「……」
「……」
―――――――――はい、惨敗。
「ほら、やっぱり駄目だろ?何も録音されてない」
「あー…マジなんだぞ、っと。でも原因は不明だけど」
何ということかその神羅特製ボイスレコーダー、うんともすんとも言いやしない。ジー、だとか何とかいって、まるでテレビの砂嵐。これじゃ愛しの声音もサヨナラそのもの。
俺はその神羅特製ボイスレコーダーを手の中でポンと投げてから握りしめると、副社長に向かってニッと笑った。天下一品、最高級スマイル。
俺はといえば―――…やめりゃ良いのに、またまた余計なヒトコト。
しかもしっかりポーズまで決めちゃってさ。
「よし。コレ、俺が預かる。で、俺が絶対直す」
白昼堂々、告白にも勝る問題発言。自分で聞いてて呆れるってのは正にこのコト。はいはいってな感じ。
でもま、男ってのは得てしてカッコ付けたがりなんだよ。特にそう、好きなヤツには良いトコ見せたいわけ。今の俺だって例外じゃない。これは部下としてじゃない、レノ様としての意地。…アンド、愛の意地。
そんな俺の意地に、副社長はいかにもハテナマーク。
「…ってお前。だって今直らなかったじゃないか」
そうそう、ナイスご意見。
でもそこもご愛嬌。だってこれは俺の意地、愛の意地。直せなくても直す心意気が大切なんだって。
だから俺はあらかじめこんなん直せないこと分かってるのにそれでも意地を張るのさ。しかも、したり顔の余裕綽々でさ。
「まーまー。俺に任せとけって。見事直して献上するんだぞ、っと」
「…そうか?じゃあ、宜しく頼む」
「りょーかいっ」
…全く。了解も何もあったもんじゃない。
俺はこの後、即刻、武器開発部門に直行。現役エンジニアに少しばかりお世話にならないとこの状況はヤバイ。
何せ俺、約束しちゃったし?
まあ何でここまで頑なにやるかってーと、それは意地だけには留まらない。だって考えてもみろ。良いトコ見せたって結果ボロボロじゃイミがない。
で、此処に一つの提案。
それは勿論、意識集中の為に愛しの姿を敬礼つきで見送った後にやる。
俺は一人きりに戻った最高パラダイスの中でアレでもないコレでもないってグルグル思考回路をパンクさせるわけだ。そんでその思考回路の中で俺が提案したのがコレ。
―――――“イカサマ”。
俺にはいかにもお似合いのヤリ方。でもコレ、世間じゃ極悪そのもの。しかも副社長を騙してるのには変わりないんだから良心ってヤツがチクリとしないわけでもないってな話。
でもま、そんなイカサマまでして俺がそれを通すのはプライドじゃないってね。
例えばこのボイスレコーダーを直せなくて、はい直せませんでしたって献上でもしてみろ。俺のプライドはズタズタ、心はボロボロ。でもって副社長もしょんぼりコースまっしぐら。
でもそこで俺がイカサマをしたらどうなるか?
俺が直したわけじゃないから俺のプライドはやっぱりズタズタ。でも副社長は?…そ、副社長はしょんぼりコースってわけじゃない。つまり俺が直そうとダレが直そうと、直ってりゃ副社長は笑顔んなるってワケだ。
で、俺の答えはそれで決まり。
つまり―――俺は、アンタの笑顔を見たいだけ…ってな。
最初からイカサマもアレだし、俺はやっぱりまず兵器開発部門へ直行した。まあ此処はあんま好きじゃないし、用が済んだら早々にオサラバ願いたいってトコだ。
俺はこの部にも少々知り合いがいるけど、生憎とその日ソイツは休みだったわけで俺の野望はココで打ち切り。他のヤツに頼んでも良いけど、まあこんなんでも兵器開発部門だ。つまりコイツラ、マジにプロ。せっせとお仕事中ってわけだ。
そんなトコロに俺がノコノコやってきてボイスレコーダーをひょいなんて出してみろ、結果は見えてる。そりゃあもう万華鏡ナミに綺麗な結果がな。
で、答え。
“そんな遊びに付き合ってるヒマは無い!”
…ああ、はいはい。そーですか。
そりゃそうだろうな、アンタラの第一っていったら何しろ魂の抜けた機械。そいつらの身体を解剖したり作ってみたりしてるヤツらには、確かにこのボイスレコーダーなんてオモチャそのものだろう。
でも俺にとっては違う。
このボイスレコーダーは魂がちゃんと入っちゃってる機械なんだって事、そこを忘れたらイケナイ。
でもまあ仕事熱心な彼らにはこの魂は理解不能らしいから、俺は例の提案を実行することにした。それはつまり「イカサマ」だ。
まあ多少良心が痛むとはいえ、俺のプライドが傷つくだけだし、俺はそんなもんどーでも良いし?
って事で俺は、そのイカサマ大作戦の為にまず、そのボイスレコーダーを家まで連れて帰った。それはもう宿題並み。しかもそんじょそこらのとは違うバリバリ気持ち入りまくりの宿題ってやつだ。
っていっても俺のその提案には用意するものが他にもある。エンジニアな俺の七つ道具がまず一つ、でもっても一つは新品のボイスレコーダー。俺は知る人ぞ知るってな具合の店まで出向いて、新品まっ更なボイスレコーダーを一つ購入すると、そいつも連れて家に帰った。
まあ見てなって。
プライド捨ててまで欲しいもんってのは、意地でも掴むんだってことを。
どんなイカサマしたってな。
まず第一作業。
それは新品ボイスレコーダーをテストすること。もしコレがまた欠陥品だったら泣くに泣けないからコレは大事なコト。俺はそれを早速テストしてみたが、まあまあ問題は無い。
バカだのアホだの言ったってコイツときたらすっかりそのままコピーしちまうってもんだ。上出来。任務遂行完了。
で、第二作業。
そいつはコピーって作業で、これはある意味俺の技能の一つかもしれない。例えばタークスな俺は仕事上どーしても誰かの真似をして…つまり偽装ってやつだけど、それをする時だってある。まああんまりやらないコトだが、無いこともない。
但し今回の主役は俺じゃなくて、コイツ。ボイスレコーダーだ。
俺は新品ボイスレコーダーと神羅特製ポンコツボイスレコーダーを横に並べて、そいつらを眺め比べてみる。
外装、まあまあ似てる。神羅特製っていってもそりゃネームバリューってだけのブランドで、その名前を取っ払えば特製でも何でもないってな。
そこで七大道具の登場。
俺はそいつらの中から適当なのを選んで、神羅特製ポンコツボイスレコーダーの外装を、すっかりそのままに新品ボイスレコーダーに移し変えた。
まあこの作業ってのはコピーっていっても俺にとっちゃ工作程度ってトコ。ちょっとばかし神羅のロゴでもハメこめばそれで特製ブランドができるワケだ。
でもコレ、世間じゃカクジツ偽装。ってかこんな偽造品でも、神羅のブランドだけでかなりの価値が出るって話。ブレイク間違いなし、人気急上昇。
「…ま、こんなもんなんだぞ、っと」
俺はすっかり瓜二つになったボイスレコーダーににんまり笑ってやった。こう見えても俺は完璧主義者なんだぞ、っと。
で、第三作業。
それは完璧主義のレノ様の、念のための第二テスト。すっかり神羅ポンコツボイスレコーダーに変身した新品ボイスレコーダー君…いやいや失礼、もうコイツはポンコツじゃない。
とにかくソイツをも一度チェック。つまり動作確認。
俺はさっき録音した「ばか」や「あほ」を巻き戻して、録音ボタンをONして、そいつと睨めっこ。
「えー…と」
何を録音する?
コイツは明日にはもう、愛しい副社長の手の中。
って事は俺とは今日でお別れ。
「えー…っと…だから…」
テストするのに入れる言葉なんかどうだって良いってのに、俺はアレコレ思考メグらせて、あーでもないこーでもないとか始める。何考えてんだか。
そう思うけど、それっていうのはつまりアレ。明日にはコイツ俺から離れちまうけど、それでも俺はあるモンを手に入れられるってことだ。
俺の思考はすっかりソッチ。
だから、どーでも良いテストの言葉にさえ詰り気味。
――――――そ。明日には…見れるんだってな。
「副社長の笑顔がな…」
俺はその副社長の笑顔ってヤツのためだけにイカサマ詐欺師に変身。プライドじゃなくて意地でハッタリかましてる。
でもな、それでも譲れないんだ。
だって俺は、その笑顔がさ―――…
「好きなんだぞ、っと…」
俺はそれが見たいだけだ。
「…って、おいおい!何やってんだ、俺」
俺はハッと我に返って即録音ボタンをOFFする。危ない危ない、これじゃ愛の告白だって話だ。
俺にそんな大それたことが?…できなくもないけど、しちゃ駄目だってな話。だから俺は超がつくほど謙虚にその笑顔で我慢してるんだってな。
とにかく俺は、一旦録音になったその愛の告白を巻き戻してやった。でもって再生ボタンON。すると、ジージーってな微音の中で俺の愛の告白が流れてくる。まあ、何つー恥ずかしいこと言ってんだかって台詞だ。
「はっ!馬鹿馬鹿し…」
こんなん聞かせられるはずナイ。俺は速攻ボイスレコーダーに命令、それは勿論「デリート命令」。あんな告白は100点満点中1点にも満たない。ってわけで、証拠隠滅。
今や神羅の威光を手にしたそのボイスレコーダーは上手い具合にデリートを完了して、俺は最初まで巻き戻ったそれをチェックしてからソイツを俺の部下から外してやった。
明日からコイツは副社長の部下ってわけだ。
だけどコイツ、一回は俺の本音を聞いちまったんだな。
「おい、お前さ。黙っとけよ」
俺は機械の塊にそう最終命令すると、じゃあな、なんて最後の挨拶をした。
翌日、俺は速攻ソイツを副社長に献上してやった。
俺のイカサマも伊達じゃないだろ?何せコイツは今や神羅のブランド背負ったボイスレコーダーだ。昨日までどっかの店に窮屈そうに座ってたあいつじゃない。
ま、そんな具合に俺がソイツをひょいと出してやると、俺の愛しの副社長殿はガラでもなく満面の笑みになった。
そうそう、ソレ。
俺が欲しかったモン。
「ありがとう、レノ」
「どーいたしまして!一応ソイツ、テスト済。しっかり復帰なんだぞっと」
「凄いな…もしかしたら配属間違えたかな?」
「いやいやいや、俺はタークスが性に合ってる」
おいおい、副社長。ソレは無いでしょ。
だってココで兵器開発部門にでも回されてみろ。あのキャハハハがウザいってだけじゃ済まない。あんなトコ行ったら愛しの副社長にそうそうお会いできないでしょ?
副社長は俺のテストを信頼して、特にそのボイスレコーダーを動かしもしなかった。ただそれを眺めて相変わらず「凄いな」とか「どうやったんだ」だとか言ってる。まあ機械好きの副社長にしてみればどういうカラクリかって疑問も疑問だろうけど。
でもその疑問は愚問。
何せこれはカラクリ。
イカサマってカラクリに意地ってカラクリ。
で、最後はアレ。
愛の力ってゆーカラクリ。
――――――でもそればっかりは秘密なんだぞ、っと。
「レノ。お前、こういうの得意そうだな。じゃあもう一つ頼みたいことがあるんだけどな」
「んー?」
はいはい、何でしょう?
俺はボーイよろしく一礼。
で、その頼みごとってのは。
「PCの調子がおかしくてな。見よう見ようと思いながら、どうも時間が足りなくて。だから代わりにレノが見てくれないか?」
「PC?って神羅の?それとも…」
「プライベートで使ってるヤツだ。神羅のだったら即直してる」
「…だな」
これはビックな任務。副社長のプライベートなPCを俺が見るっていうんだからコレは最高の任務に違いない。
なあ副社長、分かってるか?プライベートのPCを俺に見せるってのがどういう事なのか、さ?
言ってみれば盗撮と一緒。しかも相手が俺だったのは残念賞。だって俺、マトモなエンジニアじゃないし、今やタークスのレノでもない。まあ言ってみれば獲物を狙ってる狩人みたいなもんだろう。
そんな俺にみすみす手中明かすってのはスゴイ決意。っていってもそれは俺のイカサマと意地と愛の力の褒章って感じだけど。
「りょーかい。じゃ、それ貸して」
俺はにっこり笑いながらそう言った。副社長はそれを聞いて「ありがとう」なんて言葉を俺にくれると、ケースに入ったノートPCを俺に差し出す。
って、その時。