Seventh bridge -すてられたものがたり-
***
第4エリアSランクプリズン。
俺はソコに着いて深呼吸する。
第4エリアってのは、世界を東西南北で区切った場合の北地区の呼称だ。
気候が厳しい事もあってこのプリズンでの生活は凄く辛いときてる。その上雪が積もるから脱走するのも右に同じ。イコール、此処はヤバイ奴らご用達ってわけだ。ってわけだからモチロン監視も他のとこに比べりゃ厳しい。
「しっかしいつ来ても寒いなあ」
「そか?」
「俺、第3エリア担当だったからさ」
「あー…」
東西南北。
1234。
つまり、第3エリアってのは南地区。
南地区は気候も陽気、人も陽気、だから犯罪自体起こりにくいし大概の武力制圧部隊もぬるま湯に浸かってる。だからコイツはこんなに楽観的なのか。俺はようやくそれに納得出来た。
「じゃ、いきますか」
「ったり~」
俺はサクッと同僚を無視すると、噂の第4エリアSランクプリズンに入っていく。中は浸透するような寒さで、俺は思わず上着を持って来れば良かったと舌打ちした。極寒の地で普段着はキツいよな、さすがに。
門兵に挨拶して、指導官に頭を垂れ、責任者に面出し。
そういう面倒なプロセスを踏んで、俺と同僚はやっとその自発的任務に就く。
「君は確か武制部隊の……」
「――――レノ」
「そうそう!思い出したぞ!集団脱獄事件の功績者の」
責任者のオッサンは、いつだかの俺の功績を讃えてそんなふうに言った。
俺の隣にいた同僚はびっくり仰天な顔を俺に向ける。
オッサンの言う集団脱獄事件ってのは結構デカい事件で、まだ第4エリアにいた頃の俺の代名詞的な事件だった。そう、俺は開かずの間と呼ばれてる第4エリアSランクプリズンの武力制圧部隊にいたんだ。
事件の内容はその名の通り集団脱獄で、その数ざっと100人。
あるテロ組織のメンバーが一同に脱獄を計るも小一時間でプリズン戻りになったっていう、管理局切っての大スクープだ。
俺はその功績があって上に上った。昇進オメデトウってな具合だ。
それから先、そこまで大事件は無いらしい。
けど、その代わり小さい脱走は何度も繰り返されてる。要するに監視が甘くなった。百歩譲って監視が良くても、武制隊の奴がダメだ。それでもまだ第4はマトモなもんだろう。他のトコときたらどーしようもない。ま、言ってみりゃ管理局は阿呆の固まりだってコト。
もし本当に俺の功績を認めてくれるんなら、俺はずっと現場に居たかった。
そうすれば俺は第4エリアSランクプリズンをずっと守るって、本気で約束出来たかもしれない。
でも腐った功績社会は、功績があるといっちゃあ上に格上げして、不適材不適所に机の肥やしなんかにしやがる。その結果が現場のレベルダウンだ。ご褒美が昇進だけだと思ってる外見肩書き主義のオッサン達には一生理解できないんだろう。
「おかげさまで今じゃ悠悠自適な生活です」
俺は嫌味を込めてそう言ってやった。
「そうだろう、そうだろう。あれは管理局一の天晴れだったからな」
がはは、と笑うオッサンは救いようがない。糠に釘だ。藁人形に五寸釘だ。
俺は呆れつつ、とにかく仕事の話に戻った。
周期調査は元来俺達が行かなくても良い仕事だから、つまりは“行かなきゃいけない奴ら”ってのが確実に存在してる。その“行かなきゃいけない奴ら”は数日前から泊まり込みで来てるらしく、あと何日かで任務を果たすらしかった。
それに比べて俺らは気楽なもんで、今日一日フラフラ見てれば良いんだそうだ。
「君がリターンさせた奴らもいるからな。様子を見て来たら良い。更生には長そうだがね」
「更生」
「そうだよ。まあ、元々がテロ組織という犯罪集団だから更生も何も無いのだがね。何せ社会は彼らを必要とはしていない。だからまあ、せめてマトモな精神を持つという更生だよ」
「マトモな」
そりゃどういうのをマトモな精神って言うんですか、俺は思わずそう聞いていた。
するとオッサンは胸を張ってこう答えた。
「そりゃ勿論、世間と足並み揃えて人間的な生活をすることだよ。律を守り、義務を果たす。相対的に付与される権利を行使し、社会参加し、ひいては社会貢献することだ」
「おさすがです!」
脇にいた同僚が百年振りかって具合にそう口を開いた。よく分かんない敬語でオッサンを讃えては自分もそう思います、と金魚の糞になる。
「まあ彼らには難しいだろうがね。せめて過激な発想だけは鎮めてもらわんとな」
オッサンは尤もそうなことを口にして、じゃあ行ってきたまえ、と俺たちを促した。まるで遠足の合図みたいに。
俺にはマトモな精神の意味が良く分からなかった。
世間と足並み揃えて人間的な生活をしなきゃいけない理由が分からなかった。
ザック、ザック、ザック。
兵隊みたいに同じ服着て、
同じ武器持って、
同じ足並みで、
同じ方向いて、
同じ表情して?
“おっと、誰かが違う表情をしたぞ!”
“あいつの服は規定じゃない!”
“あの武器は違法だ!”
“歩幅が違うぞ!”
“違法だ違法だ違法だ!”
“捕まえろ!”
“あいつは律を犯した!”
“義務を果たさなかった!”
“まともな精神じゃない!”
“人間的ではない!”
“捕まえろ!”
“捕まえろ!”
ザック、ザック、ザック。
兵隊はどこへいく?
足並み揃えて、いつか昇進して、だけど死ぬまで一生ザック、ザック、ザック。
皆と一緒にザック、ザック、ザック。
誰かが少し違うことすりゃ誹謗、中傷、足下、罵り。
ザック、ザック、ザック。
“兵士よ、お前の夢を言ってみろ!”
“はい、マトモな精神であります!”
“足並み揃えて道を踏み外さないことであります!”
“兵士よ、おまえの夢は叶うか!”
“はい、叶えます!”
ザック、ザック、ザック。
“足並み外した奴がいます!”
“収容しました!”
“奴は血迷ったことをぬかしております!”
律は誰が作った?
義務は誰が決めた?
それは本当に正しいことなのか?
何で誰も疑わない?
権利ってなんだ?
俺たちがいなきゃ社会なんて存在しないくせに。
何が貢献だ。
お前達が作った摩天楼じゃないか。
ザック、ザック、ザック。
“兵士はマトモな精神ではありません!”
“奴に制裁を!”
“こんな奴は要りません!”
“社会は奴を必要とはしていません!”
なんで誰も疑わない?
本当は笑いたいだろう?
本当は泣きたいだろう?
本当は振り返りたいだろう?
本当は違う武器だって欲しいだろう?
本当は休みたいだろう?
どうして誰も気付かない?
どうして気付かない振りをする?
どうして疑問に思わない?
疑問を持つことで世紀の大発見がされてきたことを知ってるだろう?
この星が丸いことを、物には重力があることを。
どうして疑問に思わない?
その律は正しいのか?
誰かが作ったに過ぎないそれがそんなに大切なのか?
お前は何だ?
疑問を感じずに列に従うのがお前の全てか?
ザック、ザック、ザック。
“こいつに制裁を!”
“こいつに制裁を!”
“こんな奴は要りません!”
“こんな奴を社会は必要とはしていません!”
“撃ち方よーい!”
ドン、ドン、ドン、ドン!
哀れな兵士にご愁傷様。
誰も、マトモじゃない奴には悲しまないから。
だけど大丈夫。
お前だけは知っているじゃないか。
誰も疑問にも思わず、同じ服着て、同じ武器持って、同じ足並みで、同じ方向向いて、同じ表情していたから気付かなかった事を、お前だけは知っているじゃないか。
人には悲しみも楽しさもあることを。
素晴らしい服や武器があることを。
違う道があることを。
違う空の色があることを。
誰にも支配されない自由な世界があることを。
自分だけが信じる道があることを。
それは、とても大切なことだろう?