「まあ俺としてはクラウドに一票ってトコかね。分からないでもないぜ、それ」
「お前はクラウドの気持ちが分かるのか!?」
「うん、まあな。だって良く考えてみろって。俺なんかクラウドより最悪!何しろ目の前にいっつもセフィロスがいたんだぜ?それ考えると劣等感なんて有り余るくらいだっての」
「ううむ…」
本来なら喜ぶべき部分なのだろうが、その時のセフィロスにしてみればそれは相当許されない言葉だった。
何しろザックスにはクラウドの気持ちが分かるというのだ。クラウドに「セフィロスには絶対分からない」とまで宣言されたものが、目前のザックスには分かるというのである。これは明らかに許せない。
そんな心情を抱えていたセフィロスを見遣りながら、ザックスは少し笑ってこんな事を言った。
「多分さ、セフィロスにクラウドの気持ちを解れって言ったってそりゃやっぱ無理なんじゃねーか?ただセフィロスの気持ち解れっていうのも、多分クラウドにはムリだと思うけど」
「では、どうすればクラウドの気持ちが分かるようになるというのだ」
つまるところそれが問題だ、といわんばかりにセフィロスはそんなふうに切り替えす。セフィロスにとって大事なのは、クラウドに否定された事実を挽回することである。つまりそれは、クラウドと同じように”劣等感を覚える”ということだった。
それほど大きな劣等感を覚えた記憶のないセフィロスが、それを手に入れるには……。
「簡単じゃねえの?」
悩むセフィロスに、ザックスは一言そう告げる。
「簡単?どこが」
「だって劣等感ってさ、他人に出来て自分に出来ないとき感じたりするわけじゃん?ってことは…」
「ってことは?」
頭上にハテナマークを浮かべるセフィロスに向かって笑みを浮かべたザックスは、とても親切なことに答えを導いてくれた。
「今がそれでしょ?」
「今?」
「そうそう。クラウドの気持ち、俺に分かってセフィロスには分からないって事にジレンマあんだろ?何で自分には解らないのかって事が許せないわけだろ。それも劣等感と同じようなもんさ。だからセフィロスにもそういうトコあんじゃない?」
「……」
そう言われて素直に「そうか」と言えるはずもなく、セフィロスは口を噤む。
例えばザックスが言ったようにそれがセフィロスにとっての劣等感だったとしても、じゃあクラウドの気持ちが分かるかといえばそうではないような気がする。クラウドの持つ劣等感とセフィロスの持つ劣等感は、明らかに種の違うものなのだ。
だから結局、セフィロスが質問した「どうすればクラウドの気持ちを理解できるか」というものに対する答えは、見えてはこなかった。
しかし。
「で、どうすればクラウドの気持ちが分かるのかって話だけどさ…」
ザックスはそう言うと、ポリポリと頭を掻いてこんな事を言い出した。
「さっきも言ったけど、それって無理だと思うんだわ。だから何ていうか…分からなくても良いんじゃないかって思うんだけど」
「解らなくても良いだと?しかしそれでは意味が無いではないか」
「いやさ…何ていうか。そういうのって仕方無いもんじゃん、劣等感とかってのはさ。それはクラウドの問題だから、クラウドがそういうの感じないようになるしか無いんじゃないかね」
俺はそう思うけど、そんなふうに言ったザックスは、まだ悩んでいそうなセフィロスを見遣って腕などを組む。
いつもだったら確実にセフィロスがその立場であるのに、今日はまるで反転しているかのような感じである。
「なるほど…」
仕方なくそう返したものの、セフィロスにとってそれはちっとも解決にはなっていなかった。相談だけして答えが出ないまま終わるといった調子で、何だかいまいちしっくり来ない。
それでもその場はそれで済ますと、セフィロスはザックスへの言葉を閉じた。
何だかなあ…そんなふうに思っていたクラウドは、ある日同僚兵士にこんなことを聞かれた。それは同僚兵士の立場からしてみれば当然の疑問だったが、当のクラウドにとっては何でそんなことを聞いてくるのかというほどのことだった。
「なあ、クラウド。お前さあ、セフィロスと仲が良いんだって本当かよ?」
「え?あー…うん、まあ」
仲が良いって言うのかな?、そう思いながらもクラウドはそう返答する。
「どういうふうに仲良くなったんだよ」
「どういう、って…ええと、何だろう。何だかいつの間にか仲良くなってたんだよね」
「いつの間にかぁ!?そんなん有るのか?」
有り得ないと大騒ぎしている同僚兵士に、クラウドは小さく首を傾げた。一体なんでそんなに大騒ぎしているのか、クラウドにはさっぱり分からなかったからである。
確かにセフィロスと仲良くなるというのは、クラウドと同等の立場の兵士からしてみれば嘘のような話である。何せセフィロスは雲の上の存在なのだ。
しかしすっかり恋人同士となっていたクラウドにとっては、最早そんなことを考える機会などなかった。
どういうふうにして仲良くなったか、なんていう事も今や思い出すに至らない。何しろ一緒にいるのが当然だったのだから。
「良いよなあ、クラウドはさあ」
そんなふうに言うものだからクラウドは思わず「何が?」などと聞いてしまう。しかしそう聞いてから後悔した。
何がだなんて、そんなの決まっている。セフィロスとそんな仲になれたことを言っているのだ。
しかしクラウドにとってみれば、目前の同僚兵士が自分よりも明らかにレベルアップした人物だというほうが余程大きかった。何しろ彼は、つい最近ある任務を与えられたばかりなのだ。それは彼の能力を神羅が認めたということである。
だからクラウドは、その彼が自分に対して「良いよなあ」などと言うほうが余程変な気がしてならなかった。どう考えたって、クラウドが彼に対して「良いよなあ」と言う方がしっくり来る。
しかしその同僚兵士はこんなふうに言った。
「俺、一回でも良いからセフィロスと話してみたいんだよなあ。でも会えもしないしさ、任務なんか入っちゃったし…はあ、俺ってつまんねえ」
「つまんない?でも任務つけたんだし…願いは叶ったんでしょ?」
クラウドの言葉に、彼は溜息を一つつき、こんなふうに返答する。
「そうだけどさあ…俺、ソルジャーになってセフィロスと一緒に任務するの夢なんだよ。でも、折角就いた任務だってただの警護だから、セフィロスにお眼にかかる機会なんかこれっぽっちもないよ。これじゃあセフィロスと任務なんて夢のまた夢だよ」
「そ…っか」
あまりにセフィロスセフィロスというものだから、いつもセフィロスと接しているクラウドは何となく「悪いな」という気分になってしまった。
けれど、あまりにも彼が「お前は良いよなあ」と言うものだから、最終的にクラウドは少しだけ自分を誇れるような気がしたものである。
別に自慢しようというわけじゃないけれど、自分はセフィロスと難なく会話ができる。それどころか、セフィロスという人の心をも知っている。
それはクラウドにとって普通のことに他ならなかったけれど、目前の彼にしてみれば雲の上の夢でしかないのだ。
それを悟った瞬間、クラウドはここ最近感じていた劣等感がどこか晴れていくような気がした。
ずっと、思っていた。
自分だけが遅れて、皆が皆、前に進んでいるのだと。
皆との差はどんどん広がって…やがていつかは埋められない溝みたいに深く、近付きたくても近づけない磁石の同極みたいになってしまうのだろうと。
けれど、どうやら自分は進んでいたらしい。
それは目前の彼とは違うフィールドの話で、自分にとってはなかなか実感の沸かないものだったけれど、確かに歩いているのだ。
兵士としてのフィールドではやはり劣等感は拭い去れないし、実際何の地位も築いていないことは確かである。
でも、彼が頑張って歩いてきたその時間、クラウドも確かに歩いていた。歩いて、手にしたものがあったのである。
それは多分――――何よりも難しくて大切なもの。
大多数に認められる地位よりも、もっともっと難しいもの。
それは、たった一人の心を掴むということ。
翌日、クラウドは自らセフィロスに会いに出かけた。
セフィロスの方は未だにいつかのクラウドの言葉に悶々としたまま解決できていなかったので、そんなふうにクラウドがやってきて少々面食らったらしい。
それが証拠に、クラウドの方から会いにくるなんてどう考えても喜ばしいことなのに、どうした?、なんて聞いてくる。
「セフィロス、前言撤回しても良い?」
「どういう意味だ?」
前言とはどの前言だ、というふうに首を傾げたセフィロスに、クラウドは少し自信を持ったような笑みを見せて、こう言う。
「やっぱ俺も進んでたみたいだ。何もやってないわけじゃなかった」
クラウドのその言葉は、実際にそれがどれを指しているのかというところまでセフィロスに伝えることはなかった。
それでも、セフィロスは何となく理解する。
ああ、きっとあの劣等感から解放されたのだろう、と。
だからセフィロスは、そうか、と答えて少し笑った。
「でもね、セフィロス。皆もやっぱ進んでるんだ。俺はまだまだ頑張らなくちゃいけないみたいだ」
「そうか…そうだな」
「だから、頑張るためにも―――セフィロスの側にいても良い?」
クラウドはそんなふうに言うと、セフィロスの答えを待った。
セフィロスは黙ってクラウドを見詰めていたが、その答えなどはもうとうに決まっている。
側にいても良いかどうか?
ここ数日の悩みから言えば、それはセフィロスが感じている気持ちでもあった。
クラウドの気持ちが分かるかどうか、今までの時間に意味があるかどうか、それらの事を考え出すと、そう問いたいのはセフィロスとて同じなのだ。
「俺もお前に同じ言葉を返そう」
結局セフィロスはそんな言葉を口にする。
お互い、答えは口にしなかった。何故なら答えなど口に出さずとも決まっていたから。
今迄積み重ねた時間の中に、答えはある。
これから積み重ねるだろう時間の中に、答えはある。
どんなフィールドだって、一歩進めば道は出来ていく。
もう一歩進めば、一歩分の何かを得ていく。
そうやって、一歩一歩、進んだ道は嘘じゃない。
ただ、その一歩の間に心に灯った思いがちょっとばかり違うだけ。
クラウドは、何にも変えがたい大切なものを、もっともっと実感する為に、一歩。
セフィロスは、その隣にいる人の気持ちを汲めるようにと、一歩。
それは口に出さなくても、同じ道を歩く一歩だった。
END