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■SERIOUS●MEDIUM ★選
その煙草の苦味を分かりたいと思ってた…。
一本の煙草:セフィロス×クラウド
「オヤジ。煙草、くれよ」
街角でこじんまりしてる、薄汚れた店。その店先に立って、俺はそう言った。店のオヤジは、ああ、煙草ね、なんて言いながら何種類かの煙草を差し出す。
「どれがお好みかい?」
全部眺めてみたけれど、どれも違う。俺が探してるやつじゃない。
俺が首を横に振ると、オヤジは困ったような顔をした。それはそうだろう。何せそれが全種類なんだろうから。
「前、こういう煙草、あっただろ?」
俺はなるべく細かくその煙草の特徴などを説明する。これこれこういう箱で、こういう匂いで、ロゴはこんなんだった、とか。そんな事だ。
だけどオヤジは唸って俺にこう言った。
「残念だね。そりゃ、もう製造中止になった奴だよ」
―――そうか、製造中止か……。
俺は結局、オヤジの差し出した煙草のうちの一つを買った。それをズボンのポケットに押し入れると、何も無かったように歩き出す。
仲間は近くの店で昼食中で、俺はその最中にこうして出歩いていた。最初は俺自身なぜかは分からなかったけれど、俺が真っ先に向かった先がその薄汚れた店だったという事は、きっと俺にとって大きな問題だったに違いない。
だって、ほら。今こうして足を向けてる先。その先には仲間はいなくて、俺は一人きりになろうとしてる。町の人間も誰もいない場所で、そっと思い出そうとしてる。
悪あがきはやめろ、と自分自身にいいきかせても、それは止められない衝動だった。
―――今、心残りがあるわけじゃない。
それでも、それでも俺は、まだ何かを捨てきれてない。
街を出て、近場に止まっているハイウィンドをよそに、俺は少しだけ歩いた。
こんな一人きりの時に敵に出くわしたらどうなるんだろう。そんな事を思いながらも俺は歩き続けて、適当に腰を落ち着かせそうな所で止まった。
青空が広がるその下で、俺は一人、腰をおろす。
それからさっきズボンに押し入れた煙草を取り出すと、邪魔な紙を取り除いて、綺麗に整列した煙草の内の一本を取り出した。親切にもオヤジがつけてくれたマッチをすって煙草に火をつけると、俄かその紙に巻かれた葉は燃え出す。
深く吸い込むと、それが肺に入り込むのが分かる気がする。何だか酷く久し振りで、ヤニクラに襲われそうだった。それでも強情に吸い続けると、煙は空高くまでのぼりつめていった。
――――――この苦味を、覚えてる。
今、目の前には青空しか広がっていなくて、俺は仲間と一緒に行動していて、それはもうあの頃とは全然違うけれど。
――――――それでも、覚えてるんだ。
今、目の前にはその人はいなくて、今の俺は二十一歳で、十五の時の俺とは違うけれど。
それでも、俺は……。
その人の近くには、いつも決まって煙草の残り香が漂っていた。
それは少し苦い匂いで、甘さが全然ない。子供の時に、そういうのは吸わない人の方が悪影響を受けるのよ、と母に教わった事があった。そんな事を思い出しながら、クラウドはその残り香を吸い込む日々を続けていたのだった。
「ね、それ美味しいの?」
いつも決まって、身体を重ねた後に一本の煙草を吸う相手に、クラウドは不思議そうな顔つきで聞く。その時もやはり、その人はそうして煙を吐いた。
ベットで散々苛められたわりには、その後のクラウドはいつも何故か落ち着いている。だからその時も本当にあどけない顔をしていたのだろう。
相手は銀の髪をサラリと揺らしながら、咥え煙草のまま口元を上げた。
「気になるか?」
「うん」
好奇心いっぱいでそう元気に答えるクラウドに、相手はふっと真面目な顔つきをする。それからクラウドの髪を軽く撫でると、
「いいや、駄目だ。お前はまだ早すぎるだろ」
とそんな事を言った。
何だか良く分からないながらも拒否されたという事実だけは伝わって、クラウドはムッとした顔をすると、意地悪、と一言だけ漏らす。
ちょっとくらい、良いのに。そんなふうに思うが、どうもそれは駄目らしい。
「ふん、良いよっ。ケチ!」
「ケチ、って…」
そういう問題じゃないんだがな、と思いながらセフィロスは口から煙を吐き続けた。それはクラウドから見れば、とてもとても大きな“憧れ”だった。
ある日神羅の兵舎から抜け出したクラウドは、ミッドガルの煌びやかな店の一つに入ると、そこでセフィロスの吸っている煙草をこっそり購入しようとした。
外見はまだ十五ほどの少年である。どう考えたって“未成年”で、それは販売する側にも問題だった。
とはいってもミッドガルの下、スラムではそんな表面上の法律は無いも同然で、それがミッドガルの現状ともいえた。
「コレ、下さい」
「駄目駄目、坊やまだ子供でしょ?それに坊やの欲しがってるコレ、かなり強いんだから」
「坊やじゃないよ!」
クラウドは子供扱いされた事にムッとしてそう叫んだ。そうしながらも、心の中では、それが強い煙草だったのかということに納得をしていた。セフィロスらしいや、と思う。
「俺、おつかい頼まれたんだよ。買ってかないと怒られるんだ」
ふと思いついてそんなふうに言うと、主人は明らかに疑惑の目つきになった。クラウドが嘘をついていることはお見通しらしい。確かにいきなり態度が一変したんだから、ムリはない。
「ねえ、オジサン」
そう言って駄々をこねる幼児みたいに甘える目をする。大体の人はこういう目に弱いというくらいは知っていた。
まだ十五、それでももう十五。歳としてはそうそう甘えられるものではなかったけれど、それでも通用するのはクラウドの武器みたいなものだった。
「ううん…参ったなあ」
顔をしかめながらも、その主人はその煙草を手にし始める。箱は少々大きめで、パッケージがとても凝っているその煙草。
元々は庶民向けではなく、上流階級の人間を対象に作られたもので、値段も普通のものとは少し違った。そして人間の身体を蝕むその要素も、強めだった。
味は、高級志向を好む人間に合わせて、甘さの欠片は無い。それでも吸い口は軽く、そこそこに人気を博していた。一部の人間には、である。
「お金ならあるんだよ、ねえ」
そう催促するクラウドに、主人は溜息を吐いてその煙草の箱を眺めた。この目の前の少年がなぜよりにもよってその煙草を欲しがるのかは分からない。けれどハッキリしている事は一つだけあった。
それは、手に入れない限り、この少年は帰らないだろうということだった。
「分かったよ、ちゃんと渡すんだぞ」
そう言って主人は、クラウドの渡す金と引き換えに、その煙草を手放した。本当はこの少年が吸いたいだけなんだろうと分かっていながらも、わざと“渡せ”なんて言いながら。
「ありがと!」
急激に顔を明るくさせたクラウドは、まるで宝物を手にしたように喜んだ。
それは本当に他愛もないことだったけど、それでもセフィロスに近づけると思った。どういう味を好んで、どういう気持ちで吸うのかが、分かる気がした。
それは単に恋愛中に陥る、相手の全てを知りたいという欲求でしかなかったけれど、それでもそれで何かが分かるような気がしていた。
軽い足取りのままどこか近くで火を手に入れると、そのまま人気のない所まで足を運ぶ。そうしてから、ズボンのポケットに大切にしまっておいたその煙草を取り出すと、ドキドキしながら手をかけた。
周りには誰もいない。誰も見てない。誰も叱ったりはしないだろう。
そう確認してから一本を取り出すと、それを咥えて火をつけた。紙に巻かれた凝縮された葉が、パチパチと燃えてゆく。自分の口の中には今まで味わったことのない変な味が広がる。
「何だよ、これ」
良く分からなくて、口に吸い上げて篭った煙をそのまま吐き出す。
…ちっとも美味しくない。
こんなものをスパスパ吸って何が面白いんだろう。クラウドは一人、首を傾げた。
それでも咥え続けていると、その内何だかつまらなくなる。
何やってんだろう、俺。
こんな事しても、セフィロスには近づけるわけないのに。ちっとも味わいも分からないし、気持ちも分からない。
手に握りこんだ煙草を見つめると、何だか空しくなった。
少し高値の煙草。セフィロスの好きな味。
その内、大きく息を吸い込むと、急激に煙が身体に侵入したような気がした。きゅう、と肺が締め付けられる感じがして、その後にゲホゲホと咳き込む。
「ゴホッ、ゴホッ…苦いっ」
その味はちっとも甘くなんてなくて、いつも嗅ぐ匂いと同じように苦くて、クラウドの気分を良くなんてさせなかった。
何となく、セフィロスの責めるような顔が浮かんだ。
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