Frail Cage(5)【ヴィンクラ】

*Frail Cage

05:誘惑の瞳

  

 

また、夜がやってきた。

 

その夜ヴィンセントは、再度クラウドを追いかけるために宿の外で待機していた。

昼のクラウドに事情を説明して貰えないなら、夜のクラウドに聞くしか無い。直接聞く事になるが、それも仕方無いだろう。とはいえ、ちゃんとした答えをくれるかどうかは分からない。

それは賭けだった。

ギイイ…という音をたてて宿のドアが開いたのは、ヴィンセントがそんなことを考え終えた頃のことである。

見慣れた金髪が、ふらりと夜の闇に溶け込む。

その横顔は、いつも見ているものとどこか違った雰囲気がある。

強い意志が感じられるのに、どこか不安定な感覚―――――この違和感は何だろうか?

とにかく、昼間に見せる顔とは全く違う。それだけは確かだった。

宿を出たクラウドは、そのまま真っすぐと歩を進めていく。ヴィンセントは一定の距離をおいた後、静かにその後ろ姿についていった。

 

 

 

数分後、ヴィンセントの視界にあったのは見知った場所だった。それは、以前の尾行の際に、クラウドが男と顔を合わせた場所である。

今夜もそこには何人かの人間がたむろっており、物陰に座り込む者もいれば、煙草をふかしながら壁に背をつけている者もいた。

クラウドはその近くに座り込むと、視線をそっと地面に落としたりする。

一体何を思っているのだろうか?

憂い顔のクラウドは、自分の前を通り過ぎていく足に逐一反応を見せる。まるで誰かを待っているかのように。

通行人を見上げる顔は、何だか妙に艶っぽい。

その眼は、何かを訴えるかのように相手を捉えている。

その様子を見て、ヴィンセントはふとあることを思い出した。それは…そう、今まで何度となく合った視線。

ヴィンセントと視線が合うとき、クラウドはどこか怯えているような目をしていた。

しかし、先日あの店の地下で見たあの表情はどうだったろうか?

目にしてしまったあのモニタ画面の中で、たしか男はこう言っていたはずである。

“アンタの目は、どう見たって誘ってる目だったし、なあ?”

その言葉を耳にしたとき、ヴィンセントがそれは扇動や陵辱的な意味合いを持って放たれたものだと感考えていた。

しかし、どうやらその言葉はあながち嘘では無かったらしい。

だって、いま視界の中にいるクラウドのあの目は、一体なんだ?

あれは―――――誘惑の目だ。

正直にいえば、そんなふうにクラウドのことをを見るのは嫌だった。しかし、クラウドの行動や仕草がそれを裏切っている。どんなに理性的に考えようとしても無理があるだろう。

 

女の足が、ふとクラウドの前で止まる。

そして細い手が、クラウドの頬をそっと撫でた。

操られるように立ち上がったクラウドは、女の腰に手を添える。

そして、足が動き出す。

―――――やはりクラウドは、あの時と同じように笑っていた。

 

「……どうやら動き出したらしいな」

ヴィンセントはそう呟くと、クラウドの姿を見つめながら頭を回転させた。

今やるべきことは一つ、とにかくクラウドを止めることだ。

幸いまだ色気のある行為には及んでいないのだから、ヴィンセントが行動をおこすなら今しかない。先日のように個室などに入られてしまってはなす術がなくなってしまう。

ヴィンセントはクラウドの様子を冷静に見ながら、行動するタイミングを見計らった。

どうやらクラウドはまたどこかの酒場に入ろうとしているらしい。前回とは違う酒場である。その行動からして、この一帯の酒場は全部そういった機能を果たしていることがわかる。

やがて、クラウドはある酒場の前で立ち止まり、そのドアに手をかけた。

開いたドアの間から、まばゆい光が漏れる。

―――――今だ!

ヴィンセントは素早くクラウドの前に躍り出ると、絡み付いていた女の腕を引き離した。それは一瞬の出来事だったが、力の限りに振り払ったせいか女はすぐに体勢をくずした。

「ちょ…何するのよ!」

叫ぶ女から視線をはずしたヴィンセントは、とっさにクラウドの腕を掴んで引きずろうとする。が、さすがにこちらは簡単にはいかないらしい。

目の前には、驚きの表情とともに必死に抗おうとするクラウドの姿がある。

まあそれも無理はないだろうか。なにしろクラウドは、まさかヴィンセントが現れるなどとは夢にも思っていなかったはずである。

「…くそっ!」

ヴィンセントが視線で制裁を加えると、クラウドは酷く怒りを露にした顔つきになった。そんな表情は今迄一度として見たことが無く、ヴィンセントはそれにどこか違和感を覚える。

が、今はそんなことに気を取られている場合では無い。

ヴィンセントはクラウドの腕を強引に引っ張ると、意識を失わない程度に最大限の力で腹部を殴りこんだ。

「うっ…!」

そう漏らしながら倒れこむクラウドを抱きとめながら、ヴィンセントは女にこう告げる。それは抑揚の無い感情の読めない声音だった。

「悪いな。先約がある」

 

 

 

仲間のいる宿からは離れていたほうが落ち着くだろう。

そう考えたヴィンセントは、クラウドの身体を抱えたまま町外れまで足を運んだ。

ヴィンセントの腕によって動きを制御されたクラウドは、それまでのあいだ何度となく暴れたものである。そのつどヴィンセントは「もう少しで下ろしてやる」とだけ告げて、腕の力を一向にゆるめなかった。

仲間たちの居場所から遠く、ひと気のない場所。

そこに辿り着いてようやくクラウドを解放したヴィンセントは、クラウドが逃げないことを確認してから、さっそくこう切り出す。

「さあ、説明してもらおうか」

「………」

クラウドの返答はない。

その目はただ、ヴィンセントのことを睨み付けている。

「怒っているのか?」

「…ふざけるな」

「何をそこまで怒る必要がある?そこまであの女とセックスしたかったのか?」

「……」

黙り込んだクラウドに、ヴィンセントは追い討ちをかけるように本来の疑問を突きつけた。

本当ならばもっと穏便に話を進めたいところだが、そういう訳にもいなかい。クラウドの性格がこうコロコロと変化していては、早めに進めるほうがリスクが低いだろう。

「お前は毎晩どうしてそんなふうになる?それは単なる欲求か?もしかすると……ほかに理由があるのか?」

その言葉を聞いたクラウドは、真っすぐヴィンセントを見つめたまま挑発的な言葉を口にする。

「単なる欲求だと言ったら?」

「それだけならば、私に止める権利は無い。好きにすれば良い。だが、そうは思えないから聞いてるんだ。なぜ昼間はあんな顔を見せる?……今のお前とは随分違うようだが」

「どうでも良いじゃないか、あんたには関係無い」

確かに関係ないといわれればそうかもしれない。しかし、今や自分たちは仲間として共に戦っているのだ。

実際ティファはクラウドの暗い表情を気にしている。それはつまり、クラウドの行動が周囲に影響を与えている証拠だろう。そうなれば、まったく問題が無いとは言い切れない。

ヴィンセントがそう口に出そうとした瞬間、クラウドが自ら口を開いた。

その口からは、ゆっくりと、そしてハッキリと、ある言葉を発せられる。

あの誘惑の眼を―――――ヴィンセントに向けながら。

「……じゃあさ、こうしないか?」

「何だ」

クラウドの口端が、ふっと上がった。

「俺を尾行するくらいなら、あんたが相手してくれよ」

相手をする?

それはつまり―――――そういう意味で言っているのか?

まさか想像もしていなかったその言葉に、ヴィンセントはにわか目を見開く。

仲間である自分が、クラウドと関係を持ったら……それはあらゆる意味で問題だろう。

ティファの存在についてもそうだが、ヴィンセントの中にあるモラルにとってもそうである。

いま目前のクラウドは、ただ欲望の為だけにセックスの相手を欲しているのだ。

ヴィンセントにとってそれは、正直あまり褒められたことではない。

そのうえ相手は大切な仲間で、同じ男で………そして何より、クラウドなのに。

「どうした?そんな汚いことはできないか?」

ヴィンセントの様子を見て、クラウドが嘲笑うようにそう口にする。その挑発的な態度が、視線が、言葉が、容赦なくヴィンセントに降りかかる。

しかしヴィンセントは、特にその態度に怒りを感じているわけではなかった。

ただ、迷っていたのである。

もし―――――もし此処でそれを承諾したら。

クラウドは核心を話してくれるだろうか?

ヴィンセントがOKをだせば、現状のクラウドの行動は止められるだろう。

しかし、もしその行動の理由に特別なものがなく、本当にただの性欲処理のみのためだったとしたら、ヴィンセントの行動は無意味になってしまうのだ。

その場合、意味も理由もなく体を重ねたという事実だけが残ることになる。ヴィンセントにとって、それはできれば避けたい事態だった。

「……もし良いと言ったら、お前はちゃんと事の真相を話してくれるか?」

「さあね。…あんた次第だな」

「……なるほど」

分が悪い。そんな気がする。

だが―――――賭けるしかない。

ヴィンセントは息を静かに吸い込むと、それをゆっくり吐き出してからクラウドを見据えた。そして、静かにこう言う。

「……良いだろう、相手になってやる」

「え…?」

どういうわけか、話を振ったクラウドのほうが驚いた表情を見せる。

しかしそれは一瞬で消え去り、その顔にはすぐに自信満々な笑みが浮かびあがった。

「そうか、わかった。じゃあそうしよう。ちなみに、これは俺とあんたの秘密だ。分かってるよな?」

「もちろん」

「“夜の俺”との約束だからな?」

「ああ」

クラウドがそう念を押した理由は、ヴィンセントにもよくわかっていた。

つまりこれは、ルールなのだ。この関係やその話題を「昼間には持ち込まない」というルール。

「一つ言っておくけどさ」

クラウドは無表情なままのヴィンセントに顔を近づけると、その耳元でそっと呟いた。

その口元は、笑っているように見えた。

「選んだのは……あんたの方だから」

 

 

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