09:依頼の終
久々にゆっくり夕食をとる。
仲間をすべて集めての大袈裟な食事。その後、酒場に行こうと言い出したのは誰だったか。
誰しもが戦いの緊張感で疲れていたし、たまにはアルコールでさっぱり忘れてしまいたい時もある。それは確かにわかるが、ヴィンセントにとってはあまり気乗りしない話だった。
そもそもヴィンセントはここ最近、嫌というほどこういう場所を見ている。
それは仲間内とはかけ離れた場所だったが、こうして皆で酒場に行くとなると、どうしてもフラッシュバックしてしまう。
そういえばクラウドはどう感じているのだろう?
そう思って視線を移すと、どうやら珍しく乗り気なようだった。
結局近場にあった大衆向け酒場に身を寄せると、皆は思い思いに酒を飲み始める。
ティファは少し遠慮しがちな飲み方だったが、バレットやシドはここぞとばかりに水状態で流し込んだ。それはそれで心配だったが、当面のところの気がかりはクラウドだったろう。
クラウドはいつになく大量の酒を喉に流し込んでいる。しかも強い酒を。
「ちょっと、クラウド。飲みすぎじゃない?」
ユフィが、うげ、と言いながらそう突っ込むと、クラウドは「そうかな」と首を傾げた。
「いろいろ忘れたい時だってあるだろ?」
そう言ってグラスを傾けるクラウドが、ふとヴィンセントの方を見やる。しかしその視線は、やはりいつものように直ぐに逸らされた。
クラウドの隣を陣取っていたティファは、忘れたい事って何よ、と心配そうな表情を向けているが、クラウドはそれに何も返答せずにグラスを傾け続けている。
そんな面々の中、ヴィンセントはカウンターで独りグラスに口をつけていた。しばらくすると隣にバレットがやってきて、すっかり酔った調子でヴィンセントに絡んでくる。
「おう、飲み方が足りないんじゃねえか?」
「いや…」
「ちっ、つまんねえ男だぜ」
「別にそれで結構だ」
ヴィンセントの返答にバレットは渋面で愚痴ったものの、それでもその場を離れようとしない。
さっきまでシドと話していたはずなのに何故だろうと思い視線を彷徨わせると、なるほど、シドはもう既に出来上がった後だった。話すにしても会話が成り立たないのかもしれない。
ヴィンセントの視線の先に気付いて、バレットが独り言のように毒づく。
「ありゃあ、飲み方が激しすぎんだ。お前も気をつけろよ」
「…さっきは足りないと言わなかったか?」
「うるせえなあ!」
まったく、支離滅裂にもほどがある。そう思ったが、まあこの場は無礼講でもあるのだろうし、それはそれで良いのかもしれない。
思えば、この仲間たちはアバランチを元とした簡易的なチームである。そんないつ別れるともしれない仲間たちのあいだで、こんなふうに騒ぐこと自体が奇跡的なできごとなのだろう。
そう思うと、こんな矛盾すら微笑ましい。当初は乗り気がしない飲みだったが、これはこれで楽しいのかもしれない。
しかし―――――そう思った次の瞬間。
バレットが新しいグラスを手にしながら、声を潜めてこんな事を言い出す。
「…ところでお前よ、クラウドをどう思う?」
思わず手が滑りそうになる。
突然、思いがけない人物から思いがけない話題をふられたら、誰だってそうなるだろう。
もしこれがティファだったら最初から構えられたものの、まさかバレットからそんな話題が出るとは思わなかった。
「どう…って、それはどういう意味だ」
「だからよ、その…おかしくねえか、最近のアイツはよ」
「ああ…なるほど」
その言葉をきいて、ヴィンセントは内心ホッとする。
一瞬、自分とクラウドのあいだにある夜の関係がバレているのかと思ったのだ。
しかし良く考えればそんなはずはなく、バレットから見たクラウドはあくまで昼間のクラウドなのだから、クラウドの表面的な部分を問題視しているに決まっているのである。
いつのまにかその選択肢の中に、自分しか知りえない夜の顔を入れてしまっていたことに、ヴィンセントは思わず苦笑してしまう。
「確かにおかしいな。表情もあまり良くないし…不可解な行動もする」
「そうよ!しかも何だ、あの失態の連続は。やる気あんのか、あいつは全く…」
ブツブツと文句を続けながらバレットは酒をグイと飲み干す。それからまた飽きもせずに同じものを頼む。
どうやらバレットの場合は、ティファの心配とは違って、戦闘時の気のたるみようを指摘したいらしい。
確かにバレットの場合はクラウドと共にいる理由が少しばかり違う。
そこに信頼だとか友情が無いといえば嘘になるが、この正義漢としては気を張らない態度が許せないのだろう。
なるほど、人それぞれ思いは違うものである。
話題にのぼったクラウドを見やると、どうやら少しばかり酔っている様子だった。
酒場の柱時計に目をやると、時刻は午後十時で、もうそろそろこの宴会状態もおひらきかと思われる。
今は地べたに座り込んでそれでもグラスを傾けているクラウドだが、もう少し経ったら本性を現すことになるのだろうか。
ヴィンセントとクラウドのあいだにあるあの関係は、大体夜十二時を回った後に始まる。いつもクラウドとは別に宿を出て、敢えて外で合流するわけだが、今日のような場合はどうなるのだろうか。
そう思いながら視線を外せないでいると、クラウドの隣を陣取っていたティファがそれに気付いたらしく、ふとこちらを凝視してくる。
あまり酒を飲んでいないのか、ティファの顔つきは真面目そのもので酔った雰囲気すらない。
彼女ははっきりした表情のまま立ち上がると、何故だかヴィンセントの方に近づいてきた。
まずい―――――気を、はらねば。
ふと、そんな防御心が働く。
ティファはヴィンセントの間近にやってくると、まだ一人ブチブチと文句を言っているバレットをグイ、と押しのけ、今までバレットが熱弁をふるっていたその場を陣取った。
そして、じっとヴィンセントをみつめる。
「ヴィンセント」
そう名前を口にされて、ヴィンセントは視線だけでそれに返答した。ティファの眼は真剣で、とても言い逃れはできそうにない。
今まで避け続けていた話を、とうとう此処で話す事になるのだろうか―――――。
そう思ったが、どうやらそんな危惧は不要だったらしい。
ティファは突然表情を明るくさせ、笑ったのだ。
「ヴィンセント、今までごめんね!」
「…何?」
思わず耳を疑った。
いま、何と言ったのだろうか。
ごめんね、確かそう言ったように聞こえたが気のせいか。それとも酔ってでもしまったか。
しかしそれは嘘でも何でも無く、もう一度繰り返される。
「だから、ごめんね、って。…ほら、あんな事…頼んじゃったから、ね」
「ああ…」
そんな納得の言葉を吐き出したものの、心は納得できるはずもなかった。
謝るのは自分の方に決まっている。それを何故ティファのほうが謝ったりするのだろうか。意味が分からない。
そのヴィンセントの疑問に答えるように、ティファはその笑顔の理由を語り始めた。
「あのね。クラウド、やっぱり悩みがあったらしいの」
「悩み?一体、どんな?」
驚いてそんなふうに聞くと、うん…、とティファは少し俯いた。けれど以前と違ってそう暗い表情ではない。
「どうしたら良いか分からないんだって。今の状況が辛くて…そこからどうしたら抜け出せるのか。その答えは分かっているはずなのに、それでも自分の中の葛藤に苦しくなる、って…そう教えてくれたの」
「葛藤…」
「私も薄々感じてたんだ。クラウドにとってセフィロスは敵だし、それは今、私たちにとってもそうな訳でしょ?だけどクラウドはそれ以前の…その、今みたいに星を危機に晒そうとする以前のセフィロスを知ってるんだもん。私もちょっと見たことあって、その時は冷たそうな人って思ってた。でも多分、クラウドはそれ以外の姿も知ってて、憧れだったわけだし……その、やっぱ葛藤ってあるよね」
そこまで説明したティファは、一息ついてからヴィンセントを見上げた。
物分りの良い笑顔を浮かべるティファが、ヴィンセントの目には悲しく映しだされる。
もし彼女の語るそれが本当だとしても、ヴィンセントにとっての問題はまだ残っているし、その件についてはティファへの秘密も残っている。
ティファはヴィンセントの顔を見ながら、笑ってこう言った。
「だからね、もう良いよ。今までありがとう!」
「………」
―――――もう良い?一体、何を言い出すんだ…?
ヴィンセントは思わず目を見開く。
もう良いよ、と言う目はとても幸せそうだった。今まで不安だったことが解決したのだからそれは当然だろう。
けれど、じゃあ自分はどうなってしまうのだろうか。
別にそれについてティファを責めるつもりはないし、その必要性もない。
けれど―――――始まってしまったものを、どうすれば良い…?
「ティファ…夜、の事は…どうなった?」
思わずそんなふうに聞いてみると、ティファは「ああ、それね」とさも何でもないふうに言ってのけた。
「それはさすがに私も聞きづらかったからね、“夜、変じゃない?”って、ちょっと遠まわしにしか聞けなかったんだけど…。でもクラウドは首傾げてた。だから、それ以上は聞かなかったの。何だかもうどうでも良いような気がしちゃって。…だって夜の事は…その、私の口出しできるトコじゃないでしょ?」
ちょっと恥ずかしそうに言うティファは、それが本当にどうでもいいことであるような表情をしている。
普通だったら、好きな相手がそういう状況であることに怒ったりするものなのだろうが、ティファにとってはそんなことよりも暗い表情の方が大きな気がかりだったようである。
それはある意味、純粋とでもいおうか―――――…とにかく、そう言われてはヴィンセントも納得するほかなかった。
「分かった」
短くそう答えるヴィンセントに、ティファは、ふふ、と本当にスッキリとした顔を浮かべた。
そして徐にカウンター越しに新しい酒を注文すると、その並々と注がれたグラスを持ち上げる。
「ね、乾杯しましょ」
ティファの提案に応えるように、ヴィンセントは無言で自分のグラスを持ち上げた。そして、二つのグラスはチャリン、と小さな音を立てる。
「乾杯」
当たった衝撃で小さく揺れる水面。
それをじっと見つめながらヴィンセントは思っていた。
一体、何に。
一体、何に乾杯をするというんだ―――――?
“終わり”に乾杯をするのか。
それとも、始まってしまった関係から理由がなくなったことに乾杯をするのか。
―――――それとも、これが本当の始まりなのか?
巡る思考を掻き消すように、ヴィンセントはその液体を身体に流し込んだ。そうするあいだに向けた視線の先に、コチラを見つめるクラウドの姿があった。
その後、仲間たちは宿屋に戻り、すぐさま眠りについた。
クラウドはどう行動するのだろうかと疑問に思いながらも、ヴィンセントも眠りについていた。