皮膚の下(3)【セフィクラ】

セフィクラ

 

俺は臆病になっていく自分を感じてた。

セックスがしたいと思ってもそれを口に出すことが恐くなった。

もしTPOを間違えてセフィロスが嫌悪感を抱いたら、俺は皮膚を失ってしまう。呼吸ができない。

そう思うと恐くてお願いすらできなくて、セフィロスがそうしたいと思うときにしかセックスができなくなっていった。

今や俺はバランスを失った案山子みたいなもんだなって思う。

部屋のベッドでシーツを絡ませて身体を重ねる。

それは暖かくて幸せで、回数も減ってしまったものだから何だか凄く嬉しい時だった。

俺は前みたいにセフィロスに、こうして欲しいだとかそういう要求も言えなくなっていたけど、それでもセフィロスは俺の感じる所をこまめに攻めてくれた。

大好きだよ。

大好きだよ、セフィロス。

「クラウド…」

そう囁かれるとゾクッとして気持ちよくて、俺はセフィロスの背中にしがみつく。

今までの俺は誘いをかけてきたから、そういう感覚ってあまり無かった。セフィロスのことが大切で大好きでもセックスは別物…つまり皮膚が目的だったから。

だから今は皮膚が欲しいと思うのと、セフィロスへの気持ちが完璧にリンクした感じがする。

「セフィ…ロスっ」

俺は前みたく、入れようなんて言えなくて、セフィロスが自然にそうしてくれるのを待ってた。セフィロスはそういうふうに変わった俺を少し不思議に思っていたみたいだったけど、特に何も言わずに事を運んだ。

すっとアソコにくる感覚。

「あ…あ」

そうだ―――――それでも俺は。

それでも俺はやっぱり思うんだ。

前みたいな感覚でなくなった今でもやっぱり、セフィロスのアレの先端を感じた時に、思う。この皮膚を知らなければ良かったって…そう思う。

今はもうザックスを誘うこともないし、だから寂しいとかそんな言葉で依存することはないけれど、それでもこの皮膚を最初から知らなければ、今までの全ての経緯すら無くて済んだんだ。

もしもこの体がセフィロスの皮膚を知らなかったら、きっと俺はもっと楽だったんだ。

もう卑しくセフィロスを計ることはないけど、きっと俺は、こんなにセフィロスに対して臆病になることもなかっただろう。

知ってしまったから依存してた。

知ってしまったから寂しかった。

知ってしまったから失った。

知ってしまったから、それらのことが起こって、そして俺は…臆病になった。

だって今この唯一の皮膚を失ったら俺は―――――呼吸すらできないんだ。

セフィロスの皮膚が無ければ、セフィロスすらも失ってしまう気がする。

皮膚への欲求とセフィロスへの気持ちが完璧にリンクした今は、それはイコールの関係で、だから俺はセフィロスという人を失わない為にこの皮膚を重ねるかのような気にもなってる。

いや、皮膚を介して…その皮膚の下を、重ねてるんだ。

俺は気が遠くなりそうな時間の中、ぼうっとそんなことを描いてた。それは勿論セフィロスに伝わることはなかったけど。

その内、どくどくとアソコの奥に流れを感じた。

それを感じて、ああ、セフィロスはイったんだって何となく確認なんかして…それから俺はセフィロスの出方を伺った。臆病な俺は、それ以上の後戯も要求できなかったから。

セフィロスは少し風にあたるようにベットの隅で息をついた後、まだ仰向けで寝転がったままの俺の隣にやってきて、俺と同じように横になった。

そして俺の頬に手を当てながら何か言いたそうにこっちを見てた。

「…ありがと」

俺がその視線にそんなふうに言うと、セフィロスは首を傾げながら、何故礼を述べるのかということを聞いてきた。

だから俺は素直に答える。

「セックスしてくれたから」

何でもなしに素直な答えを口にしたつもりだったのに、セフィロスはその回答が気に食わないように眉根を寄せた。

「してくれたから、とはどういう意味だ」

「ん。言葉通りだよ」

「仕事なら終わった。それにこれは一般的なことだ。俺たちの関係で言えば尚更だ。それを何故そう、他人行儀に礼など言う?」

そう言われても俺は何とも言えなかった。

俺はとにかく臆病で、それからセフィロスを失いたくなくて恐くて、だからセフィロスの方からリアクションを出してくれることがとても救いだった。

でもそれをそのまま伝える?―――――分かって貰えない、きっと。

俺がそう思って沈黙していると、セフィロスは俺から顔を背けて仰向けになって続きを口にした。

「お前は最近、俺を誘ったりしないな」

一瞬、どきりとする。

「あ…うん。何か、悪いと思って」

良く分からない仮の理由をつけてそう言うと、セフィロスは「何が」というふうに質問する。何がといわれても嘘に理由など付けられるはずない。

だって俺は単に余裕が無くなって唯一のものが無くなってしまうのを恐れて臆病になっただけだ。

「何かあったのか?」

そう聞かれて、俺はぽつりと呟いた。

「…大切なものを一つ、失ったんだ」

自分で言っていて、俺は頭がおかしくなったんじゃないかって思った。

だってそうだろう。俺はザックスのことを指してそう言ってるんだ。よりにもよってセフィロスに。こんな馬鹿なことって無い。

「大切なもの、か。それで?それがこれとどう関係がある?」

「ん…何ていうか。大切なものを失って、もう…そういうふうになりたくないって思って、何だかセフィロスに対して…何ていうか、何かが…恐くなったような」

「恐い?」

うん、俺はそう頷いてセフィロスと反対の方向に顔を逸らした。

俺は何を言ってるんだろう、相手はセフィロスだってのに。

こんなこと、セフィロスに言っても仕方ないし、大体酷いことだ。よりにもよって…唯一失いたくない人の前で、こんな話。

「…それはつまり、このままでは俺を失うと思い恐くなった、と解釈して良いんだな」

「…うん」

やけに的確な回答で、何だか胸がムズムズする。そんなに核心に触れないで欲しい。でもきっとセフィロスはこんな俺の態度ですら不思議なんだろう。

だから俺は、こう言葉を告げた。

「セフィロス。俺…俺さ、臆病になったって思うんだ」

横目で床を見つめながら、俺は何かに操られたかのように言葉を口に出す。

「俺、セックスの時思うことがあってさ。必ず思うのは、セフィロスの肌とか…知らなきゃ良かったなって事なんだ。知らなかったら俺はきっと、欲しいとか思わずに済んだだろうし、こういうふうに恐くなることもなかったって思う。こういうの…変、だよね」

何だか良く分からないうちに俺の口はそれを言っていて、後から頭の中でその言葉が繰り返されていた。

それは俺がずっと思ってきたことだけど、セフィロスには言ったことがないことで、果たしてセフィロスがそれをどこまで真面目に解釈してくれるかは分からない。

馬鹿らしいって思うかもしれない。

でも。

「そう思うのは、肌を感知することを大切に思っている証拠だろう」

―――――セフィロスの回答は、凄く真面目だった。

俺はといえば、セフィロスがそんなふうに答えたことに驚いていた。

「肌を感じれば誰でもそう思うんじゃないか。でも失うのが恐いと思うのは多分、肌自体じゃないはずだ。お前が欲しいと願う本当のものは、肌の下にある…そうだな、つまり“心”だろう」

「こ…心」

俺の価値観の中では、それはいつも皮膚だった。皮膚が欲しいと願ってそうしてきた。

勿論寂しさの原因について考え込むとき、自ずと出てきたのは皮膚の下で、それはセフィロスが言う言葉とそう相違ないように思う。

「セックスの間、まるで心が共にあるかのような気がする。お前はそれが大切だと思い、それを失うのが恐いというのだろうな。だが心は得てして全て手に入れられないものだ。だから代わりにセックスでの埋め合わせが必要になる。刹那的な心の独占だ」

「…それは、その。悪いことかな」

何だか圧倒的な意見を受けて、俺は少し戸惑ってしまった。それが正しいかどうかはともかく、それについてそこまで述べるセフィロスが不思議だった。

「悪いことではないだろう。…それが唯一のものであれば、誰でも失いたくないと思うのが当然だ」

「そう…」

俺はそう返事をしながら、何だか変なものが心の中で渦巻くのを感じていた。

セフィロスは皮膚の下を心を言い、それから、俺がそれを大切にしてるって言う。皮膚の下は手に入らないから、その代わりに皮膚が必要だって言う。

だけどそれじゃあ…俺が今迄ザックスに求めてたものやかつてセフィロスに求めてたものは心で、だけど手に入らないからセックスの誘いをかけていたって事になる。

でもそれを正しいってしてしまうと、尚更俺のやっていたことが最悪なんだって思い知らされるんだ。だって俺は、二人の心を同時に欲しがったって事になるんだ。

そんなの、許されないんだろう。

皮膚が欲しいから、そう言っていた方がまだ自分では納得がいく。

「性欲の為に単純にセックスを求めることもあるがな。そういう場合は心などどうでも良い。簡単だ」

「何だよ。じゃあどっちが正しいの?」

「さあな。もしも欲しい肌が唯一のものならば、前者ではないか?」

「…そうか」

そう言って一旦会話が切れると、セフィロスはふっと目を閉じてシーツを引き上げた。それをそっと見遣りながら、俺は何だか変な感じがしていた。

セフィロスとこんな話をするなんて。

でも――――――セフィロスはどう思ってるんだろう?

俺のことは俺自身分かっているつもりではあるけど、セフィロスの言葉を聞いていると何だかぐちゃぐちゃになってくる。そうして俺を混乱させるセフィロス自身は、一体どう思っているんだろう。

俺は唯一のもの?それとも…性欲?

でもそれを聞くのはあんまりにも馬鹿らしかった。

こういう関係でいること、それが既に前者だってことを裏付けてるわけで、もしも本心が違ったとしても表面的や世間的には絶対に前者なんだ。それを此処でとやかく聞くのは何だかやっぱり変で。

セフィロスはその後も暫く目を閉じていたけど、その内俺がうとうとし始めたときにふっと思い出したように会話の続きを始めた。

「唯一のものが失われるかもしれないとなれば、誰でも臆病になるものだ」

俺はうとうとしていたけれど、何とか頑張って、

「うん」

そう答えた。

「肌の下にあるものを失いたくなくて、臆病になる。本当は肌などどうでも良い」

「うん…」

俺は睡魔と闘いながら必死にセフィロスの声を拾っていた。

それでもやがて限界に来た時、何だか途切れそうな意識の中で、こんなふうな言葉が聞こえた。

まるで幻聴かのような言葉。

「俺も、お前も…ザックスもな」

―――――ああ…セフィロス。

気付いてたんだね。

もうずっと。

 

 

俺は眠りに落ちる最後の時に、そっとこう口にしていた。

ありがとう、と。

 

 

END

 

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