47:対面
カラン、と音がして店のドアが開いた。
そして、そのドアの向こうから女性が入ってくる。
それは紛れもなくCLUB ROSEのナンバーワンを誇る女性、マリアの姿だった。
マリアは真っ直ぐカウンターに向かうと、顔を出したマスターと何やら話し込む。そして数分話した後、ふっとレノとルーファウスのほうを見やった。
どうやらマスターから、二人のことについて何か聞いたらしい。
マスターはといえば、以前レノがやってきたとき、その姿を見て不審そうな顔をしていたものである。恐らく今日も嫌な予感を膨らませながらカクテルを作っていたに違いない。
「あ~マリア!今日はVIPよ!神羅の人が来てるの!」
何も知らない女性は、マリアに向けて笑顔でそう叫んだ。
それなりの身支度は済んでいるとはいえ、来たばかりでまだ店用に何も整えていなかったマリアは、そう言われて戸惑いながらも足を動かす。
本当ならば一旦着替えるようになっているものの、そうできる雰囲気でもなくて。
加えていうなら、その時のマリアは気分的にも着飾れる状態ではなかった。
それでもマリアは世間でいう美女である。その姿がテーブルに近づくと、外見上それなりに華々しい雰囲気にはなる。尤もこの場に於いては、あくまで外見上だけだったが。
「初めまして、マリアです。貴方がたが、神羅の―――――」
レノとルーファウスを交互に見やりながら、取り敢えず笑みを浮かべてマリアはそう切り出す。すると、ルーファウス脇の女性が朗々とこう言い放った。
「コチラは副社長さん。今日はすごいVIPでしょ」
「副…社長…――――」
その言葉を聞いたとき、マリアははっと驚いたように目を見開いた。
その視線は真っすぐルーファウスに注がれており、それを受けたルーファウスはどうして良いか分からないまま、目を逸らすこともできずにマリアを凝視している。
「あ…あの、私…」
マリアは突如として言葉を詰まらせると、何かを訴えようとルーファウスに向けて身を乗り出した。
それはこの店に於けるマリアという人間にしてみれば随分と珍しいことで、周りの女性は「やだ、マリアったら!」と訳も分からずに笑っている。
しかし当のマリアにとって、その副社長という言葉は単なる言葉ではなかった。笑えない。だってこの人が、あの兄のターゲットにされている人なのだ。
そんなマリアに反して、ルーファウスは別のことを考えていた。
突如として笑顔を消して近づいてきたマリアに驚き、まさかツォンは自分のことを伝えていたのだろうかと急激に不安になる。
そうだとしたら、どうやってこの場を切り抜ければ良いのだろうか。
最終的に選ばれたこの女性に対し、自分は裏切られた末に捨てられた惨めな存在なのだ。
そんな自分にとってこのマリアという存在は恨めしいものでしかなかったが、こんなふうに近づかれてはどうして良いか分からない。
確かに、彼女は綺麗だった。
存在だけは、名前だけは知っていたけれど、初めて見たその姿。
これが―――――ツォンの愛した、女性…。
「…っ」
ルーファウスは表情を歪ませると、唐突にマリアから顔を背けた。
その動作が、マリアを更に焦らせる。
が。
「ちょっと待て!」
そんな二人の間に、すっとレノが入りこんできた。
レノはルーファウスを保護するように腕を広げると、じっとマリアを睨む。その表情は、マリアにとってこの店で男客から受けることなど絶対にない類のもので、実に辛辣なものだった。
「やっと会えたな。あんたがマリアか、話があるんだ」
「え?」
そう言われて、マリアは驚いてレノの顔を凝視する。
驚いたのはマリアだけでなく回りの女性たちも同じだった。
先ほどまでのライト感覚の会話からすれば、その時のレノの声音は随分と真面目である。しかもそれは、マリアを相手にした瞬間に変わったのだ。
それでも事情を分かっていない女性たちは、なあんだ、やっぱりまたマリアかあ、と残念そうな声を出す。大方レノがマリア目的でこの店にやってきたと思ったのだろう。
確かにレノの目的はマリアだったが、しかしその目的はそういうことでは当然なかった。
「良いよな」
レノは、NOという答えなど出させないという調子でそう口にした。
だからマリアは、仕方なくそっと頷く。
一体、見ず知らずの神羅の人間がどんな用件なのだろうかと不思議だったが、神羅がツォンの勤めている会社である以上、繋がりはそこしか見当たらなかった。
仮に例の兄のことがツォンから伝えられているとしても、やはりそこはツォンと結びつく。ツォンが口にしない限りは神羅とマリアは繋がらないはずなのだから。
レノは、奥の席を借りる、と言ってマリアと共に去っていく。
奥の席には人がおらず、他の席からは死角になっていた。そこで話をするならまず見られることはない。
去っていった二人を見送った女性たちは、
「あ~らら、まったくこれだもんねえ。やっぱりマリアはスゴイわ!」
「最初からVIP席に行っちゃうとはね」
そんなことを口にした。
しかし彼女たちは直ぐに、殆ど喋りもしないルーファウスに目を向けると、今度はルーファウスに向けて軽い話題を繰り広げてきた。先ほどまで萎縮気味だった女性の方も、2対1になったことで少々心が軽くなったらしい。
「こっちには副社長がいるもんね!さっ、副社長、もっと飲みましょ」
「そうそう。やっぱり副社長が一番素敵だし」
「実はね、ウチには副社長のファンが沢山いるの。私たちはラッキーよ」
そんな軽い話題に囲まれながら、ルーファウスは苦笑するしかなかった。
心にともる不安は、死角になって見えないそこへと続いている。