■セフィクラ:SERIOUS■
過去に放った「嫌い」という言葉。
何度「好き」と言えばそれは消えるのだろう。
ようやく王者SC、シリアスちょい長めです!
好きという言葉は何度聞いても物足りない。
けれど、嫌いという言葉はたった一度で人の心に浸透してしまう。
過去に言った「嫌い」を打ち消すには、一体どれくらいの「好き」をいえば良いのだろう?
”お前のことなど、嫌いだ”
そう言ったら、彼はとても傷ついた顔をした。そして、泣きそうな顔をして必死にこちらを見ていた。
そのことを、セフィロスは忘れてはいなかった。いや、忘れられなかったのである。
「お願い、嫌いにならないで」
「なるわけがない。そんなことを気にするな。…好きだから。安心しろ」
事あるごとにクラウドがそんなことを言うものだから、セフィロスは必ずそう言い返すようになっていた。それは最早癖のようなものである。その上、その言葉の語尾には必ず好きだという告白の言葉まで付け加えていた。
ところが、そのような言葉でクラウドが喜ぶことはない。彼は、「好きだ」という言葉を受けて、ただひたすらに”安心”するだけなのだ。
怯えを中和するだけの告白の言葉。
それは、たった一度の「嫌い」という言葉が作り上げてしまった悲しい現実。
今でも思う、あれは立派な過失だったと。
しかし出来上がってしまったものを無かったことにするわけにはいかない。
そういうセフィロスの気持ちを知っているのだか、クラウドは時々申し訳なさそうな顔をする。そして、怯えた顔をしてごめんね、と言うのだ。
「俺のせいで、気を遣わせてゴメンね。俺こんなだけど…あの、嫌いにならないで…」
「だから問題ない。気にするな。俺はお前が好きだ」
「うん…」
クラウドは頷きながらも浮かない顔をしている。安心はするけれども喜んではいないのだ。
こんなクラウドを、どうしたら喜ばすことができるだろうか。あの「嫌い」を無くすことができるだろうか。
セフィロスは、日常の中で何度も何度も「好き」を繰り返しながらも、それがまるで「嫌い」の打ち消しにならないことに気付いていた。あの「嫌い」を打ち消すには、包括できるほど何か大きなものが必要なのだろう。
何をすれば、クラウドは喜んでくれるのか。心から笑ってくれるのか。
たった一度、本気でもなく感情任せに言ったあの言葉を、どうにかして消せるならば――。
「クラウド、お前はどういうことが嬉しいと思う?」
「…ん、セフィロスが傍にいてくれれば嬉しいよ」
「クラウド、お前は何をすれば喜んでくれる?」
「…ん、セフィロスがしてくれることなら何でも喜ぶよ」
「クラウド、お前は何をしている時が幸せだ?」
「…ん、セフィロスと一緒にいるときは幸せだよ」
「クラウド、お前は何が欲しい?」
「…ん、セフィロスかいてくれれば何も要らないよ」
クラウドは何を聞いてもそんな調子で、セフィロスさえいれば何でも良いというふうだった。その回答は、ますますセフィロスを悲しませていく。
だって、そこには横たわっているのは覆せない事実なのだ。
クラウドを傷つけることも喜ばせることも、最早セフィロスだけにしかできないという、そういう事実。
「俺を嫌いにならないでね」
嫌われたくないと怯え願うクラウドの心はセフィロスに囚われている。ただ一度だけ「嫌い」と言われたあの日から、クラウドにはセフィロスしか見えなくなってしまったから。
クラウドの中には、セフィロス以外の誰も存在しなくなった。
消えてしまったのである。
しかしそれは、今やセフィロスにとっても同じ事だった。
自分なしには心が動かなくなってしまったクラウドを、放っておくことなどできない。喜ばせる方法なんて永遠に見つからないと思うが、それでも永遠にそれを探し続けなければならないと思っている。
あの時のたった一言が、こんなにも心を捉えているのだ。お互いに。
「好き」は、重なり積もりゆくと何になるのだろう。
きっと、何にもならない。
「嫌い」は、ただ一度だけで刃になるというのに。
何て悲しい事実なのだろうか。
セフィロスはいつも思っていた。あの時口にした「嫌い」という一言が、「好き」という言葉を重ねることで消えていけば良いのに、と。
けれど、あの時分クラウドに対して「嫌い」だと言わずにいられなかった自分についても、それはよく分かっていたのである。だから、あんなことを言わなければ良かった、などとはお世辞にも思えなかった。
「クラウド…」
「どうしたの、セフィロス?」
「…いや、何でも無い」
「もしかして、機嫌…悪い?…俺のせい?あの…俺のこと嫌いに――」
「ならない。大丈夫だ。…好きだから」
「…良かった」
セフィロスは、目の前で怯えながらも安心するクラウドをぎゅっ、と抱きしめた。しっかり抱きしめたその体の温かさや鼓動は、今も昔も変わらない。それなのに、クラウドの表情と言葉は、ずいぶんと変わってしまった。
”お前のことなど、嫌いだ”
あんな事を言う前まで、クラウドは明るく笑ってはすぐに「好きだよ」と口にしてきたものである。そんなクラウドが好きだったから、余計にセフィロスは恐れていたのだ。”いつかクラウドに嫌われてしまうかもしれない”ことを。
思えば、今と全く逆の立場だった。
嫌われることを恐れていたのはセフィロスの方だった。
でも――。
…あの日、クラウドは笑っていた。
セフィロスの大好きだった笑顔を浮かべながら、セフィロスが大好きだった「好き」という言葉を、知りもしない誰かに投げかけていた。
その相手はただの同僚だった。だから、その「好き」に大した意味などなかったのに違いない。しかしセフィロスの心はざわついた。大好きなそれらのものが、他の誰かにもまた向けられていたことに驚くほど胸が痛んだ。
だから、言ったのだ。
いつものように、クラウドが笑顔で近寄ってきた、その後に…。
『セフィロス、大好きだよ』
『…俺は。お前のことなど、嫌いだ』
『え…』
『聞こえなかったか。お前のことなど、嫌いだといったんだ』
とても傷ついたあの顔、今にも泣き出しそうだったあの顔。脳裏に焼きついて離れないあの表情のその後、クラウドは変わってしまった。そして、「好きだよ」と言う変わりに「嫌いにならないで」と言うようになったのである。
もう、心配は要らない。あのときのように、クラウドが誰かに笑顔を見せ「好き」だということは一切ないのだ。これは望んだ状況と一致するはずなのに…それなのに、悲しい。
「…好きだ」
自分にはもう与えられることのない言葉を、永遠に囁き続ける。それは、その人を手に入れた代償なのだろう。それを放棄などはできない。いや、するはずがない。
「本当に?嫌いにならない?」
「ああ、当然だ。…嫌いになど、なれるはずがないだろう?」
セフィロスはそう囁きながらクラウドの頬に口付ける。その頬は、どこかひんやりと冷たかった。
過去、二人の間にはたった一言「嫌い」という言葉が存在していた。
しかし、過去から現在に至るまで一度として「嫌い」という感情は存在していなかったのである。
そこにあったのはいつでも「好き」という気持ちだけだった。
END