Seventh bridge -すてられたものがたり-
世の中は激動していた。
いや、訂正。“俺の中の”世の中は激動してた。
目の前には見事なほどの畑が広がってて、空気も綺麗で、もう言うことないって感じ。だけどこの風景からは分からないことが、この村には渦巻いてる。
俺はでっかい伸びをした。
そして、昨日俺の中に入り込んだ、あのデッカイヤツの死って事実を、二酸化炭素と一緒に吐き出した。俺はアイツの死を忘れることはできないけど、それでも今だけは休憩しなくちゃいけない。ジッチャンの手伝いをしなくちゃいけないからだ。
俺は井戸の水を汲んで、ジッチャンの家まで持ってった。
「おはよー。ジッチャン、起きてっか?」
ガラガラっとドアを開ける。
で…ああ、いたいた。ジッチャン発見。いつもの椅子にうな垂れながらうたたね寝してる。
俺は思わず笑った。
「よ、ジッチャン!」
とん、と肩を叩く。別に大した力じゃない。ほんのわずかな力。
なのに――――。
「え…」
バタッ
そう音を立てて、ジッチャンが前のめりに倒れた。床の上に大の字になって倒れたジッチャンは、殺人現場のヒトガタみたいに都合よくあの形になってる。
「おい…待てよ…」
一瞬、俺は動揺した。
今日は、この時間は、いつもの繰り返しで過ぎてゆくはずだった。いつも通りに挨拶をして、いつも通りに話をして、いつも通りに時間が過ぎるはずだった。
なのに―――――――――何だよ、これ?
暫く俺は呆然としてたけど、ある段になって少しばっかり冷静になって、ジッチャンの脈を図ったりした。勿論そりゃ意味の無い行動だ。脈、はなかった。
ジッチャンは、死んでた。
「……」
俺は、沈黙したまま、ジッチャンの体をずりっと起こした。ジッチャンの体はずっしりと重くて冷たい。やっとのことでその体を椅子に座らせると、俺は何故かジッチャンの髪に触れた。白くて、硬い髪だった。顔を覗き込んでみると、目元にも口元にもどこにもかしこにも深い皴があって、それがやけに切ない気がした。
細いジッチャンの手を握ってみる。そこに力はもう無い。
「…ありがとな、ジッチャン」
俺はジッチャンにお礼を言いたくてそう呟いたけど、その声は少し掠れてた。上手く届いたかな?届いてると良いな、ジッチャンの耳に。
“あの本の持ち主がやってきたら…その時は本の渡して欲しいんだ”
――――――――ああ、俺…。
ジッチャンと約束したんだった。
息子がきたら、あの本を渡してやるんだ、って。
それを思い出して、ふと、本の山を見てみる。相変わらず埃が溜まってて、思わず咳き込みそうになるくらいだ。
「……」
一番上の本を手にとってみる。例の、幸せがどうのこうのっていう本だ。ぱっぱっと埃を払うと厳しい表紙が出てきた。俺には関係の無い世界だったけど、やっぱりこの本は思想的に難しそうな本だってことは分かった。
その下も、その下も、その下も…ずっとそんな感じだ。
「あ…れ」
その時、ふと俺の視界に異様なものが写った。
何だ?
そう思って、気になったところを覗いてみる。どうやら机の下にはダンボールみたいなものが積まれてるらしい。そのダンボールの山は、汚れた布ですっぽりと覆われて隠されていた。
布を取って、ダンボールを開けてみる。
―――――大金だった。
そこにあるのは、使い切るのも大変なくらいの大金で、次から次へと溢れ出てくる。元手なんて分かりきってる。ここら一帯を買い取ったっていうジッチャンの息子だ。
この大金で買われたのは、土地だけじゃなく、ジッチャンもだ。ジッチャンはこの金で、此処に縛り付けられたんだ。
「何だよ…こんな金なんて…」
俺は大量のギルを掴んだ。
俺だってさ、昔は結構高給取りだったんだぜ?ついこないだまでだって、そこそこ貰ってたんだぜ?だけどさ、それ以上にそのギルはすげえんだよ。すげえけど、何だよこんなもん!ってふうにしか思えないんだよ。
馬鹿馬鹿しいだろ、なあ?
こんな紙切れ一枚で、馬鹿馬鹿しいほど人は態度を変える。時には人を裏切ってまでさ。
どうしてだよ?
こんなもんが無けりゃどれだけ良かったんだろ。
なあ―――――。
「…ざけんなよ!こんなの!」
俺は、ギルを思いっきりぶん投げた。
ぶん投げて、ぶん投げて、ぶん投げた。
ジッチャンの眠るこの部屋は、埃とギルにまみれてた。
生命を終えたジッチャンの体に、ひらひらと、生命を持たないくせに人の生命を奪うような悪魔の紙が、落ちた。
紙幣には、歴史の功績者としてのプレジデント神羅が描かれてた。改定案が何度も出されたのに結局そのままになってる紙幣のデザイン。ギルは権力を示してた。権力によって世の中が動いていることをまざまざと見せ付けてた。そしてその紙幣の下で、ジッチャンは目を閉じてた。永久に開けない目を。
「…なんでだよ…なんでいつも…!」
悔しかった。
俺は悔しかった。
何だかよく分からないけど、もう全てが悔しかったし、許せなかった。
そんな気持ちが破裂しそうで、俺はそこに立っていられなくて、とにかくドアを乱雑に開けてバッ、と外に出た。
――――――と。
そこには、快晴の空。雲一つなくて、本当に嫌味なくらい酷く明るい空だった。
抜けるような青色が俺の目に映って、俺は危うく泣きそうになった。
「…ジッチャンに…本当の名前、言えなかったな…」
俺の名前は、レノ。
そう言えたら良かったのにな。
でも、名前なんてどっちでも良かったのかもしれない。
ここ最近レノって名前を呼ばれることもないから、俺は、自分が誰なのか一瞬分からなくなりそうになる。もしかしたら俺は本当にルードなんじゃないか、って。そんな馬鹿な話もないけど。
「お前がいたらさ、俺に何て言うかな?俺らしくないとか、言い出すのかもな」
なあ、ルード――――――。
俺、何だかお前に会いたいって思う。
何だろうな、この感覚。
お前なんてさ、実際会ったら思いのほか否定とかしてきて、容赦なくため息なんかついちゃって、ホントは全然違う思考の持ち主だってことは分かってるんだ。
だけどさ、何でだろう?
お前にだったら、話したいって思う。
そうしたらお前は、少しは俺のことを、考えてくれるんだろうなって。
長い付き合いだったからかな?
こういう、少し弱気になる時とか、どうしたら良いのか迷ったときとか、お前と話したくなるよ。だからきっと俺は、お前にメールを送りつけたりしたんだろうな。
勝手すぎるよな。
ごめんな。
「…お前も元気じゃなさそうなのに」
俺は、ふいに携帯を取り出して、ルードにメールをしようと操作をし始めた。
だけどその時、ふいにドドドドド、という音が響き渡って、俺はその方向に視線を走らせた。見ると、村の入り口の方から見慣れないようなトラックが一台走ってくる。
「あれは…」
トラックは、どう考えてもジッチャンの家の方に向かってきていた。