Seventh bridge -すてられたものがたり-(1)【ルドレノ】

*Seventh bridge

Seventh bridge -すてられたものがたり-

 

広場の片隅に、黒く丸い塊が落ちていた。

それはその道が正しかったことの証明だったが、やがて風に吹かれてどこかへと姿を消していった。

 

 

 

DATE:07/10

FROM:レノ

TITLE:最後のメール

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

いままでありがとな。

俺、お前のコト大好きだった。

ホントに、ありがとう。

– – – – – – – – – END – – – – – – – – –

 

 

 

「なんだよ、もう帰るのか。付き合いわりーな」

「ま、ね」

仕事仲間と呑む日、大体俺は早く帰る。

本来散々呑みまくる俺にとっちゃ狂ったとしかいえない所業。

確かにな、俺は狂ってんだ。

仕事仲間と一緒に居るときにはいつも。

「じゃお先」

俺はにっこりスマイルで軽く手をかざす。奴らは何も思わずにやっぱり軽く手を上げてきたけど、本当は分かってる。俺がいようがいまいがどうだって良いってことは。

そうだ、俺は別にどうでもいい。

ここは俺の居場所じゃない。

そんなの知ってるんだよ。

仕事仲間を振り切って俺がまずしたことはといえば携帯に手を伸ばすことだった。番号は昔々から馴染みの奴で、電話帳出すより押す方が早いってくらい。きっかり三回のコールの後、奴はちゃんと電話に出てきて俺を笑顔にさせる。馬鹿らしいほど簡単な、これは俺の安定剤。

「もしもーし、俺、俺だよ」

『またおまえか。今度は一体何だ』

おやおや、そりゃつれなさすぎるってもんじゃないか。また、とか、今度は、とか、そんな言葉で片付けられてしまうとはちょっとショックだ。

「呑み行かない?」

『またか。昨日も呑んだだろう』

「そうだっけ?残念、俺は過去引きずらないタチだから」

ウソウソ、大嘘。嘘も体外にしろって話だ。

だけど俺はそんな素振り見せずに良いじゃん、とか、どうせ暇なんだろ、とかいい加減な言葉を並び立てる。だから奴はギブアップ。そして俺は勝者になる。

『分かった、じゃあ例の場所で』

「リョウカイ!」

俺は満足に電話を切ると、颯爽と例の場所に向かった。

 

 

 

最近の俺は悩める小羊。だけど仕事仲間はいまいちそれを分かってない。

毎日毎日嫌になるくらい顔突き合わせてるってのにさっぱり分からない。でも仕方ない、俺だってあいつらのことなんかさっぱり分からないんだから。

昔からの癖でちょっと洒落たバーに行く。

これが俺と奴の例の場所で、こいつは昔々から馴染みの最早故郷並の店。年代物のブリキのオモチャに廃れたジャズミュージシャンのポスター。今じゃ化石と化したジュークボックスに中身が腐った古い酒瓶。出力オーバーの白熱灯に時代遅れのプロペラ。いつまで経ってもこいつらは変わらない。

「で、どういう了見だ?」

「猟犬なんて飼ってないけど?」

「おまえな…」

隣で呆れてるハゲは俺の相棒のルード。

俺と違って堅実街道まっしぐらなルードは未だにブルーブラックのスーツをしゃんと来てる。それに比べて俺はといえば、ちょっとばかし草臥れたシャツにピンストライプスラックスってな粋なカッコ。

この違いが何なのか、俺はちゃんと分かってる。

「最近のお前は奇行が多いぞ。まあ昔からだけどな」

「あーらら。ヒドイ言い草。もちっと優しさが欲しいね」

「優しさ?今此処に来てるこれ自体が優しさだろう」

ハイハイ、大統領には適いません、と俺はおどけて両手を上げる。それに対して大統領は思いっきり嘆息。核爆弾スイッチ押下のキッカケ作りに俺は大貢献。

洒落たバーには、今じゃもう懐メロ並になったジャズが流れてた。

ああ知ってる。この歌。

歌ってたのはなんて言ったっけかな。

俺の世代じゃないけどそこそこ有名な歌手。俺はリアルタイムにこの歌手を見たことは無かったけど、阿呆なテレビ特番で何度か過去の栄光を見たことがある。よくある、あの人は今、みたいな番組だ。

「それで、真面目な話どうしたんだ。続けて二日も。何かあったんだろう?」

目の前のハゲがそう真面目に言ってくるのに、俺はまだ歌手のことを考えてた。

何だったかな。この歌手はどうなったんだっけ。

「おいレノ、聞いているのか」

「……」

「おい」

「……あ!!」

俺は突然声を上げた。

そうだ、思い出した。確かこの歌手は。

「こじんまりした農村で隠居暮しだ!」

「―――は?」

俺の隣でぽかんとした顔をしてるルードに、俺は大満足な顔して隠居だよ、と繰り返す。喉に引っ掛かった魚の骨が取れたみたいにスッキリだ。

「この歌、有名だろ。歌ってた奴どうしたかなって思って」

「…そんなことを考えてたのか」

俺の話を聞いてないなお前は、と愚痴るルードなんてお構いナシに、俺はそうそう、と未だに一人納得してる。一世一代を築いたジャズヴォーカリスト、今では農村で収穫に奔走。泣けもしないキャッチコピーだ。彼女の舞台にはもうスポットライトがない。客電も照明も消えたままだ。

「記憶力試しは良いとして…一体どうしたんだと聞いてるんだ。話が無いなら帰るぞ」

「友達甲斐の無い奴だな。良いだろ、昔懐かしの記憶探ししたって。それともナニ?職場が変わった忙しない社会人は、マトモで下らない人生プランの話しかしちゃいけないのかよ?」

「……」

俺はふんふんふんと鼻歌を歌いながらグラスをカランと傾ける。勝つのは俺だ。

俺の言葉が効いたんだか、核爆弾スイッチを押す覚悟が出来たんだか、ルードは口を噤んでる。サングラスのハゲがしんみりバーボン…こんなんじゃ恐ろしくて周りは声なんてかけられやしないだろうけど、俺にとっちゃ大したこと無い。

「順調か?おシゴト」

「昨日と同じ会話か。……順調だ、お前と違ってな」

「そりゃめでたい」

昨日、俺はルードを呼び出して散々仕事について聞いた。

どんな調子か、同僚はどうか、色恋話は無いのか、愚痴は無いのか、収入はどうか…etc。

俺のその問いにルードはクソ真面目に回答して、最後に「お前はどうなんだ」と俺の近況を聞いてきたけど、俺はそれにまあまあという一言だけしか答えなかった。そのせいか、やけにぶすっとしていたのを覚えてる。まあ昨日の話だからな。

―――――――正直。

俺にはルードの近況が羨ましかった。

ルードにとっちゃ何でもない普通の生活が、俺には特別なものみたいに感じられた。どうしてかっていえば、俺の近況は“まあまあ”だったからだ。

“最高”じゃなくて、“まあまあ”。

可もなく不可もなく。

不幸は無いけど、かといって幸せもない。ロールプレイングゲームでレベル上げの為にフィールドを際限なく歩いてるそんな感じ。しかも一回終わったゲームの、だ。これ以上イベントなんかありゃしないのに。

「どうやらお前は目出度くないようだな」

「は?」

「…仕事だ。芳しくないんだろう?―――憎まれ口を叩くのも大概にしろ」

「ほー」

俺は相棒のグラスにカチン、と一方的な乾杯をする。その乾杯にどんな意味があるのか俺自身にも良く分からない。案の定、相棒も眉を顰めてへんちくりんな顔してた。

「ま、確かに面白くも何ともないや。ラスボスもイベントもなーんもない」

「は…?ラスボス??」

ゲームだよゲーム、と俺は手をひらひらさせる。

「何かダンジョンでもありゃ楽しめるのに。残念な俺」

「……」

あーあ、と大きくワザとらしい溜息をついた俺の隣では、相棒が無口を極めてた。サングラスの奥で何を考えてんだか俺は多分知ってたけど、それを口に出すことはしない。だけど相棒は、そんな俺を裏切るようにこう言った。

「――――戻ってくるか」

その言葉は、懐メロジャズに乗っかって俺の耳に届く。

“いつか貴方との思い出は消えていくわ”

農作に奔走する彼女がそう歌う。

“だから今夜このグラスに閉じ込めるの“

“大切な言葉たちを”

スポットライトを失った彼女がそう歌う。

「ツォンさんもお前を待ってる。俺も例外じゃない」

「おいおい」

俺はワザと吹き出して、いかにも可笑しくて仕方ないといったように腹を抱える。そうしてハゲに向かって手で拳銃を作る。昔、俺が練習しても練習しても習得できなかった拳銃。俺は、バン、と口で発砲し、見えない煙をふっと息で吹く。ハゲは、ビクともしなかった。やられたフリくらいしろってのに。

「俺は自分からタークス後継を拒んだ人間だぜ?今更ソレ、笑えない冗談だろ。バグでもなきゃありえない展開だぜ」

改造データじゃなきゃ、死んだ人間が生き返るなんてありえないんだよ。

敵に寝返った仲間が一緒にパーティ組むなんてユーザーの希望妄想だぜ。

なあ、そうだろ?

「俺は自分で今んトコを選んだんだ。誰にも文句は言わせないって」

「…別に文句を言うつもりはない」

確かにな、そりゃそうだろ。

何しろこのハゲは俺が去ろうとした時、止めるどころか何も言わなかった。長年一緒にコンビ組んできたのに、何一つ。こいつは無口を極めてた。

「ただ言ってみただけだ。気分を殺いだなら、謝る」

「はっ!別に」

“貴方がいつか私を思い出したらその時はこう言って”

沈黙の中に、彼女が歌ってる。

誰もが知っているのに、誰もが気にも止めなくなってしまった歌。

“彼女はきっと幸せに暮らしてる 幸せに暮らしてる”

俺はグラスの底を覗きこんだ。

そこには思い出が浮かんでるのか?

沈んでるのか?

彼女は本当に幸せなのか?

「上手くやってくよ、俺は」

呟いた俺に、ハゲはこう言う。

「そうか、分かった」

俺は勝つんだ。勝たなきゃダメなんだ。

“悲しいけれどサヨナラ 私が愛した大切な貴方”

 

 

 

俺の退屈な日は相変わらず続いてた。

脇では同僚が楽しそうに雑誌を眺めてて、俺はと言えばむっつり無口を決め込んでツマラナイ仕事の指示書を見てる。

“第4エリアSランクプリズン 周期調査に関して”

見出しはコレだ。

どっかで聞いたような仕事内容に俺はうっかり苦笑しそうになる。

「それ、俺らには関係ないぜ。ま、そもそも元から俺らは書類眺めてりゃ良いわけだしな」

「ふーん」

雑誌を上げていきなりそう話し掛けてきた同僚に、俺は素っ気無い返事を返す。ナルホド、俺らの仕事はいかにも単純退屈だ。書類見て、コイツの人トナリはこうでって机上ミニチュア世界を繰り広げてく。

「楽な仕事になって良かったわ。現場なんてもう懲り懲りだぜ」

「そうか?割と良いと思うけど」

「冗談!暗くって気が沈むぜ。つまんないしさ」

それよか今日飲みに行かないか、とアフター話に転換させたその男に、俺はちょっとムッとして書類を放る。あーホラ、気に食わないとすぐコレだ。自分でも呆れるけど無理なモノは無理。我慢も過ぎりゃ爆発する。

「俺、これ立候補するわ」

唐突にそう言った俺に、同僚は驚いて目ん玉を丸くする。

「マジかよ!やんなくても良いのにわざわざ?周期調査に?」

「そー、やんなくても良いのに好き好んで。周期調査に」

「げっ…」

別に愛社精神に富んでるワケじゃないぜ。そこら辺、勘違いしないで欲しい。けど無駄ってことは知ってる。

「レノに自発的にそんな事されたら、同部署の俺が何もやってないみたいじゃんかよ。俺も行かなきゃマズくなるって」

ホラな。

別にマズいコトなんか何もないだろ。

そりゃ単に自分が低く評価されそうなのがマズいって勝手に焦ってるだけだっての。やりたくなきゃやらなきゃ良い。

「じゃーやるわ、俺も」

「あっそ?」

俺は適当に返事をすると、因みに今日は飲めないから、と席を立ち上がった。

 

 

 

第4エリアSランクプリズン周期調査。

こういうのが、俺が今いるトコの仕事。

世界各地にあるプリズン――――刑務所の専属管理局だ。

平社員の仕事は所内監視と建物管理。ちょっと特殊な社員だと武力制圧、まあこれは聞こえは悪いが脱走を防いだり暴れた奴らを鎮める働きがある。さすがに後者はそれなりのスキルが求められるワケで、そんなのお茶の子サイサイだった俺は簡単にこの入社テストをクリアした。

神羅が無くなって数年、神羅が牛耳っていた事業は他の企業が率先して継承した。別段ボランティア精神の為じゃない、単に利益の為だ。独占されてた事業が解放されて我先にと飛び付いただけ…まあどうでも良いけど。

俺は武力制圧を担当する特殊な社員として迎えられた。

最初はこんなのも良いかって気分だったし、それなりに動けることが最高に嬉しかった。でも、その内俺はそんなふうに自由に動く事も出来なくなって、望みもしない昇進なんかを遂げたんだ。昇進なんて言葉、俺には無縁だったのに。

…で。

俺は晴れてデスクマンに成り下がった。いや違う、世の中ではこれが上なんだよな。成り上がったとでも言えば良いのか。まあどっちにしろ、それは俺にとって最高に退屈な権利だった。そ、最高に。

 

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