■SWEET~SERIOUS●SHORT
人を好きになることは、どうしてこんなに不安なんだろう。
まったりした初夏の夜、おれはセフィロスの隣でテレビの画面を見つめていた。けど、内容はちっとも頭に入ってない。
それなのに、あるときキャスターがいったある言葉はやけに耳にこびりついた。
『この離島では、野性的な生活を送るという趣旨でパックツアーが組まれており、大変人気をよんでいます』
ああ、これ知ってる。
さいきん話題の、離島のリゾートだ。
リゾートっていっても新感覚をウリにしてて、そこでの時間はリッチなわけじゃなくひたすら野性的。協力しあいながら、火を起こすところからはじめなきゃいけないんだっていう。キャンプの本格版みたいなもんだ。
「まったく、くだらないな。こんなことまでして金儲けか」
俺の隣でセフィロスがためいきをつく。
俺はちょっとセフィロスを見て、離島にいる俺達を想像してみた。うん、悪くない。
「いいじゃん、楽しそうだよ。俺、セフィロスとだったら行ってみたいな」
「勘弁してくれ。こんなところに行っても何もない」
「だからいんだよ!だって、二人きりでいられるんだよ?」
俺はちょっと、ワクワクしてきて、弾んだ声でそう言った。まるで旅行をねだってるみたいな気分だ。
もちろん、あんな離島リゾートにはいけるはずがない。それはわかってる。
けど俺は、セフィロスと二人きりだったらさぞ楽しいだろうなって思ってたんだ。
「二人きりか。それはますます不安だな」
「なんで?」
「例えばだ、事故でも起こって俺が死んだら、お前はあんなところで一人きりなんだぞ」
「そんなこと起こらないよ!管理会社の人がいるだろうし、大体そんな例は聞いたことないもん」
「聞いたことがないから100%安全とはいえないだろう」
セフィロスはおもむろにリモコンを手にしてテレビの電源を消すと、俺の隣から立ち上がった。だから俺は焦って、思わず一緒に立ち上がってしまう。
何でだろう、急に不安になる。
怒ったのかな?
「セフィロス、どこいくの?」
俺が不安になってそう聞くと、セフィロスは不思議そうな顔をして、用を足しにいくだけだが?、と言った。だから俺はホッとして、またソファーに腰をおろす。
いったい何を不安に思っていたんだろう。
トイレから帰ってきたセフィロスはまた俺の隣に腰掛けると、さっきの会話の続きを口にした。
「あの離島に行くにはパックツアーに申し込まなくてはいけないんだぞ。つまり二人きりにはなれない」
「こっそり二人きりになれば良いだろ?」
「二人きり…お前はきっと年がら年中俺にくっついてくるつもりだろう。俺はそんなリゾートに出向いてさえも休めない。分かるか?」
「…それって、俺がいたら面倒だってこと?俺がいないほうが楽だって言いたいわけ?」
「まあ、そうだ」
呆気なく肯定されて、俺はなんだか惨めな気分になった。
俺はセフィロスが好きなのに、セフィロスはまるで俺を好きじゃないみたいだ。こうして一緒にいてくれるけど、まるで気持ちは別のところにあるみたい。
そんなの嫌だよ。
ちゃんとこっちを見て、ちゃんと想ってよ。
そう思ったけど、俺はそれを口に出せなかった。
理由は、分かってる。
だって俺は、セフィロスが俺を好きだってことを”知ってる”から。
”知ってる”から、本当は疑う必要なんかないんだ。だけどセフィロスの言動の節々に俺は不安と不満を募らせて、一人で不機嫌になってく。
”知ってる”のに”信じられない”のはなんでなんだろう?
人を好きになることは、どうしてこんなに不安なんだろう?
「…セフィロスが嫌がっても、俺はセフィロスと二人きりでいたいな」
「我侭だな」
「分かってる。でも、できるなら、あの離島に閉じ込めたいよ。俺以外の何にも興味がいかないように」
俺がそんなことを言うと、セフィロスはふっと笑った。そうして、そんなことをしたらノイローゼになるな、なんて言う。
俺は黙っていたけど、それならそれでも良いとさえ思った。
ノイローゼになって、他の誰のことも分からなくなるなら、俺だけが傍にいられると思ったから。そんなことを考えている俺は、セフィロスの気持ちじゃなくて、もう、セフィロスの存在そのものが欲しいと思ってたんだ。
例えその体から思考がなくなっても、その体すらなくなっても、俺はセフィロスという存在そのものを手にいれたい。
だけど、存在そのものって一体なんなんだろう?
俺はセフィロスが好きすぎて、だんだんとワケが分からなくなる。
もしかすると、完璧に相手を手にいれる頃、それはもう既にその人ではないのかもしれない。
この、いつまで経っても完璧に手に入らないもどかしさ。
この、いつまで経っても思い通りにならないもどかしさ。
そして、不安。
「クラウド、お前は今なにか不安だか不満だかなんだろうがな、言っておくがそれは俺のせいじゃない。お前のせいだ」
「俺のせい…?」
「仮に離島に俺を閉じ込めたとしても、俺が何か別のものを見、何か別のものを考えるとすれば、お前はやっぱり不満に思うんだろう?どこまでいってもキリがない」
確かにそうだと思った。
離島に二人きりでいたって、もしセフィロスが別の誰かを賞賛すれば、俺はたちまちムッとしてしまうんだろう。
「…どうしたらセフィロスを完璧に手に入れられるのかな?」
俺は、よりにもよってセフィロスにそれを聞いた。
別に、答えなんて望んでなかった。きっと、呆れたふうにされるんだろうと思ってた。だけどセフィロスは意外な言葉を口にして俺を驚かせた。
「俺も、同じことを考えていた」
「え?」
「でも答えは見つからなかった。見つからないから、不安に思いながらもこうして一緒にいるんじゃないか?」
ああ―――そうか。
俺たちは欲して欲して欲して、だけど完璧には手に入らないもどかしさへの不安を胸に抱きながら、いつもこうして一緒にいたんだ。
だったら俺は、ずっとセフィロスと一緒にいられるね。だってこんなにも不安なんだから。俺たちはきっと、答えを一生探し続けていくんだろう。
「セフィロス。俺、なんだかちょっと安心したよ」
「そうか。不安と安心は表裏だと知っていたか?」
俺はちょっと笑った。全くその通りだと思った。
人を好きになることは、どういうわけかこんなにも不安だ。
だけど、時々、ホッとする。
END