20:回想の時
こんな戦いの最中だというのに、ティファはころころと笑うようになった。
ある日、ヴィンセントはそんな彼女に呼び出された。
こうして呼び出されて話を聞くのは、最初のあの夜以来ではないだろうか。何だか酷く久々な気がする。
町外れまで来てから、ティファはとても優しそうに笑った。
「今日呼んだのはね、改めて謝ろうと思って」
そう言ったティファの長い髪が、風に揺れている。それを抑えながらティファは言葉を続けた。
「最近のクラウド、何だか何も無かったみたいにしっかりしてて。ほら、前の暗い表情なんかどっかいっちゃったみたいでしょ?」
「そうだな」
何となくヴィンセントも微笑を返す。それに嘘はない。
「だからね…やっぱりもう一度ヴィンセントには謝らないと、って思ってたの。前は私も焦ってて…だってセフィロス打倒を目指してて大変だっていうのに、あんなふうにクラウドが沈んでたら、何だかこっちが辛いじゃない」
「ああ」
未だあの口実を信じて疑わないティファに、ヴィンセントは何も言わなかった。それを修正しようとは思わない。それはそれで幸せなのだろうから。
「私ね、心配だったの。クラウドとは昔から知り合いだったし…それに。私は…」
言葉に詰まり、ティファは俯いた。
それを見ていたヴィンセントには、その続きの言葉が何となく分かっている。
彼女はあきらかにクラウドに惚れている。それは最初から分かっていた。
しかしいま、ヴィンセントはクラウドの気持ちも知っているのだ。その上では、二人の気持ちは重ならない。成就しない恋は虚しいが、それは今ここでとやかく言うことはでないだろう。
「今のクラウド見てるとね、昔のクラウドを思い出すの。そういうクラウドを私は忘れたくないなって…。だから、今は嬉しいんだ」
少し照れたように笑うティファに、ヴィンセントはやはり微笑を返す。
しかし、心の中では少し悲しさが込み上げた。
ティファの眼には、いまのクラウドが“本物”に見えているのだろう。しかしそれは違う。
今のクラウドが存在する理由は、ティファの思い出す過去の為でもなければ、セフィロスの為でもない。
理由は……自分にある。
それは傲慢ではなく、真実だった。
それを分かっているから、ヴィンセントは辛さを感じるほかない。
ただし、ティファの為にもクラウドの為にも、一つだけできることがあった。
それはヴィンセントにしかできないことであり、そしてヴィンセントが最終的に出そうとしている「結果」でもある。
「気にしなくて良い」
ヴィンセントはそっとそう言うと、一つ頷いた。
いまヴィンセントの脳裏をかすめるのは、いつかのクラウドの暗い表情と視線だった。
ずっと向けられていたあの視線の意味が、今ではわかる。あの頃のクラウドがなにを恐れていたのかも、今では分かる。
どうして視線が合うとすぐ逸らしたり、おどおどしたりするのか?
そう聞いたときクラウドは、自分を変だと思うかどうかを聞き、そしてこう言ったのだ。
『どうしたら楽になれるんだろう…』
そして夜のクラウドの存在について話したとき、クラウドは怯えたようにこう言った。
『俺…俺が言ったことって、何だ?』
暗い表情の原因は何だと聞いたら、彼はこう答えた。
『…言ったら、全て崩れる…かもしれない』
――――崩れる?それはつまり、何が崩れるのか?
『一番安心できる言葉はそれしかないだろ…?セフィロスは、今は敵でしかない。憎む対象はそういうトコにいた方が、良いだろ…』
――――憎む対象?それは誰にとっての憎む対象か?
そんなことは分かりきっている。
何故ならクラウドは知っていたのだ。自分を過剰に心配する人のことを、その人の想いを。
けれど、それに彼は答えなかった。
『…頼んでない』
そんな言葉でその想いを振り切った。
何故なら答えは、崩したくないけれど崩れ始めているものの中にあったから。
『さっきの。変なトコ、見せたよな』
そうやって、彼はいつも気遣った。本来なら飾る必要の無いヴィンセントに、そうして気遣ったのだ。
そして―――――最後にこう告げる。
『もう、全部のこと、忘れてくれ…』
恐れていたものは何だったか?
それは分かりきっている。
それは――――――。
“どうしたら楽になれる”のか分からないくらい、それは苦しいことだった。
近くには自分を想う存在があり、それに応えられない彼は、
“一番安心できる言葉”を投げかけ、納得をさせる。
何故答えられないかといえば、“気遣う”べき存在があったから。
けれど自分の心を気付かれてしまったら、“全てを崩すかもしれない”。
だからそれは避けたかった。
それを恐れていた。
だから彼は、
“全部のことを忘れて”欲しかった―――――
けれど、そんなことは不可能だ。
何故なら、生み出された存在はあまりにも貪欲で、何もかもを承知の上で存在していた。
知っていたのだから、存在の意味も、その方法も、その理由も。
夜になればまたクラウドと同じ部屋になる。そうなれば、ヴィンセントには静かに考える余裕は無かった。
クラウドといると、その瞳に飲まれそうになる。そして拒否もできなくなる。
それはクラウドの放つ不思議な魅力でもあったが、それだけが理由ではなかった。
今はヴィンセントの心の中にも拒否できないその理由が存在している。
だから、物を考えるのは昼が良いと思う。
夜は人の思考を狂わせるから。
「お前はどこに行ったんだ…」
まだ青い空の下で、ヴィンセントは呟いた。
目前では今後の話などを真面目にしているクラウドがいる。それはとても良いことだと思うが、いまいちその真面目な会話に思考がついていかなかった。
以前、目が合ってはきまずそうに視線を逸らすクラウドがいたが、彼は今はどこにいってしまったのだろうか?
彼は、今のクラウドの心の中で、それこそ膝を抱えて蹲っているのかもしれない。
けれどきっと、あのクラウドにはそこから脱する力など無いのだ。
“本物”や“普通”を勝ち取った今のクラウドのように、彼は貪欲ではなかった。あくまで全てが明るみに出ることを恐れ、隠し続け、自分の感情もコントロールできずに篭っていたのだから。
けれど、その彼にこそ、本来の目的は眠っているのである。
「ヴィンセントは俺と同じほうで良いな?」
突然話しかけられてヴィンセントは、はっとした。
「何の話だ?」
「聞いてなかったのか?パーティ分けの話だよ」
「ああ、そうか。…大丈夫だ、お前に任せる」
ヴィンセントはそう答えると、クラウドにそっと笑いかけた。