08:質問の答
翌日、昼。
「どうしたの、ヴィンセント?」
そう声をかけられたヴィンセントは、声の主のほうに視線を向けた。
視線の先にあったのはティファの姿で、彼女は心配そうな表情をこちらに向けている。
ヴィンセントには彼女の言動の理由がよくわかっていた。そう、今日の戦闘においてヴィンセントの集中力が顕著に下がっていたからである。
「すまない」
ヴィンセントはティファから身を離すと、端的にそう返す。
きっとおかしいと思われているだろう。それは命中率が下がったという事実よりも、そうなった理由の方が大きい。
とにかく、ティファにはその理由を悟られてはならなかった。
「ねえ、ヴィン…」
「悪いが今は話す気分じゃない」
かけられた言葉を振り切ると、ヴィンセントはパーティーの後ろの方に戻る。そして、その後はなるべくティファを視界から消すようにした。
近付かない方が良い―――――とにかく、今は。
実際、命中率が下がっているのは、極度に集中力が欠けているせいである。集中力が欠けた理由は一つしかない。それはそう…クラウドだ。
クラウドはすっかり何も無かったような顔をしているが、ヴィンセントの中では何かが変わってしまっていた。おそらくそれは良くない方向に、である。
ふと、こちらを見るクラウドと目があう。
その目はいつものようにおどおどした視線を泳がせており、ヴィンセントはめずらしく苛々した気分になった。
自分らしくない態度だったかもしれないが、何ともいえない焦燥感のようなものが襲いかかり、どうにもならなかったのである。
冷めた目で視線を外すと、クラウドは途端に困ったような表情を浮かべる。それでもフォローはせず、リアクション一つもなく、ヴィンセントは普通に振舞う。
どうせ夜になれば、また同じ状況になるのだ。
今はこうして苛々としていたとしても―――――。
あの自信満面な笑みを漏らすクラウドの顔が、脳裏に浮かぶ。
夜は、めぐりめぐる。
たいがいの場合、部屋は既に取られていた。それはクラウドが手配しているらしく、パーティーが戦いのために場所を転々とするたびに、その土地に用意されている。
部屋はどこも同じような作りをしていて雰囲気が似ているが、なかには純粋に酒場だけの場所もあり、そういう場合は別の宿を手配しているらしかった。
それにしても、そこまでしてそういう行為をする意味が良くつかめない。
その日の夜は一般的な宿に連れていかれた。勿論、仲間達のいる宿とは別である。
普通に客がいるその場での行為は妙に躊躇われたが、クラウドはお構いナシでさっさと事を済ませようとする。そのため、結果的にヴィンセントもそれに従うことになった。
乱暴に脱ぎ捨てられた服が、視界に入る。
「もう慣れただろ?」
ふと声をかけられて、ヴィンセントは視線をクラウドのほうに移した。今までの熱を残したまま全裸でくつろいでいる彼には、羞恥心などはまったく無いらしい。
「いい加減、アンタもこの関係を崩したくなくなってきたんじゃないか?」
ふっと笑いながらそう言われ、ヴィンセントは顔を背ける。
「随分と自信たっぷりな物言いだな」
「いつも通りだろ?それに自信があるから言えるんだ」
「自信があるのか」
「当然だろ」
確かに今のクラウドを見ている限りは、言葉通りのように思える。しかしここでいう自信とは何のことなのか。まさか、自分は相手を虜にできるとでも言うつもりなのだろうか。
そんな考えが頭を巡り、ヴィンセントは心の中で軽く舌打ちする。
もしそうだとすれば、そんな思考はまったく馬鹿げている。
「お前、約束を忘れてないだろうな」
ヴィンセントが話題を逸らすと、クラウドは「ああ」と頷きながらもつまらなそうな顔をした。そして、冷めた口調でこんなことを言う。
「アンタさ、その約束ってそんなに大切?」
「…何が言いたい?」
何が言いたいかだって?、とさも可笑しそうに笑い出したクラウドは、周囲に脱ぎ散らかしてあった衣類をぐっと手で引き寄せ、それを着込みながら言葉を続ける。
「アンタにとっては俺なんかどうでも良い存在じゃないのか?」
「どういう意味だ?」
「だから。クラウド・ストライフって人間は、アンタにとってただの他人だし、どうでもいいだろうってこと」
そう言い切ったクラウドの口調は、まるでそうでなければならないとでもいうような強さを持っている。
確かに、ヴィンセントにとってクラウドは他人である。例えこうして身体の関係を持ったとしても、それは条件があったからで、そこにそれ以上のものは存在していない。
そもそもクラウドという人物と近しくなったのもつい最近のことだったし、深く追求することも、それ以上を求めようと思うこともなかった。
でも―――――それでも、『仲間』だ。
そうである以上、少し態度がおかしいと思えば気にかかる存在にはなるだろう。
「クラウド、お前はそう思ってるのか?私のことはともかく、仲間の誰しもに対して?」
「さあね。そんなことどうでも良いだろ?」
クラウドはつまらなそうにそう答えると、そんなことよりさ、と続ける。
「俺の質問に答えてないんだけど。その約束が大切かどうか、って部分」
そう問いかけるクラウドの瞳は、つまらなそうなのに真剣で、いかにそれがクラウドにとって意味のある質問かがわかる。
しかしヴィンセントにとってみれば、なぜそんなことに拘るのかが不思議だった。
とはいえ、どうやら答えを返さねば目前のクラウドは納得しないらしい。だから仕方なく返答したが、それは残念ながらクラウドの望むような答えでは無かった。
「―――――ああ、大切だ」
たった一言だけの答えに、クラウドは再び冷めた表情を見せつ。
よほどその答えが気に食わないらしい。
「じゃあさ、聞くけど…」
クラウドはさらに言葉を続けたが、今度はそれまでとは違い、どこか意味深な雰囲気が漂っていた。その声音は低く、どこか寂しげである。
そして―――――その言葉は、ヴィンセントにとって意味がわからないものだった。
「その約束で救われるのは……誰だよ?」
その約束で救われるのは、誰なのか?
ヴィンセントは夜明けの宿屋で、一人身を横たえながら考えていた。
救われるのは……
ティファ?
自分?
それともクラウド?
これはもともと、ティファから救いを求められて始まったことだった。だからきっとティファはその真実を知ることで表面上は救われるだろう。
しかし内容が内容なだけに、彼女のなかで何かが崩壊してしまう恐れもある。だからこそヴィンセントは現時点でティファを避けているのである。
では、自分はどうだろうか?
ティファがいうように、自分も確かにクラウドのことは気になっていた。いつも見せる暗い表情の理由は何なのか、それが引っかかってはいたのである。だから、もし約束が履行されれば、自分もティファと同じく表面上は救われるということになるだろう。
しかし…クラウド自身はどうなのか?
自分やティファがクラウドの夜の行動について知ることで、クラウドはどうなるのだろうか。
それは原因によりけりだが、自分から何も言わないというクラウドの態度は、もしかしたら拒絶を表しているのかもしれない。知られたくない、という意味での。
そう考えると、クラウドにとって真相を暴かれることは感激できないどころか危険なことなのかもしれない。
もしそうなら、このまま約束通り真実を明らかにすることは、良いことではないだろう。
しかし―――――もうここまできてしまった。
体の関係までもって、クラウドの事情に踏み込んでしまった。
だから、もう止めることはできない。
頭の中でシンクロするのは、クラウドの顔だった。
おどおどした視線と、暗い表情のクラウド。
そして、自信満々な笑みを見せるクラウド。
ヴィンセントには、既にクラウドという人物が良く分からなくなっていた。
しかし、なぜだかその答えは夜に会うクラウドにあるように思う。何も言わないよりかは、ずばりと物を言うあのクラウドのほうが判りやすいだろう。
そう考えるうちに、自然と睡魔が襲った。