24:予想外の連絡
世の中には色んな記念日が存在する、だったら失恋も記念日にすれば良い。
そう、失恋DAYとか――――ネーミングセンスがなくて全く泣けてくるけれど。
「もう1杯よろしく」
行きつけのバーで酒を仰いでいたレノは、もうすでに何杯も飲んでいるというのに、さほど酔うこともなくカウンター越しのマスターにおかわりを要求した。
その飲みっぷりは見事店に貢献しており、マスターとしては「レノ=最高の常連客」というポジションに違いない。
がしかし、それでも今日の飲みっぷりは、さすがに心配せざるを得ないレベルだった。
「おいおい、レノ。大丈夫かお前?そんなに飲んだら脳ミソぶっ飛ぶぞ?」
「あー良いね。それ最高。むしろぶっ飛ばしちゃって」
「ったく…はいよ」
マスターは苦笑しながらも新しい酒をレノに差し出すと、これは尚更手放せない客だよ、と冗談交じりに言った。
レノは新しい酒をこれまた一気に半分まで飲み干すと、ガタン、と大きな音をさせてグラスをカウンターに置く。これは酔いのためではなくあくまでヤケになっているからである。
「…はあ」
ウイスキーダブルストレートを猛スピードで消費しているにも拘らず然程酔わない…というより酔えないのは、レノにとって不運だった。
いつもであればそういう体質がプラスに働くことも多いが、こんな日には不運で仕方ないと思う。
酔いたいのに、酔えない。
ヤケになるにも素面でヤケになるわけだから、どうにも始末に悪い。
だって、素面でヤケになるなどただの強情張りではないか。
まあ完全に否めない点があるとはいえ、やはりどうにもいただけないという点では問題である。
「…思えば、俺が酔えんのってセックスん時だけだよな」
「は!?」
突然の言葉に、マスターは驚いて声を上げる。別に悪いとは言わないが、いきなりその手の話題を振られるとなれば驚くのも無理はない。
しかし、レノの顔は真面目そのものだった。
「でも俺ってセックスの時でも自分コントロールしてるし。だから…そうだ、俺が酔えるのはマジでセックスしてる時だ」
「マジとマジじゃないセックスがあるわけ?何だよそりゃ」
訳がわからないよ、もしかして待望の酔いが回ってんじゃないか、というマスターの言葉に、レノは大真面目に説明したりする。
「俺のセックスは分別式なんだよ。燃えるゴミと燃えないゴミみたいにさ。だから燃えるゴミじゃないと俺は…――――いや、ゴミじゃない。ゴミなわけないだろ」
「ノリツッコミなんかしてないでさ。どうしたんだって急に」
幾分か心配するマスターは、レノにとって気心の知れた友人の一人である。
こういう話が出来るというのもそれが理由としてあるからなのだが、そんなマスター相手でもどうしてもいえない事がレノには1つあった。
それは、真面目な恋愛の話である。
今迄そういう話は1度としてしたことがないし、する予定すらなかった。
色恋沙汰はいつも軽いノリで話してきたし、そもそもレノ自身そういうふうに自分を“見せてきた”のである。だから堅苦しい話は仕事のみ、あとは楽しく会話をしてきた。
しかし今日は、どうやらその殻が破れそうである。
それもきっと、レノの本領が表面に現れてきたからなのだろうが。
「いや、何かさ。俺ってホント馬鹿だなーと思って」
「馬鹿って何が?」
首を傾げるマスターにレノは、自分に向けた呆れ笑いを零しながらこう言う。
「だってさ、珍しく本気になった相手の、恋の手助けなんかしてんだ、俺。放っておけばそのまま別れちまいそうな二人を、元通りにしようって。ハッキリ言って馬鹿だろ?俺は俺のせいで失恋するんだよ」
何でこんな事してるんだろうな、俺は。
そんなことを愚痴りながらレノは残りの酒を仰ぐ。そうしてグラスはまた、レノの心の中のようにぽっかりと空になってしまった。
ついこの間まで、少しづつ少しづつ増やしてきたものを、自分自身で全て飲み込んだから…だから空っぽになる。これではまるで自傷行為じゃないかとすら思う。
本当は、ツォンにあのような進言などしたくなかった。
こんな馬鹿げたセッティングなどしたくなかった。
きっと今頃二人は、開いてしまった溝を埋めるべく話し合いでもしているか、若しくは抱き合っているかしている頃だろう。仮に仲直りとまでいかなくとも、それぞれの心にこの日は残るだろう。
全く―――――馬鹿げている。
今日ルーファウスに会うのは自分でも良かったし、場所はあの1022号室でも良かったのだ。
そうしていれば自分はきっと今日を失恋DAYなどとは思いもしなかったのに違いない。こんなふうに空になったグラスに哀愁を感じることもなかっただろう。
だけれど、そういうふうには出来なかった。
本当は、自分がルーファウスを奪ってしまいたかったけれど…でも、ルーファウスの気持ちはツォンにあると分かっている。
それは、“不義の関係の為にある1022号室”に呼び出される自分には、きっと望めないことなのだろうとレノは思っていた。
「なるほど、そういう事情か。でもまあ、そこまで空にすることはないよ」
マスターはそう言うと、カウンターから身を乗り出してレノのグラスに酒を注いだ。注文するときとは違い妙に並々と注がれるウイスキーは、ダブルどころかトリプル並である。
それを注ぎ終わった後、これは奢りだよ、とマスターは笑う。
だから、レノも笑った。
「サンキュ。じゃあ…失恋DAYの乾杯ってことで」
「またまた!そんな諦め早くちゃ駄目だよ」
「良いんだよ、もう。だって俺、取り返しのつかない善行しちゃったし―――」
そう言ってレノがグラスに口をつけた、その瞬間。
ピリリリ…
「あ?」
ふと、レノの携帯電話がメロディを奏でた。
それは、メールの着信を知らせるものだった。
もしかするとツォンからのサンキューメールか、若しくは苦情メールだろうかと、レノは失笑しながらも携帯に目を落とす。
まあ何にせよ自分にとっては嬉しくないメールだろうと踏んだレノは、何の気も無しにそのメールを開いてその内容を確認した。
が、しかし。