15:自分の心
クラウドが言った言葉。
“今度は俺を救ってくれよ”―――――その言葉にはまたもや条件があった。
しかし今度は少し単純なものだった。
条件は、毎日会うこと。
それは勿論、夜に会うことを意味している。
しかし不思議なことに、クラウドは体の関係にまでは言及しなかった。ただ、会えば良いという。
何故そんなふうに条件が緩和されたのかは分からない。
しかし確実なのは、クラウドは以前より何かを伝えてくれるだろうということだった。
今度はきっと、知りたいことを教えてくれる。そんな予感があった。
―――――単なる予感、ではあったが。
クラウドとの約束を守る義務は、正直に言えばどこにも無かった。
今や真実を知ろうとするのはヴィンセントの意思でしかなかったし、それを放棄したとてとくに問題はない。
しかしヴィンセントは約束通り、夜にクラウドに会い続けていた。
そのせいだろうか、クラウドは以前のような振る舞い―――――街で誰かを誘うという行動をしなくなった。
本当に不思議なのは、クラウドと会っていながらも他愛無い会話だけで終わる日が多かったことである。
クラウドは以前のように執拗に関係を持とうとはしなかった。
ただ、一緒に話したり、一緒に酒を飲んだりという、そんな関係。
確かにたまには欲求にかられて抱き合うこともあったが、それはもう義務的なものではなくなっていた。
とても―――――不思議だと思う。
これではただの友達か恋人に近い存在との他愛ない時間と変わりない。
本来は真実を聞くためにこうして再び会い始めたというのに、それはいつしかその意味を変えてしまっている。
しかも一番不思議なのは、ヴィンセント自身、それが嫌ではないという部分だったろう。
どうせ毎日会うんだからと、クラウドは暫く同じ部屋をとり続けていた。
”昼は仕事があるからほぼいないが、泊まる所を確保したい”、そんなふうに理由を付けて、一定期間の契約を結んで宿屋に賃金を渡す。
しかし、宿泊する場所というのは本来パーティの動きによって変わるものである。
リーダーたる昼のクラウドはそろそろ別の土地に移ろうとしているから、もう少しでこの宿ともお別れだろう。
「そろそろ移動するらしいぞ。…まあ、知ってるか」
「ああ、分かってる」
ヴィンセントの端的な言葉に、クラウドはそう言って頷く。
クラウド自身に伝聞系でものを伝えるのはどうにもおかしい気がしたが、ヴィンセントの感覚では、昼と夜とではクラウドは別人そのものだった。だからどうしてもそのような言い方になってしまう。
そんなヴィンセントの思考を読み取ったのだか、突如クラウドがこんなことを言い出す。
「なあ、ヴィンセント。俺と、昼の俺。…どう思う?」
「それは…昼と夜を比べて、という事か?」
「ああ、そうだ」
「そうだな…」
そう言われ、ヴィンセントは改めて昼と夜のクラウドを比べてみた。
以前から思っていたように、言動が開放的なのは今目前にいるクラウドのような気がする。
とはいえ、未だにヴィンセントが知りたい真実は聞いていない。だが、昼のおどおどしいクラウドよりか接しやすいことは確かだろう。
「私見だが、今目の前にいるお前のほうが接しやすいとは思う」
考えた末にそんな言葉で返答すると、クラウドは、そうか、と言いながら笑った。
その顔はとても満足そうに見える。その表情は、今まで一度として見たことがない表情だった。
こうして初めての顔を見ると、ヴィンセントも考えを変えざるを得なくなる。いや、すでに考えは変わっているのかもしれない。
以前なら、夜のクラウドについてはある種の嫌悪感を抱いていた。それは、条件として強制的な性行為があったからである。
しかし今はそればかりの関係でもなく、普通に会話もたのしめる。その上でたまに体を重ねるとすれば、それはもはや自分の感情ありきの行動といわれても仕方がなかった。
しかし、そのくらい今は構えずに夜のクラウドとともにいられるのだ。
一方、昼のクラウドといえば、一時期は明るい表情が戻ったものの、最近はまた暗くなってしまった。
ヴィンセントも必要以上にクラウドと話さなくなっているのだが、それはクラウド自身が望んだことでもある。
あの話題を出すなと望まれて以降、なぜかそれ以外の話題についても話しにくくなっていたのだ。
そういう昼のクラウドとの状況すら、目前にいるクラウドは飲み込んでいるのだろう。
「クラウド、そろそろ教えてくれないか。お前を救うとは、どういう意味なのか」
今こうして会っていることに苦痛はない。
けれど、ゴールが見えないままに会い続けるのはやはりおかしいだろう。
いつも通り酒に伸ばされたクラウドの手を止めながらそう問うと、クラウドはヴィンセントの眼をしっかり見ながらこう言った。
「それは、そのままの意味だ。“クラウド”を救ってやるって事さ」
「…こうして会っているだけで、お前は救われるのか?」
「ああ、勿論」
そう言ってから緩やかにヴィンセントの手を払ったクラウドは、グラスの中に液体を注ぎ込み、それを口に含んでごくりと喉に通す。
「――――なあ、ヴィンセント」
ガラステーブルにグラスが置かれたあと、クラウドの手が首筋に絡みついた。
これは勿論、誘いの証拠である。
そういう時のクラウドは大体、雰囲気重視のセックスを望んでいた。
これも以前とは全く違う点の一つで、以前のクラウドには雰囲気のあるセックスなど必要とは思えなかった。なにしろ相手を街で探し、即ベッドで絡みあっていたのだ。そこに情緒など必要ないだろう。
しかしこうした変化は、ヴィンセントにはありがたいものだった。
全く意味のないセックスに身を投じるのは、やはりヴィンセントの趣味ではない。
そもそもクラウドとこういう行為に及ぶこと自体に意味があるかどうかは分からないが、まったくの無意味だと思うより情緒的なセックスのほうが随分と気持ちが楽である。
「なあ、知ってる?」
静かに口付けた後、吐息の届く距離でクラウドが口を開く。
「何だ?」
「俺は、ヴィンセントとヤル事に意味があるって、事」
「…え?」
思いがけない言葉を耳にし、ヴィンセントは思わず驚きの表情を浮かべる。
このセックスに意味がある?
―――――まさか、そんな事があるんだろうか。
「ヴィンセントには意味なんか無いんだろう?」
「……クラウド」
クラウドは何がいいたいのだろうか。
それは、意味を持て、ということなのだろうか。
しかしセックスの本来の意味といえば、やはり……、
「……お前は、私に何を望んでるんだ?」
「俺を救って欲しいだけ。それだけだ」
「どうすればお前を救える?まさかそれは…」
もしかして―――――…
頭に浮かんだことを口にしようとしたヴィンセントだったが、それはクラウドによって封じられてしまった。
舌が熱く絡まり、言葉を吐くどころではない。
キスをしながら薄く開けた目のあいだからクラウドを見ると、クラウドもまたヴィンセントを見つめていた。その目はとても真剣で、不覚にもヴィンセントをドキリとさせる。
今までクラウドにこんなふうに緊張を感じたことは無かった。昼は勿論のこと、夜も、である。
月明かりに照らされながら、窓辺にあるベットの上でヴィンセントはクラウドの首筋にいくつも口付けた。
何度となくしてきた行為のはずだが、何となくこういう雰囲気のときは全く別の感じがする。
ゆっくり服を捲し上げると、その隙間から指を這わせた。優しく撫でながら、やがて首筋に近い胸の突起まで辿り着くと、そこを指の柔らかい部分でゆっくり転がすように触れる。
「ん…っ」
やがて服を完全に持ち上げると、ヴィンセントはもう一方の突起に舌を這わせた。
微かな喘ぎと共に、クラウドの手が肩にかけられる。そこからは時々、力が感じられた。
十分な時間をかけてそうした後、立てられた膝を両方向にこじあけて、服の上からゆっくりと股間を撫でる。
やがて、閉じられた空間でクラウドのそれは昂ぶりを見せた。
「…脱がせて」
「ああ」
下着ごと下ろしたそこには、今までの愛撫だけでもう持ち上がったものがある。それに手をかけて上下すると、クラウドはその行為を制した。
「入れて。入れて、イきたい」
「正直だな」
「今更、何も恥ずかしいこともないだろ」
確かにそうだな、そう言いながら、ヴィンセントはクラウドのリクエスト通りに、いずれ己のものを挿入するその部分に指を押し入れた。
さすがに乾いて入りにくいが、色んな人間を受け入れてきたクラウドのそこは、舌を這わせて弄るくらいですぐに挿入を許してしまう。
「あ、ああっ…」
ほどなく指を増やして中をかき回すと、たまらなくなったクラウドが腰をくねらせる。
慣れているとはいえ、感じていることを正直に表情に表すクラウドを見ていると、さすがに興奮してしまう。
当初はこんなふうに勃起してしまう自分を情けなくも思ったものだが、今はある意味それが自然にも思えた。
クラウドは絶対的な自信を持っている―――――それは言動を見ていても分かる。
それは、他人を虜にする、自信。
情事の最中にクラウドを見ると、それが何だか分かるような気がする。もしかしたらその罠に自分も嵌ってしまったのだろうか、とヴィンセントは思うことがあった。
けれど、それが他人と違うらしいというのは、先ほどのクラウドの言葉で証明されている。
クラウドはこうしてヴィンセントと抱き合う事に意味があると言ったのだ。だとしたら、その虜になったとしても、それはクラウドがしかけた罠ではない。
「ヴィ、ン…セント…」
目で、合図される。その意味を理解し、ヴィンセントは己の服をすっかりと脱ぎ払い、クラウドの身体に自分の身体を重ねた。
そして、深く挿入していく。
「クラウド…」
そうヴィンセントが呟いた後、クラウドは何か言おうと口を開けたが、それはヴィンセントの律動とともに喘ぎに変わっていった。
かき消された言葉は、その後も言葉になることはなかった。
ただ、明かりをつけないままの部屋の中で、局部の擦れ合う音と、互いの喘ぎ声だけが響く。
それは、ヴィンセントが果てるまで、続いていた。
雰囲気を伴うセックスをした後のクラウドは、甘い雰囲気のままヴィンセントに後戯を要求した。それもヴィンセントにとっては苦痛ではなかった。
ただ、そういう時は必ず疑問が沸く。
当然こういうところにあるべき感情が、此処にあるのかどうか、ということについて。
だからクラウドの瞳を覗き込んでみるのだ。その目が本当に望んでいるのは何なのかを知る為に。
けれどその目はやはり真剣で、ヴィンセントはそれに吸い込まれるだけだった。
だから何かを知ろうと思っても、無理に等しかった。
でも―――――本当は自分に問いかけるべきなのだろう。
勿論、自分の心に。