インフォメーション
希望という名の:ツォン×ルーファウス
早く終われば良い。
こんなことは何もかも。
そうじゃなければ、やりきれないじゃあないか。
反対をするものは、容赦なく処刑せよ。
それが恐怖政治の基本だ。
「ルーファウス様。なぜ恐怖政治などを?」
「なぜ?面白いことを聞くな」
恐怖政治をする人間に、なぜ、と問うことほど愚かしいことはない。
ルーファウスはそう思っている。
しかし眼前のツォンは臆面もせずにそう聞き、酷いことには理解できないとまで言う。その物言いには少々苛立ったが、しかしルーファウスは懇切丁寧に教えてやった。
「良いか、ツォン。この世で最も人間を支配するのは恐怖だ。恐怖は人の心理状態を異常にする。そういうのは扱いやすい。私が望む世界を実現するには、そうするのが一番良いんだ。歯向かう者には死を……真っ当な方法じゃないか」
「貴方の望む世界とは、一体どんな世界なのですか?」
「どんな?」
少なくとも、父親の作った薄っぺらい世界などではない。
だってあの父親は、いつだっていつだって神羅の利益を一番に考えてきた。
好感度をあげて、その裏でタークスや軍隊を使って思いのままに世界を動かしていく。
きっと誰かからすればそれは狡猾な、しかしうまいやり方なのだろう。
しかしルーファウスはそんなやり方を許せなかった。
だって、そんなやり方ではますます苦痛な時間が長引いてしまうではないか。
「――私は」
私は、終わらせたいのだ。
きっと、こんな気持ちはだれにも理解されないのだろうが。
「早く終わらせたいんだ。面倒なことすべてを」
「終わらせたい?」
話を聞いていたツォンは、実に純粋に首をかしげた。まあ当然だろう、そもそもからして意味が分からない言葉なのだから。
きっと、誰も共感などしてくれない。
ルーファウスはそう思う。
しかし、もしかしたら誰しもが無意識のそこでは“そういうことを望んでいる”のじゃないか、というような気もしている。
ルーファウスはツォンを見ると、実に穏やかに笑った。
まるで恐怖政治とは結びつかないような、爽やかな笑顔。
しかしその口から発せられる言葉はそれを裏切っていた。
「こんな絶望的な世界は、早く終わってしまった方が良い。そう、思わないか?」
「え…?」
「私はいつもそう思ってきた。生きれば生きるほど絶望的な世界。一体いつになったらこの絶望感は終わるのか…。誰しも、本当は気づいているはずなのに、知らないふりをしているから…だから、恐怖政治で絶望感を与えてやろうと思ったんだ」
そうだ、誰だって思うことがあるだろう。
一体いつまでこんな毎日を続けるのか?
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…
同じことの繰り返し。
いつになったらこの繰り返しは終わるのか?
いつまでこんな毎日を続ければいいのか?
――そうだ、きっと誰しも。
少しくらい、思っているのだ。
終わってしまえば良いのに、と。
「きっとそのうち分かる。私がずっと感じてきた絶望感…それと同じものを、誰しもが感じるようになるんだ」
「…それはつまり、共感を得たいということなのですか」
「共感?違う、そんなんじゃない。知らしめてやりたいんだ、私は」
従うか、処刑されるか、ただの二択。
生きるか死ぬかのサバイバル。
そう、選択肢はいつもぎりぎりの二択で、そこに自由など存在していなかった。その絶望感。どこにも逃げられない、まるで捉えられた檻の中にいるような気分。
ああ、そうだ。
この星はつまり――大きな檻なのだ。
そこに囚われ、生きている。
「その絶望は、どうしたら消えるのですか?」
ふとツォンがそう尋ねたのに対し、ルーファウスはゆるゆると首を横に振ってひっそりと笑った。
「どうしたって消えやしない。仮に消えるとすればそれは……それは、私の思考が消えたときだ」
“私が終わったら”、絶望も消えるだろう。
ルーファウスはそう言うと、そっとツォンの右の手首を掴んだ。そうしてその腕に力を込めると、
「可能なら、今すぐお前の手でそうしてくれても良い。――どうだ?これは栄誉に近い」
そんなことを言う。
「冗談はやめてください」
「冗談じゃない。私は本気だ」
「だとすれば私も本気でお答えします。私には、貴方の命を終わらせることはできません。それは私の望みに反するから」
「望みに反する…か」
ルーファウスはツォンの手首から手を離すと、そっと息を吐いた。
ここにも一つの、檻。
檻はいつでも絶望感を作り出す。
出られない。
囚われる。
自由を奪われて――雁字搦めになる。
「………」
所詮お前も同じ―――この世界と同じように私を絶望させるのか。
でも…多分。
多分その檻がまるでなければ、それはそれで絶望的な世界であることを、ルーファウスは何となく理解していた。
誰もこの絶望を理解しないと嘆く、そんな絶望感も檻。
しかしこの世の全てが絶望感を共有したら、それも絶望の檻に他ならない。
だから―――、
本当は、答えなんて、出せない。
そう、だから、この私が終わればいい。
あらゆる全ての檻を、檻だと理解しているこの脳が、消えてしまえばいい。
そして最後には、こんな人間を作り出した巨大なこの星という檻が、消えてしまえばいいのだ。
「…ルーファウス様。貴方の脳を蝕む絶望の正体は、何なのですか。生きれば生きるほど絶望する…その理由は一体?」
「だからそれは。この下らない日々が毎日毎日毎日毎日…!阿呆みたいに続くからだ」
「…ならば、なぜ下らないと?」
「“なぜ”?」
この男はさっきから問うてばかりだ。
ルーファウスはそう思い舌打ちをしながらも、やはり懇切丁寧にその答えを教えてやった。尤も、答えといってもたかが知れたものだったが。
「それはな、ツォン。楽しくもなんともないからだ。私には特段希望もない、だから全てに意味などない。くだらない。それだけの話だ」
「成程。でしたら―――楽しいことがあればよろしいのですね」
「なに?」
眉根を顰めてそう反応したルーファウスに、ツォンはすっ、と笑う。
落ち着いた、柔らかな笑みだ。
「でしたら…ルーファウス様。私の希望を半分、貴方に差し上げますよ。そのかわり、貴方の中の絶望の半分を私に下さい。私が―――それを引き受ける」
「な…にを、言ってる…?」
「言葉通りの意味です。私の希望を貴方が受け取って下されば、それで万事うまくいくと申し上げている。どうです、悪くはないでしょう?」
「…意味がわからない」
「そうですか。でしたら手始めに、今日の夜に食事にでもいきましょう」
「は…」
ルーファウスはいよいよ本気で意味がわからなくなってきた。
ツォンは何を言っているのだろうか。
そもそも恐怖政治と食事と、まったく繋がらないではないか。
―――とりあえず。
面倒そうだということだけは確かである。
恐怖政治を理解できないだとか、そのほかの話題にもどうして何でと疑問ばかり繰り返すツォンのこと、どうせ面倒な言葉をかけてくるに違いない。
そう思い、ルーファウスはもう早々にこの空間を切り上げようと考えた。
「……もう良い。さがれ、ツォン」
「ルーファウス様、まだお話が終っていません」
「うるさい。面倒なことは終わらせたいと言ったろう?私はそんなものは要らな――」
「ルーファウス様!」
ルーファウスの言葉を遮って響いたツォンの声は、ルーファウスの動きを止めるに十分な威力を発する。
―――なんだ?何が起こった?
目の前の男は部下にすぎない。
その男が自分に向って声を荒げるなど………考えられない。
信じられないという面持ちでツォンを見やっていたルーファウスに、当のツォンは、今度はゆっくりとした口調でこう言った。
「―――――面倒なのですよ、生きるということは」
だから、それを回避することなどできない。
ただでさえ面倒なそれに加え、誰かと関われば更に面倒になり、嫌いなものができれば更に面倒になり、果てには何もかもが面倒になる。食事、排泄、息をすることさえ。
しかし最も面倒なことは、おそらく希望そのものなのだ。
絶望を語るルーファウスが、面倒なものを切り離したいと言ったルーファウスが、自分には無いと、そう言ったもの。
しかしその最も面倒なものこそが、絶望の緩和剤なのだ。
「私は貴方の部下です。ですから―――私を信じて下さい」
「……」
「これは、私が貴方に捧げるミッションです。とても…リスクは高いですが」
「…ふん。ミッションだと」
ルーファウスはわざと溜息をついてみせると、吐き捨てるように「勝手にしろ」とそう言う。
ミッションだなんて――――バカバカしい。
しかし、目の前のツォンは、あのタークスの主任なのだ。
タークスの結果至上主義は今や完璧なものとなっている。つまりツォンの口にするミッションは完遂されることが絶対的に約束されているということであり、その裏にはツォン自身が絶対にそれを成功させるという責任と覚悟を負っているということなのだ。
それを、ルーファウスは理解している。
しているからこそ、そのツォンの言葉には素直に応えることなどできなかった。
―――――ツォンがそれをミッションというならば。
結果的に彼は、自分に希望を植え付けるのだ。
そしてそれは最も面倒なもので、しかしこの絶望の半分を消すことができるという。
「……やれるものならやってみればいいじゃないか」
ルーファウスはぽつりとそう呟く。
しかし、そう呟いたその脳裏には、未来は変わるのかもしれないという“希望”の片鱗が、見え隠れしていた。
END