最大の任務:04
ルヴィから斡旋された力仕事、ある建物の解体。
その期日になってあらかじめ説明されていた場所に赴いたザックスは、これから解体するという建物を見てひどく驚いた。
建物はコンクリートで出来ており、その界隈ではその建物だけが都会的な印象を持っている。周囲はほぼ緑と木造建築で構成されていて長閑という言葉がしっくりくるような具合だったから、そこだけが切り取ったように妙な感じだった。
斡旋元であるルヴィと合流したのは集合と聞かされた時間が過ぎてからのことで、その時にはもう現場監督の指示に従ってザックスは作業に入っていた。そのせいか、ルヴィと話をしたのは午後に入ってからである。
午前の作業は突端物とドアなどの取り外し。午後からはとうとうコンクリートの解体以下の部分に入るとのことで、作業の大部分は午後に押し込まれているらしい。
指定のドアを外しながら、これが一日で終わるものなのか、などとザックスは疑問に思っていたが、その危惧への答えは午後のルヴィとの会話で解消された。
「ザク、今日はありがとう」
どこからかザックスの姿を探し出したらしいルヴィは、丁度配布された昼食を取っている時にそう声をかけてくる。
味気ない食事を口に放っていたザックスは、その声に振り返ると、ああ、などと軽く返事を返した。そもそもこれは仕事で、前払い金まで貰っているのだから改めて礼を言われるようなものではない。
それよりもこの解体作業が今日一日で終わるのかどうかが気になっていたザックスは、食事を撮り続けながらそれについて問う。
「かなり時間を食う作業だな。本当に一日で良いのか?」
乗りかかった船だ、もし一日で終わらないならば最後まで付き合うくらいしても良い。
そう思っていたザックスはそんなふうな言葉を発した。
しかしルヴィはそのザックスの言葉に、全然問題ないというように首を縦に振ると、大丈夫よ、などと言う。
「解体っていってもアレ、外壁までだから。梁の方は残しておくのよ」
「へえ、じゃあ何かまたできるんだ?」
梁をそのままにしておくということは骨組みまでは壊さないということである。となれば、それをそのまま使用して新たな建物を作るとしか思えない。
そのザックスの読みは正しかったらしく、ルヴィはご名答、などと笑った。
「そ、新しく何か出来るみたいね。まあ骨組みはまた補強するみたいだけど」
「ふうん…しかし随分急ぎで作るんだな、その新しい建物ってやつ」
「何でそう思うの?」
「え?だってさ、普通最初っから作り直すだろ、骨組みからさ。それなのに使いまわすってことはそういう事かな、ってさ」
その説明を聞いて、まあそうね、などと返したルヴィは、その話題はそこで打ち切って次の話題を振ってきたりする。あまり新しい建物には興味が無いらしい。
力仕事に相応しい外見の男ばかりがゴロゴロといる中、いかにもその場に似つかわしくないルヴィは、途端に声音を変えてこんな事を言い出す。
「そうそう、ザク。…今夜、ヒマ?」
「は?…ってお前、また…」
また誘ってきたりするんじゃないだろうな、そう思って途端に身構えるザックスに、ルヴィは思わず笑い出す。どうやら今度はザックスの予想が外れたらしく、そういう意味での誘い文句ではなかったようだ。
ルヴィの誘いというのは、あの例の酒場で会えないか、という誘いだった。
それはいつもと変わりなく酒を煽ったりギャンブルをしたりという意味合いのものである。
いつものことなのにわざわざルヴィがそんなふうに約束よろしく誘ってきたのは、今迄会ってきたのが「たまたま」だったからである。
例の酒場は常連で、結構出向いてはいる。がしかし、それとて毎日ではないから必ずルヴィと顔を合わすわけではない。そうなると、いざ何かを話そうとしてもその日はいないということもありうるわけで、そういう観点からすればこの誘いは頷ける。
しかしわざわざ誘うということは、何か用があるということだろう。
改めて用事なんて一体何だろうか、そう思ったザックスは、首を傾げてその内容などを聞いてみたりする。
しかしルヴィは笑うだけで内容は口にしなかった。
「いいから!まあ仕事明けの一杯ってことで良いじゃない。でしょ?」
「まあ…良いけどな」
「じゃあ夜ね。また」
「ああ」
そうして簡潔に約束だけを取り付けたルヴィは、去り際にまた天国話などをしていたものである。どうやら今日は、まだ太陽が出ているとうのに早急にもお楽しみコースといくらしい。
それを聞いて思わずゲッソリしたザックスだったが、心のどこかでは何故かホッとしていた。
こうして仕事をしている時は大体、クラウドの事や、それの延長上の事を考えている。
クラウドは元気にしているだろうか、次の仕事は何をしようか、今回の仕事での収入で大体これだけの生活ができる…そんなことが頭を巡るのである。
その思考の大方は生活の事だから、クラウドを現状から救い出す方法は無いかどうかという所まではなかなか追いつかない。
勿論それは解決法があると言い切れるものではないけれど、それでも思考しないままに時間が過ぎていくことは自分がそれに対して何も求めていないかのような気がしてしまう。それは少しばかりザックスに自己嫌悪を齎す。
それらの考えがグルグルと旋回すればするほど、何かが煮詰まっていく。抜け出せない現状とか、結局のところその日暮らしをしているに過ぎない実情が、まざまざと浮き彫りにされるのだから。
だからこそ、ルヴィがしてくるような話題はどこかホッとしてしまう。
例えそれが俗的な話題であろうとルヴィはそれを楽しそうに話すのだし、そういう楽しそうな顔を見ていると何かが救われるような気がする。それはまるで、あのかつての楽しい時代を思い出すかのようで。
何でもない事を楽しそうに話し、何でもないことに笑い合えた時代を。
「…さて、と」
とめることなく手を動かしていたザックスは、早々に昼食を終えてサッと立ち上がった。それから時間を確認すると、作業場に戻っていく。まだ少し時間が早いけれど、早い分には問題はない。
そうして作業場に戻ったザックスは、同じように早々に食事を終わらせて作業場に戻っていた作業員の数人と挨拶を交わす。
「おう、若いの。早いな」
「ああ、まあな」
その作業員の数人は中年の男で、どうやら大工仕事を生業としている男であるらしい。その風体からしてそれが良く分かる。
男達は息抜き程度に煙草などをふかしており、やってきたザックスに一本どうかなどと薦めてきたりする。それを丁寧に断ったザックスは、ふと先程のルヴィとの会話を思い出して口を開く。
「なあ、此処ってまた新しい建物が出来るんだろ?」
ザックスは日雇いでこの作業場にいるのだからその詳細などは知らなくて当然である。斡旋元のルヴィですら推測の域を出ない物言いをしていたのだからそれほど詳しいことは知らないのだろう。
しかしこの男達は多分、この解体作業の要員として元々雇われた者達だろうからその辺りについては何かしら知っているかもしれない。
とはいえ、ザックスは特別その建物に興味があるわけではなかった。だからそれは、単に世間話程度という話題である。
その程度だったそのザックスの話題に、男達は意外にも食いついてきた。
「まあそうだ。若いの、アンタはその格好からすっと解体だけかい」
「ああ、俺は今日だけって事で雇われたんだ」
「なるほどなあ、そりゃ良かった。俺らは解体と、その後の組み立てまでやるんだけどよ、まあ何でもアレだ。今度はもっと高級なのを作るってんで大変よ。アンタ、解体までで良かったな」
男達はそんなふうに言って、新しく出来る高級な建物とやらについて、ああでもない、こうでもない、と言葉を交わしている。どうやらその道のプロからしても相当面倒な作業であるらしい。
大変だな、そう思いながらもそれを聞いていたザックスだったが、ふと、男の言ったある言葉に反応せざるを得なくなった。何故ならそれは。
「神羅が絡んでるとなっちゃなあ、おざなりには出来ねえよなあ」
――――――――“神羅”。
その言葉を聞いた瞬間、まるで拒否反応のように体が反応を示す。今男達は確かに口にしたのだ、その単語を。
「…ちょ…っと待てよ。神羅って…!?」
一瞬の凍結状態が解けたようにそう声を上げたザックスは、焦る表情を隠しもせずに男たちにその詳細を問う。
神羅が絡んでいるとはどういうことか、まさかこの建物が神羅のものだとでもいうのだろうか。そうだとしたらルヴィの言葉は嘘になる。いや、ルヴィさえもそれを知らなかったということだろうか。
男達はそんなふうに焦るザックスを気にも留めず、まったりとした口調で説明をし始める。
「ああ、アンタは知らないんだよな。この建物はよ、元々はこの市の管理物だったんだよ。何でも博物館だか何だったか…まあ入ったこともねえからしらないけどよ。それが何だあ管理は大変だ人は来ないわってんでえ不景気そのもの。まあそんな経緯で、どうも裏で神羅に売り渡したらしいんだな」
「売り渡した…」
そうそう、でもこれは極秘だぜ、などと言いながら男達は人指し指を口の前に立てたりした。どうやら知る人ぞ知る、という内容であるらしい。
ということはやはりルヴィも知らなかった事実なのだろう。でなければルヴィはこの仕事をザックスに紹介などしなかったろうから。
「でな。暫くは“表向きが市の所有物”で、実際は“神羅の所有物”って状態が続いてたらしいんだよな。それがとうとう今回の解体で、すっかり表向きも神羅の建物ってことになるらしいんだなコレが。まあそんなわけよ。…極秘だぞ?」
「ああ…分かってる」
あくまで秘密であることを強調する男に、ザックスは力強く頷く。
それはそれとして問題は、今回の解体と建築作業に関して神羅の人間がこの場に立ちいっているかどうかという部分である。
もしこの場に誰か神羅の人間がいるとなれば、ザックスがこの場にいることは非常にマズイ事態なのだ。例えそれがあの宝条の実験に関連しない人物であったとしても万全を期して帰して近付かない方が良い。
そこを気にしていたザックスだったが、それはどうやら問題ないようだった。男たちによれば、この建物を神羅が所有したのは不本意であるらしいとのこと…つまりそれほど肩入れはしていないということであろう。
更にいえば、彼らのように今回の要員として雇われた人間は、神羅ではなく市からの要請という形で雇われたらしい。
そうなると、先行きの悪いこの建物に関して、市が全面的に負担をすることで神羅が受け入れを許可した、と考えた方が近そうだ。
「まあそんな話なんだがな、市の建物だろうが神羅の建物だろうが俺らにとっちゃどうせ関係ないモンだからな。ふん、こんなご大層なモン建てたところで庶民にゃ雲の上と一緒だ」
「……」
愚痴っぽくなっていく言葉の群れに、ザックスは愛想笑いを返しながらも段々と自身の思考の中へとおちていった。
確かに男たちの言う通りだろう。こんなご大層な建物は誰が所有していたとしても大して問題ではない。そもそも関連がない。しかし彼らが雲の上と同等だと称するその建物を所有する神羅は、ザックスにとってみれば最近まで在籍していた場所だった。
彼らはザックスが元ソルジャーであることなど知らないのだろう。もし知っていたら、こんな事実など教えてくれやしなかったかもしれない。
しかしともかく、こんな場所でこんなふうに神羅と再度関わることになろうとは思わなかった。その上、こんな状況で改めて神羅という存在の大きさを再確認するとは。
きっと昔だったら、自慢げにその地位を語っていたに違いない。
自分は、あの神羅カンパニーの精鋭部隊ソルジャーの1stなのだ、と。
しかし今は、仕事の為、そしてクラウドの為だけに、そのブランドを語っているだけに過ぎず、自尊心の為にそれを口にしようとは思わない。それでも、それを口実にすればそれなりのものが得られるという現状は、ある意味では胸を締め付ける事実だった。
遠い――――――遠いところに、来てしまったのだ。
もうあの頃とは随分と遠い場所に。
「おう、若いの。時間だってよ」
ふとそう声をかけられて、ザックスはハッと我に返る。
どうやらもう仕事の再開時間になったらしい。
男達は吸っていた煙草を地面に落とすと、それを足の裏で捻り消す。そうしてゴミと化した煙草の吸殻はそのままにされ、男達はその場を去っていった。
ザックスは地面に残された煙草の吸殻を見詰めながら、沈黙を守ったまま少しだけ笑った。それは少し憂いを連れた笑みで、今にも消え入りそうな細い笑みだった。
しかし、そうそう感慨に耽っているわけにもいかず、ザックスは男たちの後を追うようにしてその場を去っていった。