Seventh bridge -すてられたものがたり-(10)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

「…脱線して悪かった。本題に戻ろうか」

「ツォンさん。…でも」

「感傷に浸るのは、レノと再会してからにしよう。その後の行動こそ、きっと秤にかけられる」

「え?」

俺が首を傾げると、ツォンさんはその言葉を有耶無耶にするように、首をゆっくりと左右に振りながら笑った。その穏やかな笑いの中には、それでもそれ以上は口にさせないという強さが宿っている。

俺は口を噤んだ。魚の骨が咽喉に詰まって取れないみたいに、何だか気持ちが悪い。でも、それを蒸し返すことは到底出来ない雰囲気だった。

「話を戻すが――――以前私が予測していた通り、この制度の制定の裏には圧力がかけられていたようだ。詳しく調べてみたところ、この件に関して起こった暴動はおおそよ25件。これほどの件数の暴動を武力で制圧し、表面上何も無かったように繕ったというわけだ。しかもこの鎮圧を行ったのは…」

「まさか…警察機構?」

「そう、そのまさかだ。しかしそれだけじゃない。プリズン管理局のトップ及び武力制圧班が加担している上に有志軍事団体までもがそれに手を染めている。これはいわば不当な権力行使だと思わないか?」

確かに、それほど大型の企業ばかりがタッグを組めば、一市民など絶対に叶うはずがない。あまりにも不当だ。

鎮圧された奴らはどうなったのか?

俺がその疑問を口にすると、ツォンさんはただ一言、消えた、と口にした。

消えた?――――――それはつまり。

「不当な制度のために不当な連中に立ち向かった彼らの行く末など一つだ。そもそも暴動を起こす時点で既に捨て身の覚悟だったらしいしな。つまりこの暴動に関わった多くの一般市民は時代の闇に葬り去られたというわけだ。但し、それとは別の処置をされた暴動があった。それこそが、過去レノが関わったという集団脱獄事件の囚人たちだ」

ツォンさんはそこまで言うと、俺の前に新たな資料を差し出した。

そこには何人かの囚人の顔写真が載っている。それから、一緒に聞き込みをした時に手に入れたプリズン管理局本部保管の資料もあった。

一際大きく写っているのは、木の実のようにくりっとした目をした大柄な男だ。囚人服を着て写っているから、恐らくこれは初めてプリズンに入った時のものだろう。

「この男は、過去レノが関わった集団脱獄事件の主犯でヤンという名前の男だ。この男だが、ただの一般市民とは少し違った側面を持っている」

「というと?」

「他の暴動が一般市民の徒党によるものだったのに対し、ヤン率いる集団が起こした暴動はある意味プロレベルだった。ルード、お前は神羅の頃のSランク任務を覚えているか?」

勿論、覚えてる。

Sランク任務はかなりの重大任務だ。

そういった任務は大きな組織の壊滅を狙うことが殆どで、どれほど大物であっても対象が一人だった場合には重要度が落ちる。タークスとしても完璧な連携が求められ、高い戦闘技術で応戦しなければならないものがSランクに相当するわけだ。

「この男…」

ツォンさんはヤンの顔写真の載った資料を、わざわざ俺の方に向けたりする。そんなことをしなくても見えるのにと思ったが、どうやらそういう意味じゃなかったらしい。

「――――――私たちは、過去にこの男に対して仕事をしている」

「え…?」

どういう意味だ、それは。

俺は口に出さないまでも、そんな疑問を頭に浮かばせていた。でも、その説明はすぐにツォンさんの口から流れ出る。

ツォンさんは言った。

ヤンはかつて、タークスにとってA~Sランク任務の相手だった、と。

それは俺には信じられない言葉だった。まさか自分もこの男に関与していたなんて。

「ルード、恐らくお前はヤンそのものとは対峙していなかったんだろう。持ち場ポイントが違っていれば顔など覚えているはずがない。果たしてアイツは…レノはどうだっただろうな?」

「レノ?…もしかしてレノは、それを覚えて…いたとでも?」

「その可能性はある。結論から言って、タークス時代にターゲットだったこのヤンという男は、数年前の集団脱獄事件の首謀者であり、今回の脱獄囚の一人でもある。要するに、“レノが自発的に逃がした男はヤンだ”」

―――――――まさか。

まさか、そんなことが?これは偶然なのか?

レノ、お前は一体何を考えていた?

俺は混乱していた。まるで昔から続く柵を今解き放ったかのような、そんな幻想に取り付かれそうになる。しかしその考えは現実的ではなかった。何しろ、ヤンという男にレノが力を貸す義理など何一つないんだから。

何故だ…どうしてレノはヤンを逃がしたんだ?

ずっと敵だったはずの男を、何故?

「尤も、この事実が分かってもレノの動機などは分からない。ただ、プリズン管理局という組織も黒だということは分かった。仮にだが、レノがこの事実に気づいていた場合、権力に反旗を翻す行動に出た…と考えることは可能だ。しかし証拠は無い」

ツォンさんの調査はプリズン管理局本部にまで及んでた。

俺が何も成果を出せずにいたこの一週間、ツォンさんはここまで調べ上げたんだ。さすがに尊敬した。

その成果として分かったことは、多数勃発した暴動を鎮圧するために動いたプリズン管理局と、そもそも暴動の原因となった医療団体が、裏ではもっと密接に繋がっていたということ。

まあ、なんとなく分かる話だと思う。

俺の脳裏には、あの聞き込みの日に見たプリズン管理局の奴らが浮かんでた。あんな奴らを信用しろといわれても俺には無理な話だ。いかにも信頼が置けない。悪いことをしていても何ら不思議ではないと思える。そう思うに十分だ。

「私たちがタークスだった頃、確かこのヤンという男は政治色のある市民団体のリーダーだったはずだ。アバランチが巨大組織すぎて霞んではいたが、彼らもまた反神羅の組織の一つだった」

アバランチが星命学に発端をなす星擁護のための反神羅組織ならば、ヤン率いる市民団体は市民の生活水準の改善を求める、ある意味では正統な反神羅組織だったらしい。これはあくまでもツォンさんの記憶を元にした話だけど、ほぼ合ってるだろうと俺は思う。

あの当時、ヤン率いる集団が怒りを抱いたのは格差による弊害に対して…つまり、神羅崩壊後の活動と何ら内容の変化がないものだったわけだ。

それは、彼らの活動に動きがないということじゃない。

むしろ、社会は常に彼らを蔑ろにして圧迫してきたんだ。

だから、いつまで経っても同じものに怒り、同じものの改善を求めることになってしまう。それは想像するだけでも歯痒い話だった。

俺たちは…いや、ツォンさんに悪いしここは俺といったほうが良いのかもしれないが、少なくとも俺は、神羅崩壊後にここまで落ちぶれてしまったんだと思ってる。こんなふうに俺が堕落する間、ヤンはそれでも闘志を燃やし続けてきたということなんだ。

俺は、神羅崩壊からの数年に対し、何かどうしようもない眩暈のようなものを感じた。止まらない心臓が、ズキズキと痛む。

「かつてから政治色の濃い市民団体だったこの集団は、医療団体にとってもプリズン管理局にとっても危険な存在に見えたんだろう。何年もの恨みを背負ったこの集団の信念は計り知れない」

「だから殺さずに捕獲を?…仲間の炙り出しには効果的かもしれないが…」

「そうだな。人質にするつもりだったのか、それとも何か利用法があるとでも思ったのか…そこは分からないが」

俺は、資料の中に薄っぺらく納まっているヤンの姿をまじまじと見た。

大柄な男だ。

それだけで一瞬粗野に見えるが、しかしどうやらヤンはそういう輩ではないらしい。

「警察機構のデータベースを洗っていたところ、奇跡的に神羅から譲渡された情報にぶち当たった。今は存在していない問題組織の情報が、どうでも良さそうにセキュリティもかけられずに放られていた。ヤンの組織は活動中だったためにそこに記載はなかったが、どうやら横繋がりの組織がいくつかあったらしくてな。それによると、ヤンは随分と人望のある存在だったらしい」

「人望か…さすがはリーダーだな」

ツォンさんはかちっとタバコに火を付けると、前のめりになっていた体勢を崩して、べったりと椅子に背を付けた。ダレてるツォンさんは珍しい。

「ヤンの影響で活動に目覚めた連中が多かったそうだ。不思議だな。ヤンそのものに何か特別な技術があるとか、権力があるとか、そんなことは一切ない。ヤンはただの農夫だった。――――本当の人望とは目に見えるものなんかじゃないんだろうな」

俺は静かに頷いた。

ツォンさんの言う通り、きっとそれはそうなんだろう。

俺やツォンさんは、神羅の頃からそれなりにタークスとしての訓練を受けてきたし、そういう意味ではある種のスキルをもっていたってことになる。

でも本当に大切なのはそんなことじゃなくて…。

レノを動かすほどの―――――――ヤンの中にある“何か”なんだろう。

そういうものが、最後には人を動かしていく。それは時として、身を預けるほどに。

「ヤンは…依然逃走中でしたよね」

聞くと、ツォンさんは首を縦に振った。そして、また新たな資料を俺の前に提示する。

そこには、第4エリアSランクプリズンから逃走したとされる70人の囚人たちの名前が書かれていた。俺はそれを見て、これほど多くの囚人を全て捕まえることができるのだろうかという疑問を持つ。それと同時に、その名前の羅列がやけに胸に響いた。

警察機構の俺は、ここに名を連ねた彼らを、捕まえなければならない。

でも、レノの相棒の俺は、“レノが助けた大切な人間達”を捕まえたくなんてなかった。

不思議だった。

誰かが見れば彼らは社会の悪で、誰かが見れば彼らは社会の希望。

永遠に相容れないものが何時も世の中には存在していることの空しさ…俺はそれを、感じえずにはいられなかった。

そして、思った。

俺は、レノとそんなふうになりたくない。

立場上そんなふうになってしまっている今があるとはいえ、俺はレノに対して相反する存在になんてなりたくないと思ってた。

「……」

ふと気になって目を落とした携帯のサブディスプレイには、いつもどおりの素っ気無い時間表示があるだけで、これといって新たな連絡が入った様子は無い。

「どうした?」

「あ…いえ、何でもないです」

「―――あいつは元気そうか?」

俺の目には、ツォンさんの柔らかな笑顔があった。

どうして良いか分からない。

何もかも分かってるツォンさんに、今更何を繕えば?

俺はバツが悪いまま、ええ、多分、と第三者的な言い回しをする。

思えば馬鹿らしい話だ。こんなふうに追っている相手から、実際には連絡が来ている。神羅の頃にあった逆探知の機械が残っていれば、恐らくレノの居場所など一発で分かるんだろう。残念ながらというか、幸運にもというか、現状それは出来ないことだ。

勿論、俺はそれにホッとしてる。

「ヤンの狙いは、やっぱり医療団体ですか」

俺は話題を変えるべく、ヤンの名前を出した。

咄嗟のこととはいえ、まあまあ路線を外さない質問だ。

「今のところ逃走が先だろうが、今後もしまた活動をするとなれば恐らくそこだろうな。医療制度への反発…理由としては正当だ。それを止める方がナンセンスなのかもしれない」

ヤンは、農夫から変わり例の下請け会社で働いていた…つまり正当な犠牲者。

その他、同時に捕まり、また同時に脱走した69人は、やはり同じく下請け会社の人間だったようだ。そしてそれは、そのまま市民団体とイコールになってる。仕事も精神も、共にした仲間ってわけだ。

「しかしこれだけの大捜索で1人も見つからないとはな。もしかすると、過去のようにパイプがあるのかもしれない。どこか、匿ってもらえるような…」

ツォンさんがそこまで口にした時だった。

ふと、テーブルの上にあったツォンさんの携帯がぶるぶるとその体を震わせて、俺たちの意識をそこに集中させる。

ちらっと見たサブディスプレイにはある上司の名前があった。どうやら仕事のことらしい。

ツォンさんは一瞬俺の顔を見ると、それから携帯を手にとって通話し始めた。

「はい、ツォンです。…ああ、お疲れ様です」

俺はツォンさんの声をBGMにしながら、連絡の無い携帯にもう一度目を落とす。別に、今すぐに連絡が欲しいだとか、そんなことを考えていたわけじゃない。ただ、現状この携帯しかアイツに繋がっていないんだという事実を、まざまざと突きつけられた気分になってた。

ツォンさんの声は、本当にBGMだった。

つまり俺はツォンさんの一語一句を脳内で咀嚼してるわけじゃなかった。

だから、電話を切って改めて俺に向き直ったツォンさんがそれを口にしたとき、俺は本気で驚いたんだ。

「――――――――ルード、トラブル発生だ」

『緊急ニュースです。

本日午前六時二十分ごろ、医療団体の本部施設が何者かによって爆破されました。警察機構はこれを、プリズン脱走を図った組織の犯行と見て捜査を進めています』

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