54:想いを果たすために
やっぱりな、思った通りだ。
レノはタークスの任務に戻りながらもそんな事を考えていた。
今しがたルーファウスの元で今日のパーティについて再確認などを行っていたが、レノとしてはそれと同じくらい重要な確認事項があり、それは他でもなくルーファウスの気持ちだった。
他人の気持ちなど測りようがないけれど、表情や言動で大体は推測出来てしまう。
レノが欲しかったのはルーファウスからの言葉というよりも、ルーファウスの態度から推測できるような情報だった。
どう思ってるかなんて聞いたとしても、きっとルーファウスは言葉にしないだろう。というよりも、出来ないのに違いない。
だから、推測だけで良い。その推測だけでも、レノが欲しい情報としては充分だったから。
―――――結果は、予想通り。
ツォンが身を固めることが明るみに出た影響で、やはりルーファウスの意識はそこに戻っていた。
それは確実かどうか分からないものだったが、レノの推測ではほぼ間違いなくその方向に向いているといえる。
尤も、ツォンが身を固めるという事実をルーファウスの前で口にしたのはレノ自身だった。あのCLUB ROSEで、マリアを前にして、わざとそれを口にしたのである。
「玉砕にはぴったりのシチュエーションだよな」
レノは一人苦笑すると、これは最大の賭けだな、などと思う。
わざと最悪のシチュエーションにしておいて、最大の賭けに出るだなんてギャンブラーも良いところだ。しかしその事実を口にしなければ正攻法にならないとも思う。
レノはポケットから携帯電話を取り出すと、慣れた調子で番号を押し始めた。そして、数コール目に繋がった電話の向こうに、よう、と声をかける。
『…レノ、どこにいる?こっちはもうポイントに着いてるぞ』
電話の相手は相棒のルードで、どうやらルードは既に今日の任務ポイントに到着しているようだった。今日はルードと行動を共にする任務だったから、これならば融通が利くと思って少し抜けたのである。
予想通り、相棒はレノの不在を隠蔽してくれていたらしい。
「まだ本社。今からすぐ行くわ。多分30分くらいかかるからそれまでヨロシク」
『…全く。分かった、早く来てくれ』
ため息をつきながらもそう返してきたルードに、レノはありがとう、と礼を述べる。ルードはそれに無言を返すと、暫くした後にまるで違う話題を持ちだした。
『―――――最近、あのバーに行ってないらしいな』
あのバーというのは、いわずと知れた行きつけのバーの事である。確かにレノは、あの土砂降りの日以来あのバーには出入りしていない。
まあな、と無難な返答をしたレノに、ルードはマスターからの伝言とやらを伝えてくる。
それは店主というよりかは友人のような伝言で、内容はといえば、寂しいからたまには来いよ、というものだった。寂しいからなんて言うものだから、レノは思わず笑ってしまう。
『…酒断ちか』
「まあ、そんなとこ」
レノは顔の見えない相手に笑いかけると、
「だけどもうすぐ復活するかもよ?まーそうなった時にはフォローよろしく。大盤振る舞いで負け戦に乾杯だ」
そんな事を言った。
それはいかにも軽快な口調だったが、ルードはその言葉の裏にあるものを読み取ったのだか、いつも以上に落ち着いた口調で返してくる。さすがは相棒というべきか、こういう時の対処は完璧そのものだ。
『…事を成し遂げれば、どんな酒も極上だ』
「おーおー、言ってくれること」
ルードの言いたいことは分かっている。だから余計にその端的な言葉が心に入り込む。
確かにそう、事を成し遂げればどんな酒も極上なのだろう。
その極上の酒にありつくには、だから何かを成し遂げねばならない。
しかしルードの言う「事を成し遂げる」というのは、別段成功とはイコールではなかった。つまり、負け戦であろうと何だろうと、出来る限りの事をすればそれは極上の酒への道になるということである。
仮に―――――玉砕しても。それでも。
「そりゃもう、酒断ちしてるくらいですから」
やらなきゃ、嘘だろ。
ミッドガル某所にある喫茶店では、ツォンが独りノートパソコンのモニター画面を見つめていた。
モニターには、タークスの過去案件の詳細が映し出されている。
がしかし、その画面が映し出す情報よりも大切なものが、今のツォンの頭の中には蓄積されていた。最早、モニター画面など目に入ってはいない。
「……組織」
―――――マリアがくれた情報を、反芻する。
レノの言葉を受けタークスの情報網に入ったものの、考えた挙句、結局はマリアに直接聞こうと行動に出たのはつい先日のこと。
しかしその日、マリアから受けた告白があまりにも衝撃過ぎて、暫しその事ばかりが頭を巡ってしまっていた。
色々な事が同時に起こりすぎて頭がパンクしそうだったが、幸か不幸かマリアとの間に起こったあの問題だけは解決したといえる。いや、解決せざるを得なかったというのが正しいところかもしれない。
とにもかくにもそこが確定になった以上、残る問題は今日のパーティの事である。
このパーティでルーファウスの身の安全さえ確保できれば、あとは心置きなく自分を追い込めるに違いない。
そう、ルーファウスが無事に今日を終えることさえ出来れば、明日からはもう無心になって自分を責めるだけで良いのだ。
今までのように、復縁という淡い期待だとか甘い感傷だとかに浸ることなく…つまりは期待を切り捨てて生きていけるのである。
そうする為には当然、ルーファウスの身の安全を確保する必要がある。
「組織…か」
ツォンは頭に入ってこないモニター画面を見つめながらひっそりと口を動かす。
先日、マリアが自身の告白をするのと同時に教えてくれた情報は、彼女の兄という存在の情報だった。確か最初は、本当は秘密だとそう言っていた…兄の情報。
“悪さばかりしている人たちなの。きっとその副社長の命を狙ってるんだと思う”
―――――命を狙う…そのメリットは?
通常、命を狙う場合は怨恨や復讐が目的となる。
反神羅組織などは正にそれで、神羅を潰すそれ自体に意味があるのであり、その場合であれば神羅を代表する一人であるルーファウスの命が狙われるのも頷ける。
しかし、マリアの話によればその兄という存在は“悪さばかりしている人たち”なのだという。
悪さばかりしているというからには、神羅はターゲットの一つに“なった”というのが正しいところだろう。
ルーファウスの命を奪おうとするのであれば、それは何か別の目的があって、その邪魔立てをするようであれば命は無い、というようなニュアンスであるように思う。
要するに実際の目的はもっと別のところにあるのではないかというのが今のところのツォンの考えである。
尤も、それでも気は抜けない。その目的の引き合いにルーファウスが出されているのは事実なのだから。
マリアは詳細を知らないとの事だったが、自身が知りうる、今までの兄の行いをすべてツォンに告げてきた。
組織化している事、大方こんなことをしている筈だという事、そもそも幼い頃から彼はそういう道に倒錯していたという事。
「組織…となると、背景は多人数ということになるか」
どの程度の組織なのかは分からないが、とにかく背景は複数人ということになる。
パーティは招待制であるから、そこに潜り込むとなると強行突破か奇襲攻撃か…若しくは成り済ましで浸入してくる可能性がある。
悪さばかりしているという彼らにとって神羅はかなり大きなターゲットといえるだろう。そうなると、ここぞというときに下手なことはできない。つまり失敗は許されないということだ。
そのような場合、確実にそれを成功させる為に侵入者は組織の中でも手腕のある者が選ばれる。それはタークスでも同じことだからツォンにも理解できるところだ。
手腕のある者は自ずと組織の中で昇っていくものである、つまりそういった人物はトップではないにしろ格上の人物である可能性が高い。
「それを捕らえられれば背景を壊滅させることも可能だな」
いや、そもそも上の人間が崩れれば、自ずと組織全体が纏まらなくなるものだ。
だから問題は、実際その場にどの程度の人間が侵入してくるかという事である。
“あの薬…下の兄が教えてくれたの”
“あの人、CLUB ROSEにも出入りしてて…何度も持ってきたわ”
「昔からその道に傾倒していた…となると。かなりのキャリアか?」
―――――その兄とやらが現れる可能性も、高い…。
複雑なその家庭環境の話からすれば、その兄というのは血の繋がりが無かったはずである。
となれば、仮にその兄が登場したとしても容姿的な類似で見分けるのは不可能ということになるだろう。
「何にせよまずはその尻尾を捕らえること…だな」
ルーファウスを狙っているとすれば、ルーファウスに接触を図るのが道理である。
当然のことながらルーファウスの身辺警護を厚くする必要があるが、あのパーティの場でそれをするのは難しい。
そもそもがプレジデント神羅中心のパーティなのだし、大体身辺警護にはレノがつくことになっている。
いざという場合は仕方ないとはいえ、全館警護の名目で入館する以上、普通に考えれば下手な動きは出来ない。
「侵入者さえ特定できれば…」
もっと早くに情報を集めておくべきだった。
ツォンは俄かそう後悔する。
しかしここ数日に起こった出来事を考えると、そう上手く出来るはずなどないのだ。だからこれが精一杯。そう、精一杯のことなのである。
「……」
モニタ画面に映る瞳の奥。
その中で思い返されたのは、苦く痛々しいいつかの記憶。
―――――そう、その日…あの日に誓ったことが。
ルーファウスの本当の父親の存在を知ったあの日、そうなる数時間前までの自分は心からあることを望んでいた。それは、ルーファウスを安心させられるだけのものを手にいれたい、という願望。
それは痛々しい真実と共に、ツォンにタークス主任という称号を与えた。
結局ツォンが手にしたその称号は、ルーファウスを安心させるほどの能力など微塵も無かったが、最後であろう今夜のパーティでくらいはその能力を開花させたい。
あのころ切望していたものへの、せめてもの償い。
果たすならば、今しかない。
「あの日言えなかった気持ちを―――――今日こそ、行動で示してみせます…」
うわ言のようにそう呟くツォンの瞳には、ぼやけたモニタ画面が映し出されていた。