートを確認してみりゃすぐ分かる。そこには無残にもこの一言“GAME OVER”。
まあそんなのとっくに覚悟はしてたけどな。
だけどそのGAME OVERはプログラマにとってのGAME OVERだ。俺はさ、プログラムされたフローから外れたから、やっぱりそりゃGAME OVER。けどそれは俺が自分で作ったルートだから後悔なんてしてない。
そんなことをつらつら考える間に、ジッチャンとのトークタイムに突入。
俺はジッチャンのとこにデリバリー、でもって楽しくフリートーク。
いつもはクレイがお茶を出してくれるけど、今日は俺が適当に飲みモンを淹れる。で、今日はどうやらいつもとは違うトークのご様子。
「ルードや、今日は少し昔話でも聞いてくれるかな?」
「昔話?」
そういうことはご法度じゃなかったっけ?
まあ良いか、ジッチャンがそれを望むんなら。それに俺は、ジッチャンの昔が少し気になってたから、ハッキリ言えばそりゃちょっと嬉しい展開だった。
ジッチャンの皺の刻まれた口元は小さく震えてた。老化による震えだった。それでも頑張って話そうとするが故の震えだった。俺はその口から出てくる言葉を一つも聞き漏らさなかった。
「私はもうそう長くないよ。最近よくそんなことを考える…それから、墓の中に持っていくものについて考える。ルードや、お前だって一度は過ちを犯したことがあるだろう?私もある。私はそれを墓にもっていこうと思ってるんだ」
「過ち、ね」
大有りだよ。ジャストミートすぎてビビる。心臓に悪いぜ、ジッチャン。
けど、俺は俺の自主的な過失よりも、ジッチャンが墓にもっていこうとしてる過ちのほうが気になった。だって、こんなの絶対おかしいだろ。普通は誰にもいえないから墓にもってくんだ。だけどジッチャンはそれを話そうとしてる。身分詐称の俺の前で。
ふと、机の上を見る。
相変わらず埃まみれの本が沈黙を守ったまま座ってた。
「昔…私には愛する妻と息子がいた。商売をしててね、それがあまりうまい具合にいってなかった。生活は苦しかったよ。しかし幸せだった。息子は立派に成人して、私の跡を継いだ。頭の良い子でね、商売は上手い具合に回るようになったよ。しかし…」
仕事を軌道にのせた息子。
そうできなかったジッチャン。
「息子はやがて私を罵るようになった。出来の悪い親だと。生活苦から、欲しがっていた本も買ってやれず、そのことも罵られたよ。しかしそう言われても仕方ない、それでも私は妻も息子を愛していた。ところがある時から息子が危険な仕事をし出したのに気づいて、私は息子を止めようと思った」
ジッチャンは、息子が手を付け始めたっていう“危険な仕事”が何なのかは教えてくれなかった。ただ、ジッチャンが本気になるほど、その仕事はヤバイモンだったんだろう。
危ない道に行くなというジッチャンの要求に、息子は条件を出した。
その条件が、ジッチャンの“目”だった。
「私は昔から、こういう田舎に住むのが夢だったんだよ。のんびりして、こんなところで三人で暮らせたらどんなに良い事だろうかと思っていたんだ。息子はその夢を覚えていたんだろうなあ…ここの土地全てを買い占めて、ずっと苦労のないように住まわせてくれると言ったんだよ。だからここに暮らせば良いってね」
「じゃあ…ジッチャンは昔から地主ってわけじゃないんだ」
「ああ、ここは息子が買い取っただけなんだよ」
ジッチャンはハッキリ口にしなかったけど、俺には分かってた。
息子がジッチャンをここに住ませたのは、邪魔者扱いした結果なんだってことに。
危険な仕事を反対してくるジッチャンの存在は、息子にとって口煩い存在でしかなかったんだろう。多分その仕事はかなりデカい山で、息子にとっちゃ大博打みたいなモンで。だから邪魔者はどっかにやりたかった。しかも息子にとってジッチャンは、出来の悪い親だっていう気持ちがある。これは厄介だ。
「もしその仕事を辞めて欲しいなら目を差し出せ。こう言うんだよ息子は。私には意味がよく分からなかったが、とにかく息子を止めたかった。だからそれを了承した。すると私は、言われたとおり目を失った…まあ失明だ」
「……」
「息子は私を憎んでいたんだろうな…。失明してすぐに、ここに移動させられたんだ。田舎に住み長閑な風景を見ることは私の夢だった。しかし視界を失った私にはこの風景が見えない。息子はわざとそうしたんだろうよ…わかっているんだ」
「…酷いよ、そりゃ」
最悪のやり方だ。
そう思った。
だってそれは、ジッチャンの夢を強制的に剥奪したってことだろう。そんな事ってあるかよ。俺はムカムカしてた。
「気づいた時には妻もいなくなっていた。どこにいるのか分からない」
「そりゃ…」
殺されてる、と思った。
そんな俺の直感を、ジッチャンも分かってたみたいだった。
「息子には連絡する手段もないし、誰かにそれを頼んでも誰も了解してくれない。ここは閉鎖された村なんだよ。それに息子はここら一帯を買い占めた地主だからな、誰も歯向かいたくはないんだろう」
「ちょっと待て。もしかして…クレイも息子が手配したのか?」
「ああ、そうだよ」
「マジか…」
疑いたくはなかったけど、もしかするとクレイはジッチャンを見張ってるのかもしれないと思った。ありえないとも限らない線だ。だけどそれが本当なら、この環境は最低最悪だし絶対に幸せになんかなれないんだ。
「息子の幸せのためには、私や妻は邪魔でしかなかったんだろうな。それでも私は息子の幸せを願っているよ。――――ルードや。私が犯した過ちは、息子に本を買ってあげなかったことだよ」
「何でそこなんだよ?」
「それはね、小さい頃に息子は学者になりたがっていた。だから本を読みたがっていた。ところが息子の欲しがる本は非常に高価なものばっかりでね、買ってやることができなかったから」
「そうだったんだ…」
まるで復讐みたいだと思った。
幼い頃、本を買ってもらえなかったことで自分の思う勉強ができなかった息子にとって、それは夢を潰されたも同然だったんだろう。
だからジッチャンの夢を潰した。これはまるで復讐だ。
――――復讐。
そのキーワードに辿り着いて、俺はあのデカイヤツのことを思い出した。
アイツは復讐したがってた。でも、アイツの本当の原動力って復讐だったか?違う、アイツの原動力は信念だ。その信念ってヤツは、不当にアイツラを迫害しようとするムカつく奴らに向けられてた。
アイツのやってることは復讐だけど、その根幹にあんのは信念なんだ。じゃなきゃ俺はアイツを助けたりしなかった。
ジッチャンの息子の、本当の原動力は何だった?
復讐?
違う、そんなんじゃない。
「ジッチャン、あのさ」
俺はふと、埃だらけの机の上を見た。
難しそうな本の山。目の見えないジッチャンの家に置かれた飾りのような本の山。
「あの…机の上の本さ。ジッチャン、昔、読んでたのか?」
「いいや、読んでないよ。あれは私の本じゃない。持ち主をずっと待ってるんだがね…なかなか来ないんだよ」
ジッチャンは朗らかに笑った。
その顔があんまり穏やかだったから、俺は無償に胸が痛くなった。
あの本があそこに置かれている理由は、最早明白だった。過去に出来なかったことへの償いが、この10年間、あの机には溜まりに溜まってたんだ。埃までかぶって。
だけどそれ以上に明白なのは、その持ち主はこの10年間1度もここを訪れず、それどころかこの先も絶対にやって来ないということだった。
俺はますます胸が痛くなる。
ジッチャンの心には、いつの景色が映ってるんだろう。
「ルードや。私が死んだら、そのままここに住むと良いよ。クレイに世話をしてもらえば都合の悪いこともないし、金は心配要らないから。ただ、一つ頼みがあるんだよ」
ジッチャンの頼みは、机の上の本だった。
ジッチャンは机のあるほうに顔を動かしたけど、それはちょっとずれてる。
「あの本の持ち主がやってきたら…その時は本の渡して欲しいんだ」
来なかったらそれで良い、ジッチャンはそう続けた。
だけどその答えはもう見えてたし、俺にはジッチャンのその新たな夢も叶わないことが分かってた。でも、ジッチャンの言葉を受け取るのは俺の自由だし、だから俺はそいつを受け取ることにする。
「分かった。じゃ、いつか持ち主が来たら渡しとく」
俺は、目の見えないジッチャンの前でニッと笑った。
すると、ジッチャンもにっこりと笑った。
俺は少しだけ気を取り直して、新しい飲みモンを注いでこようとキッチンに向かう。ジッチャンのカップの中身も空になってたから、俺の分とジッチャンの分と、両方。
キッチンはクレイのテリトリーだから綺麗に片付いてる。
これだけ綺麗なら、どっかに他の種類の茶葉でもしまってあんだろ。そう思いつつ検索開始。まずは戸棚、で、引き出し。それから床の収納庫。結果は、コーヒーと紅茶が数種類あるくらい。
俺はその中から適当なモンを選んでジャボジャボと湯を注いだ。
で、色見が出るまで少しウェイティング。
「…ん?」
ふと、俺の視界に機械の端みたいなのが入った。
何だろ?
ジッチャンの家には不似合いな感じの質感だって思った。気になって覗いてみると、そこにはごく小さなラジオがあった。キッチンにラジオ?何だか気味悪い。
だけどよくよく見てみると、ラジオは壊れてるみたいだった。
「ふーん…なるほど」
俺はすっかり綺麗に色の出た紅茶を持って、ジッチャンの元に戻る。その俺のズボンのポケットには、しっかりと壊れたラジオがしまわれてた。
クレイがこなしてる一通りの仕事を終えて、ジッチャンにおやすみを言って、俺は自分のテリトリーになってるプレハブ小屋に戻った。
今時珍しい形のランプに明かりを灯すと、まるで馬小屋みたいな感じのプレハブの中がぼんやりと明るくなる。
俺は壊れたラジオをポケットから引っ張り出すと、昼の間に近所の人に借りた工具セットを広げた。
「よしよーし…」
任せとけってほどではないけど、機械弄りは結構好きな方。
少しちょちょいっと弄って、はい、修理完了。
どうやら上手い具合にラジオが使えるようになったらしい。そんなに大それた機械ではないにしろ、何も情報の無い今までの生活からしたら、なかなかの進化だって思う。
スピーカーに耳を当てる。
それから、慎重に周波数を合わせて。
“ジー、ジジジジー、ジージー……”
俺はめげないぞ。
“ジー、ジジー…で、から…ジー…ですね…ジー…”
はいはい、そこもっとシャキッと!
“ジー……すね。それではこれよりニュースをお届けしたいと思います”
「よっし!」
俺はごろんと横になって、それでも耳んとこにはラジオをくっ付けて、世の中の動向ってヤツを確認した。昼間に聞いたあのニュースはどれくらい進んだんだろう。
俺は、始まったカウントダウンについて考える。
『今朝方起こりました医療団体本部施設での爆破事件ですが、警察機構の発表によりますと死傷者は医療団体関係者35人が確認されている模様です。この中には幹部も含まれており、警察機構では犯人の特定を急いでいます』
『この事件は、現場に不審な点があるそうですね』
『はい。この爆破が起こったのは医療団体本部施設の正面入口になります。非常に人目につく場所であることがお分かり頂けるかと思います。爆破後、実はこのスペースからは爆破物の破片が1つも見つかっていないのです。見つかったのは爆破により散らばった死体の肉片のみということです』
『これは惨劇ですね…。しかし監視カメラがあったという話ですが?』
『はい。監視カメラが捉えていたのは医療団体の幹部が建物に入ったところまでなのです。その3秒後には画面が突然黒くなり爆破が起こっています。何故このとき画面が黒くなったのか…機械の故障ではないということですから、これは謎が残ります』
『非常に怖い事件ですね。一体真実はどこにあるのか…我々は新たな情報が入るのを待つしかありません』
「…はは…そっか」
俺はラジオを耳から離して、そっと目を瞑った。
コロン、と転がるラジオの音が聞こえる。
―――――――残されたのは、肉片のみ。
確かに異様だよな。
爆発したのに、爆発した元のモンがどこにも無いんだもんな。普通はなんだかんだって残るもんだ。けど、この爆破にはそれが無い。
そんなの、当然だ。
だってその爆破は命を賭けた爆破なんだから。
探したって無駄だ、むしろその答えを知ってるのは殺された医療団体の奴らだ。あいつらは自分が犯した罪に殺されたんだ。そうだろ、なあ。
「よくやったよ…なあ、ホント…」
俺は、あのデッカイヤツを思い出してた。アイツの、くりっとした木の実みたいな目を思い出してた。
あいつの体はぶくぶくと膨れ上がって…最後には破裂した。
それは人体兵器と一緒だ。近くにいりゃ巻き込まれて死んじまう。
あいつの呪われた体にとって、復讐を兼ねた破裂…皆は爆破って言ってるけど、これは最良の最期だったんだろうって俺は思う。けど、そう思う隣で、やっぱりアイツ自身の死が悲しかった。ただ単に、アイツがもうこの世にいないことが悲しかった。
俺はアイツに信念を貫いてほしくて、夢を叶えて欲しくて、プリズンから逃がした。そこには俺なりの希望とか信念ってやつがあって、それは誰にも理解されなくっても、俺には大事なことだった。
――――――今日、アイツは信念の元に夢を叶えたんだ。
それは俺の希望でもあったんだし、俺はちゃんと喜ばなきゃいけない。よしきた、って具合にさ。
だけど何でだろ?
俺、上手く喜べてないや。
こんなんじゃアイツに怒られるよな。
だけど何でだか俺は…喜びより、悲しさが勝ってた。復讐は果たされたはずなのに、まだ負けてるって気がした。アイツが夢を叶えたら何かが変わるんだと思ってた俺の心は、何だか、どうも、変わってないっぽかった。
「…でだよ…何で…」
なあ。
何で俺は悲しいんだ?
なあ――――――――…
DATE:05/30
FROM:レノ
TITLE:無題
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俺は幸せなんだ。
なあそうだろ?
頼むからさ、俺は幸せなんだって言ってくれよ。
俺は寂しい空を見てる。
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DATE:5/30
FROM:ルード
TITLE:RE:
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
お前は幸せだ。
お前が幸せなら俺も幸せだ。
お前が寂しい空を見てるなら、
俺が見てる空も寂しいだけだ。
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貴方がいつか私を思い出したらその時はこう言って
『彼女はきっと幸せに暮らしてる、幸せに暮らしてる』