Seventh bridge -すてられたものがたり-(22)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

 

***

その日、ある施設が爆破被害を受けた。

これで四度目の爆破だが、警察機構が崩壊しているがためにこの捜査を行う機関がなく、臨時の組織がそれを調べていたものである。その臨時の組織とは報道機関の人間の一部で、これは報道をするために報道機関そのものが動かざるを得なくなったという背景があるらしかった。

警察機構以外に社会的権力を持っている電気会社などはその人員をまったく回すことがなく、実際には事件は放られているも同様といった状態。電気会社などは、次は自社がやられるのでは、と恐れをなしている部分もあるらしく、敵を逆撫でせぬようにとだんまりを決め込んでいたのである。

警察機構は完全崩壊。

地方警備はそれぞれあるものの、本格的捜査を行うことはしないし、そもそも権力主義ではないために温和であるが手厳しい仕事はしないというのが現状。

そして医療団体とプリズン管理局だが、これらはそれぞれトップとなり取りまとめている本部のみが崩壊している。つまり地方にあるそれぞれの権力は残されているが、いわゆる幹部が消えてしまったことにより、つまらない輩が面倒なプライドでもって威張り散らし始めているという悲しい現状があった。

この惨状に便乗して上に立とうと目論む輩の殆どは、新体制を作るだの何だのと息をまいていて、爆破され失われたものに対しては見向きもしない。だものだから、彼らは“本当の原因は何なのか”ということを全く理解していないだけではなく、そういう無理解の元にその事実を闇に葬ろうとさえしていたのである。

そんな現状の中、“何故これらの事件が起こったのか”という原因を知る唯一の団体が残されていた。

そう、研究団体である。

警察機構、プリズン管理局、医療団体の幹部らは爆破被害により命を落とした。

要するにこれらの組織間での極秘裏のやりとりを知るものはいなくなってしまったわけである。電気会社に関しては一応のかかわりがあったものの、今はだんまりを決めこんでいるので意味が無い。

しかし研究団体に関しては、過去のやりとりを知っており、尚且つそのやりとりを今後も継続させねばならない立場にあった。医療団体もあの粗悪な医療制度を続けねばならないものの、それはかつて行われた裏取り引きを知らぬまま行うわけで、しかもそれがかの集団脱獄事件を引き起こしたとも知らないのだから、これは致し方が無い。

が、研究団体は過去の取引を承知した上で、今後も囚人に膨張剤の投与を行うことを考えていたのである。

彼らは知っただろう、脱獄した囚人の頭であるヤンという男があれほどに膨らんだことを。

そして人間への投与としてどのくらいの分量でどのくらいの期間が目安となるのか、それを学んだことだろう。

彼らの実験は、次の段階を踏むことになるのだ。

 

そんな世情の中。

ある日、とうとう研究団体の関連工場が爆破されるという事件が起こった。

テレビやラジオはこれを大々的に報道し、世間では派手な動きを見せていない研究団体が狙われたことで、犯人をこう断言した。

 

『犯人は無差別犯罪を目的としている節が見られます。これについて、有志団体は全力をもってこれを確保すると発表。市民の安全が脅かされている現状では、刑罰についても方法を問わないことで意見が一致しています』

 

報道機関がこうした発表をした後、爆破を起こした犯人と思われる人間が数人、有志団体によって逮捕された。有志団体とは勿論、報道機関の人間たちである。

捕まった人間は5人。

報道機関は彼らについて、脱走した脱獄囚だと発表した。

がしかし、もう既に警察機構が崩壊していたために詳細な資料は失われており、本当にそれが脱獄囚なのかどうかは分からなかったものである。また、第4エリアSランクプリズンの職員たちは、それほどはっきりと覚えてはいないがと言いながらも、恐らく間違いは無いだろうという不思議な証言をした。

それにより脱獄囚と“断定”された5人は犯人として捕まり、報道機関が熱っぽく報道したとおり“方法の問わない刑罰”を受けることとなったのだが、この方法の問わない刑罰というのは既に非道といっても過言ではないものだったのである。

度重なる爆破事件。

4度の爆破事件で重要な組織はほとんど破壊されており、報道機関はその損害について弁熱を振るった。

 

『経済的な損失は膨大であり…』

『市民の安全を脅かす最低最悪で非道な行為は許されるはずもなく…』

『長い時間をかけて作り上げてきた組織を一瞬で破壊したことは歴史への冒涜でもあり…』

『最早この極悪非道な行為を人間的なものとは認められず…』

 

“まともな精神じゃない!”

“人間的ではない!”

“捕まえろ!”

 

『健全な市民の観点からすれば悪魔の所業とも取れる数々の犯罪行為に鉄槌を…』

 

“足並み外した奴がいます!”

“奴は血迷ったことをぬかしております!”

“捕まえろ!”

 

『社会の汚点ともいうべきこれらの問題を放置しておくわけにはいかず…』

 

“こんな奴は要りません!”

“社会は奴を必要とはしていません!”

“捕まえろ!”

 

『先生、今回のこの一連の事件についてどう思われますか?』

『そうですね、彼らは多大なコンプレックスを持っており、それにより社会を恨むようになるのですが、これは一種の病でもありますね。彼らはセミナーを受け、人との触れ合いを持ち、マトモな精神を養うことが必要です。世間と足並みを揃えて生きていけるようになるためには彼らには課題が沢山ありますが、これは社会に課せられた課題でもあり…』

『あ、ここで緊急ニュースです。どうやら脱獄囚がもう一人見つかった模様です』

 

ああ、哀れな兵士よ。

誰もマトモじゃない奴には悲しまない。

 

『何と驚きました!これは、脱獄を促した元プリズン管理局の男です!今はなき警察機構も彼の逃走には手を焼いておりましたが、とうとうその姿を現した模様です!』

 

ああ、だけど大丈夫。

お前だけは知っているじゃないか。

 

『一連の事件の原因でもあるこの男の名前はレノ、元プリズン管理局に勤務しており、赤い髪が特徴です。今入ってきたニュースによりますと、容疑者は武器一つ持たずに有志団体に捕まった模様です。元凶が逮捕されたことにより、ようやくこの一連の事件に終わりが見えてきたようです』

 

誰も疑問にも思わず、同じ服着て、同じ武器持って、同じ足並みで、同じ方向向いて、同じ表情していたから気付かなかった事を、お前だけは知っている。

人には悲しみも楽しさもあることを。

素晴らしい服や武器があることを。

違う道があることを。

違う空の色があることを。

誰にも支配されない自由な世界があることを。

自分だけが信じる道があることを。

 

それは、とても大切なことなんだ。

 

『近代稀に見るこの連続爆破事件は、言い換えれば連続殺人事件でもあります。これらの爆破により多くの要人が亡くなりました。この社会的損失の大きさを考えれば、極刑は免れられないでしょう』

 

…………見せしめが必要だ…

…………ああ、そうだ。こんなに酷いことしやがったんだから当然の報いだぜ

…………おお怖い!こんな輩が生きていたと思うとゾッとするよ!

 

ひそひそ、ひそひそ…

 

…………見せしめだ。俺たちがこうむった恐怖をこいつらにも分からせてやれ…

…………見せしめだ、みんなで嬲り殺しにしちまおう

…………社会のクズめ、死んじまえば良いのに

 

ひそひそ、ひそひそ…

 

…………こんな奴らがいるから社会が悪くなるんだ。

…………まったく逆恨みもいいところだよ。どうせ自分の無能さに腹が立ったんだろ

…………早く殺せよ、マジうぜえ。

 

“お集まりの皆様!我々有志団体は爆破事件に関わる6人の容疑者を逮捕しました。皆様のお怒りはご尤もです、我々も一市民としてこの由々しき問題の解決法として、今後同じような悲劇が繰り返されないような方法でもって彼らに制裁を加える心積もりでおります”

 

“殺せ!”

“そうだそうだ!殺せ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

 

“どうぞご静粛に!只今各プリズン幹部と連絡を取りまして、今回は通例のようにプリズン収容するのではなく、極刑をもってしてこれをおさめるということで意見が一致致しました。被害を受けた研究団体より提案があり、このたびの事件の容疑者にはこちらを投与することに致します”

 

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

 

“皆様、どうかお静かに!―――こちらは通称膨張剤と呼ばれております薬剤で、通常害虫駆除の為に用いられる殺傷能力に優れた瞬時性の薬剤です。これを彼らに投与し、このたびの事件に対する処刑と致します”

 

“へっ!丁度良いや!虫けら同然のヤローたちなんだからな!”

“そうだそうだ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

 

“では、今から注射器にてこの薬剤を投与します。今回使われるものは非常に濃度が高いため、瞬間的に膨張爆発しますのでお下がりになってください。非常に危険です。――――おい、貴様!何を隠してる!携帯か?こんなものはもう必要ないだろう、未練がないように壊してやる。…ふふ、どうだ?もう折れ曲がってショートしてる。使用者と同じで使い物にならない機械だ”

 

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

“こ、ろ、せ!”

 

“―――では、投与を開始します”

 

「う…あぁあああ!!!」

 

「…っ、ぐ…うううっ!」

 

「や、やめろ!やめてくれぇ…!」

 

「ぎゃあ、あぁあああ…!!」

 

「あぁああああ…ぐぁああ…」

 

“あははは!なんだありゃ!みすぼらしいったらありゃしねえ”

“今更命乞いか、このクズ共めが”

“こ、ろ、せ!”

“早く破裂しちまえ、この害虫!”

“ひゃははは!こりゃ見物だ!いいぞ!もっとぶち込め!”

“こ、ろ、せ!”

 

“撃ち方よーい!”

 

「―――――――さよなら、相棒…」

 

“ドン、ドン、ドン、ドン――――――!”

 

『―――どうやら制裁が終わった模様です。処刑の場には大勢の人々が集まり、この諸悪の根源の死ぬ行くさまを見守りました。悪の権化といわんばかりの容疑者たちの死に、市民は安堵のため息を漏らすと共に、歓喜の声を上げています。あ、今万歳三唱が始まりました。市民たちの顔には笑顔が溢れています。今日という日は、記念すべき日になるでしょう』

 

その日――――――――とても晴れていて。

 

窓の向こう側に聳え立つ工場の群れから、もくもくと黒い煙が上がっているのが綺麗に見えた。

あの工場が研究団体の工場であることは、口には出さなかった。

けれども、それを悟ったらしい彼は“本当の原因”である最後の爆破を行ったのだ。

 

彼は、勇敢だった。

誰にも負けない勇気と、激流に抗う強い信念を持っていた。

それを、ただただ、誇りに思う。

 

ああ…―――――こんな晴れた日に。

 

 

 

切なくなるくらい、晴れたその日に、彼は死んだ。

 

 

 

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