04:視線の先
翌日。
ある戦いの最中、ティファの視線はすっとヴィンセントに向けられた。
ティファは、今しがたクラウドが受けた傷が、集中力の欠如からきているものだと判断したらしい。彼女の目は、その理由をヴィンセントに求めているようだった。
ケアルをかけながら、ヴィンセントはクラウドの方を見遣る。
視線が、ぶつかった。
戦闘が終わったあと、ティファは適当な建物の裏にヴィンセントを誘い、核心に触れる言葉を吐き出した。
それを受けたヴィンセントが、内心嘆息したのは言うまでもない。
「ねえ、あの後…クラウドの様子、見てくれたんでしょ?」
その言葉に、取り敢えずは頷く。
事実クラウドを尾行したのだから、それは嘘ではない。
「どうだった?」
「それは…」
端的にそう聞かれ、ヴィンセントは言葉に詰まった。
どうだった、と聴かれて、その通りの事を答えられるはずも無い。
特別な事情は無いともとれる状況だったし、そのままを伝えても生々しい現実を突きつけるだけになってしまう。
ヴィンセントは迷った末に、仕方なくこう答えた。
「まだ分からない。もう少し調べてみようと思っている。だから、今は気にするな」
「でも…」
まだ何か言おうとするティファを横目にヴィンセントは、
「さあ、もう行こう」
そう言って半強制的にその話題を切り上げたのだった。
あの衝撃的な夜以降、ヴィンセントは日中のクラウドにも目を向けていた。
今まで注視したことは無かったが、あの日見たクラウドを考えるとどうしても納得がいかず、無意識に視線が向いてしまう。
その視線に気付くのか、クラウドと良く目が合うようになった。
ぶつかった視線は、大概すぐ逸らされる。
それは普通の事だろうとヴィンセントは思っていたが、どういうわけかおかしな事が起こり始めていた。
そう、あるときを境に、視線を”受ける”ようになったのである。
ふと振り返るとクラウドの視線がこちらに向けられており、それはヴィンセントのように目的ありきの視線ではなく、どこか怯えているような、救いを求めているような視線だった。
だからなのか、それが妙に気になる。
それでも視線はすぐに反らされ、その後は普通の表情に戻っているのが常だった。
一体どういう理由でそういう表情を見せるのだろう―――――そんな疑問がヴィンセントの脳裏に蓄積される。
あの日、あの酒場まで尾行したことをクラウドは知らないはずだ。
だとすればそれ以外に理由があるのだろうが、まるで想像がつかない。
ともかくその様子から考えると、やはりクラウドという人間が一致しなかった。昼の怯えたような表情、夜の快楽におぼれた表情。同一人物とは思えないほどかけ離れている。
一体、なぜなのか?
そう思うと、ヴィンセントは確認せずにはいられなくなった。
その日の夕方、ヴィンセントは二人きりになろうとクラウドを呼び出した。
それは夕食時のことで、仲間はすでに食卓についている。先に食べていてくれと伝えたから、もう食事中だろう。
そんな状況にもかかわらず、クラウドは几帳面にヴィンセントの呼び出しに応じた。
その対応にはホッとしたものの、やはりクラウドの表情は暗いままである。しかしそれが最早“いつもの事”で済まされるくらい普通になっていたのは、実際良くない事実だったろう。
「話って?」
人のいない場所に移動すると、クラウドはそう口にした。特に訝しげな表情ではない。
ヴィンセントがそれを確認したあと、一呼吸おいたあとに切り出した。
「クラウド、お前に聞きたい事があるんだ」
「…え?」
ヴィンセントの言葉に、クラウドは怯えたような表情を浮かべる。それは、視線があった時に見せるあの表情と同じものだった。
一体何に怯えているのか、ヴィンセントには見当がつかない。
「お前、私と目が合うと…どうしてそんな表情になるんだ?」
本当に聞きたい事はそれでは無かったが、その時はついそんな事が口をついた。
あまりにも妙な気分になるからだろうか、とにかくそれは気になる点の一つでもある。
ヴィンセントのその問いに、クラウドは何か答えようと中途半端に口を開けた。がしかし、なぜかそれに続く言葉が無い。
「どうした、クラウド。黙っていては分からないだろう」
そう催促され、クラウドは答えではなくこんな事を口にした。
「……俺、変だと思うか?」
「なに?」
「俺の事、変だって思ってるんだろ?」
「…クラウド?」
一体クラウドは何を言っている?
言葉の意味を計りかねて、ヴィンセントは不可解な気分になる。
もしクラウドの問いにそのものずばり答えるなら、それは肯定になってしまうだろう。確かにクラウドの態度はどこかおかしい。
しかしそんな単純な事情には思えなくて、ヴィンセントはそれに答えなかった。
そんなヴィンセントの様子を覗っていたクラウドは、何とも言えない表情をうかべてポツリと呟く。
「どうしたら楽になれるんだろう…」
それは、小さく空気に溶けてしまいそうな声だった。
あまりに弱々しくて、いくらクラウドが常日頃から自信のなさを露呈していようとも、やはりそれも彼らしいとは思えない。
「一体どうしたんだ、クラウド?」
なんとなく気がかりで、そう聞きながらクラウドの腕を取る。
が、それは瞬時にして振り払われてしまった。
そうするクラウドの動きは素早く、まるでヴィンセントを拒否しているかのようである。
「なぜそんな態度をとる?」
「あ……っ、ごめん…」
クラウドははっと我に返ったようになると、バツが悪そうに謝った。
しかし、クラウドは後ろめたそうな様子で謝るだけで、その理由を答えようとはしなかった。つまり答えるつもりがないのだろう。
まさか―――――クラウドは気付いているのだろうか?
ヴィンセントがあの夜に尾行したことを?
いや、そうじゃなくとも、自分の夜の行動が誰かに知られている、ということに気づいているのかもしれない。
しかしそうだとしても、クラウドがそうしたいのならば別段ヴィンセントが口出しできるものではない。こんな状況なのにと性的な行為を制裁するつもりは一切無い。だからクラウドは堂々としていればいいのだ。
しかし、そうじゃない。
クラウドは後ろめたそうな顔をする。
怯えたような、救いを求めるような表情をうかべる。
それは一体なぜなのか―――――?
「ごめん。もう…戻ろう」
結局クラウドがそう口にするまで、何の言葉も無く時間は流れてしまった。
答えは、分からないままだった。