Seventh bridge -すてられたものがたり-
***
俺は見慣れないトラックに目を細めてた。
どんどんとこっちに近づいてくるトラックに、俺はただただ立ちんぼ。普通だったらさっさと隠れるんだろうけど、どうしてかそんな気になれなかった。
トラックは、やがて俺の脇をすっと通り過ぎて、ジッチャンの家の目の前で礼儀正しくちょこんと止まりやがった。
ガチャっとドアが開く。そして、にゅっと足が伸びてきて、その足ががっちりと地面についた。俺はそれをじっと見てる。
―――――と。
「おたく、ここの居候とかいう人?」
ダルマみたいな男がトラックから降りてきて、無表情で俺にそう聞いてきた。
生白い肌をして、薄緑の作業服を着てる。何だか感じが悪い奴だ。
「ここのおじいさん、死んだんでしょ?回収に来たから」
「え…!?」
俺は目を見張った。
こいつ、何言ってるんだ?何でそんなこと分かるんだ?
俺が驚いているのを見て、ダルマはニヤニヤと笑った。本当にムカつく笑い方だ。
「ここのおじいさんに何かあったら大問題なんでね。だってそうでしょ?ここの地主の父親なんだしさ。俺たちも大変なんだよね」
「大変って…おい待て!ソレ、どういう意味だよ!」
面倒くさそうにジッチャンの家に歩いていくダルマを追いかけて、俺はそいつの腕を掴んで止めた。ダルマは迷惑そうに俺を見て、何だよ、と毒づいてくる。
「俺らだって、いきなりここの土地に引っ越せって言われて迷惑かけられた身なんだよ。分かるか?こんっな田舎に引っ越せってさあ!」
「オマエ、何者だよ?」
「は?」
ダルマは一瞬驚いた顔をして、その後どっと笑い出した。破裂しそうな丸い顔が醜く歪んでる。もう視界は最悪そのもの。
「なに、あんた知らないんだ?まあ居候じゃ仕方ないかな。あのね、ここの農村は買い取られたんだよ。しかも、この農村に社員数人の家族が強制的に移住しなきゃいけなくなったんだよ。しかも社長の親父を見張るためだけにな。ここのじいさんのことだよ。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない!」
「社員の家族?じゃあ…」
やっぱり、ジッチャンはこの村で見張られてたのか。
俺はその事実に少なからず驚いた。そんなことを実際にやってたなんて。
昔の神羅だったら軽くやってたことだけど、あの時代が終わって、そういうことはなくなったんだって思ってた。…それなのに。
「俺の親父は移住組にさせられたんだよ。そのとばっちりで俺までこんなとこに住まなきゃならなくなった。都会を離れて、農民に混じって見張り作業なんざ…あ~あ、思い出しても最悪だったぜ。でもまあ、そろそろ解放かもな」
ダルマがジッチャンの家に向かって歩いていく。
このままじゃジッチャンが危ない。どうされるのかは分からないけど、どうせロクでもない扱いをされるに決まってるんだ。
「ちょっと待てよ!ジッチャンをどうするつもりだよ!」
「だから回収するって言ってるだろ?そういう約束なんだよ、死んだら社長のところに搬送しろってさ。まあそうはいっても社長もなあ…」
ダルマはふいに立ち止まって、ぐふふふと含むように笑った。気味が悪い。
一体社長がどうだっていうんだ?
俺がそう聞くまでもなく、ダルマはその理由を自ら口にした。そして、そりゃ俺にとっては信じられないような内容だった。
「社長もこの前の爆破で死んじまったしな!これで俺らも自由だと思うと、まったくせいせいするぜ!」
「爆破…って」
―――――――――社長が爆破で死んだ?
それはつまり…。
“死傷者は医療団体関係者35人が確認されている模様です”
“この中には幹部も含まれており――――”
あの爆破は、あのデッカイヤツにとっては復讐で。
その復讐の相手は…「医療団体」だった。
―――――――――社長の親父を見張るため?
“息子は立派に成人して、私の跡を継いだ”
“頭の良い子でね、商売は上手い具合に回るようになったよ”
ジッチャンの息子は「社長」。
―――――――――つまりそれは医療団体のトップ。
それは…だから。
「嘘だろ…そんなのアリかよ…?」
俺は死んだ金魚みたいに口を開けてた。
まさかジッチャンが…ジッチャンの息子とかいうやつがあの医療団体のトップだなんて思わなかったんだ。普通そんなこと思うはずない。こんな偶然なんて。いや、それともこれは必然なのか?
“ところがある時から息子が危険な仕事をし出したのに気づいて、私は息子を止めようと思った”
あの時ジッチャンが言ってたこと、俺は今になってようやく分かった。
あれはきっと、プリズン管理局と手を組んだことを言ってたんだ。その裏取引にジッチャンは反対したんだろう。ところが息子にはそれが邪魔だった。そりゃそうだろうな、もし邪魔をされれば折角軌道にのった医療団体がパンクしちまうんだから。
“腐った目など要らん”
あの男は、その言葉の通りにジッチャンの目を切り取ったんだ。
そしてプリズン管理局と手を組んで、膨張剤を――――――――…。
「何だソレ…じゃあ俺はずっと…」
敵の中にいたってことか?
いや、違う。ジッチャンは敵じゃなかった。ジッチャンも敵に囲まれてたんだ。
例えば…そう、目の前のこのダルマみたいな奴らに。
俺は心の中でジッチャンに謝った。ごめん、って。
これでもう確定だ、俺はジッチャンとの約束を守れない。だって俺はジッチャンの息子とは敵だし、それにジッチャンの息子はもう本を取りに来れないんだって。
ムカつく相手だけど、何でかな、本を投げつけてやることすらできないのは何だか悲しい気がしてた。せめてそいつの顔面に思いっきり分厚い本を投げつけてやりたかった。
でも―――――それはもう、出来ない。
「そういうわけなんで、悪いけど回収させてもらうからな。はあ~これでこの村ともオサラバだ」
「ちょっと!待てよ!」
俺はダルマを呼び止めた。怪訝そうなダルマが振り返って俺を睨む。
「何だよ、この居候!」
「うっせーな。俺はもう居候じゃねーよ、ジッチャンは死んだんだから」
「はっ!じゃあ一人でこれからのことについて悩むんだな!」
「そうだな、そーする。けど――――ダルマはダルマらしく大人しく転がってるべきだろ?」
「はあ?」
俺はニッと笑うと、目の前のダルマに襲い掛かった。
でも残念なことに武器は0。強いて言うなら五体満足が唯一にして最大の武器。俺はその武器を駆使して、体術なんてそんなに得意じゃないってのにダルマをこてんぱんにしてやった。
あーあ、神羅の頃の俺だったらさ、もっと完璧にのしてやれたのに。
だけど神羅はもうないし、俺はもうタークスじゃない。
俺は――――――――“ただの犯罪者”だ。
「残念だったな、ダルマさん?俺さ、アンタみたいなの大っ嫌いなんだよな」
「てめっ…く、ううっ」
俺はダルマの腕を捻って動けないように上の乗っかってる。ダルマは殴られた衝撃で意識が遠のきかけてるらしい。まさかここで死んでもらっちゃ困る。だからそれなりに手は抜いた。死んだら元の木阿弥だ。そんな簡単にさ、軽薄って罪を拭ってもらっちゃ困るんだ。
だって、死んじまうより生きてる方が何億倍も辛いだろ?
「…っと」
俺はダルマの意識がぷっつりと途切れたのを確認して、その体をずるずると引きずった。それで、トラックの荷台に放り込む。トラックにはうまい具合に荷物が乗っかってたから、俺はジッチャンの家からロープを持ってきて、荷物とダルマをぐるぐるに巻いた。これでOK、ダルマだってすぐには逃げられない。
俺はトラックの運転席に乗り込んでアクセルをふかした。Uターンして、とにかくジッチャンの家から離れようと思った。…けど、ふと思い出して、直したラジオと、あの分厚い本を一冊持ってきた。で、も一度アクセルをふかす。
その本は、もう渡す相手のいない本だけど――――でも、その本だけがジッチャンの心の証だと思った。
ラジオが世の中の変化を伝える。
至極深刻な内容を、悲痛そうな顔で、だけどマニュアル通りに、一字一句間違いなく伝えた。
『緊急ニュースです。大変な出来事が起こりました。医療団体本部、プリズン管理局本部に続き、警察機構本部が爆破を受けました。現在確認されているところでは幹部は全員に渡ってこの爆破に巻き込まれ、現場は騒然となっています。また、これにより現在行われている捜査が一時中断となりますが、組織崩壊による実質的な捜査打ち切りが懸念されています。事態は悪化の一途を辿ることになりそうです』