27:秘密を知る者
珍しい――――こんなふうに話しかけてくるなんて。
店内にルーファウスのみしか客がいないせいだろうか、こんな事は初めてだとルーファウスは思う。
しかも、今しがたオーダーを取りに来たウェイターとは別の人間である。
「失礼とは存じますが、ルーファウス神羅様でいらっしゃいますね」
「?ああ、そうだが。…入店認証で確認済みではないのか?」
「はい、仰る通りで。しかしながら私は貴方様に初めてお目にかかりましたもので、つい…ご無礼をお許しください」
「別に構わない」
一体何なんだろうか、ルーファウスは訝しげに思いながらウェイターを見やる。
ウェイターはまだ年端も行かない…とはいってもルーファウスよりは年上であろうが、二十代前半にしか見えないほどの若さだった。
いつもクラウンカフェに来ると初老の執事のような男が出てくるものだから、こういう若い男は何となく印象的である。
白いブラウス、黒のベストにスラックス、そして蝶ネクタイ。ありがちとはいえ、クラシックな格好である。クラウンカフェはいつもそうだ。
「ルーファウス神羅様はまだお若いのに敏腕、聡明とお伺いしております。私も神羅カンパニーのお力あってこそ生活できるというものです。実の所を申しますと、前々から是非お近づきになれればと心ひそかに思いを馳せておりまして――――」
「……」
一体何なんだ、この男は。
いよいよ不信感が募ってくる。
ルーファウスと同じ金髪を綺麗に真ん中で分けていたウェイターは、長身の為か腰を少々曲げて話しており、言葉を発するたびに肩まで伸びた髪がサラリと揺れる。顔立ちも妙に端正で、まあ世の中でいう美青年には当てはまるだろうという外見である。
別段それは申し分ないのだが、何だかそれが妙に不信感を募らせるのだ。言葉の内容もそれと同等である。
「ですから今日の私は幸運としか申し様がありません。―――――貴方様にとっても今日は幸運という事になりましょう」
「…どういう意味だ?」
男の放った言葉に、ルーファウスは不機嫌そうな顔をしてそう問う。まさかこの出会いがルーファウスにとっても幸運だとでも言うつもりだろうか。馬鹿げている。
そう思ったが、どうやら男の放った幸運という言葉は、もっと重要な意味があるらしかった。
男は、はちきれんばかりの笑顔を振りまきながら恐ろしい事を口にする。その顔にそぐわない…いや、もしかすると見事にマッチした様子で。
「―――――私は、貴方様がこの世に生を受けたその“秘密”を存じております」
「!」
その言葉を受けた瞬間、ルーファウスの表情は凍りついた。
目を見開き、依然満面の笑みである端正な顔を見やる。
「それに…どうやら男色家でいらっしゃる事も」
「な…にを馬鹿な。私はそんなものでは…」
「如何でしょう、幸いにも私は貴方様に最適な場所を存じております。宜しければそちらをご紹介いたしますよ。尤も、私がお相手差し上げても宜しいですが」
「ふざけるな!」
ガタン!
そう音をさせて立ち上がったルーファウスは、そのままの勢いで罵倒を浴びせようと息を大きく吸い込んだ。
がしかし、その次の瞬間には男に口を塞がれ、更には両手を絡め取られる。
まずい!、そう思ったときには既に男は豹変していた。
「騒ぐなよ。こっちはアンタのネタ掴んでんだ、自分と赤髪の男の身が可愛いなら取引しようぜ?」
「!?」
赤髪――――――レノのことだろうか。
という事は過去どこかで尾られていたということになる。
それであれば男色家などと口にしたのも頷ける話だ。これは計画的な恐喝なのだろう。
「数日後にアンタの親父主催のパーティがあるな。そこで取引だ。アンタにとってもアンタの親父にとっても体裁を見繕わなきゃならない場所だ、派手なパフォーマンスなんか出来ないだろ?なに、簡単な話だ。アンタの個人資産だけで充分だぜ」
ニヤリと笑った男は早口でそう言うと、じゃあまた会おう、と言い残し、ルーファウスから手を離すと同時にドアから走り去っていった。
「な…」
あまりに突然の出来事に、ルーファウスは暫く動けなかったものである。
まるで一瞬の出来事、だけれど重要度は極めて高い。あれは恐喝、つまり犯罪行為である。
暫く空白だった頭が働き始めた頃、ようやく中からウェイターが姿を現した。
ウェイターは先ほどの出来事に気付いていないのか、上品なケーキと紅茶を手に優雅に歩いてくる。そのウェイターと目が合って、ルーファウスはやっとのことで椅子に腰を落ち着かせた。
「大変お待たせいたしました」
ウェイターがそう言って、テーブルにケーキと紅茶を静かに置く。
その動作を目に映しながらも呆然としていたルーファウスは、それではごゆっくり、と言い残して去ろうとしたウェイターの背中に慌てて声をかけた。
「待ってくれ!此処に…金髪の若い男のウェイターは?」
「いいえ、おりませんが」
「…そうか」
―――――何者なんだ、あの男は。
ウェイターなはずはないと思いながら放った問いには、当然思ったとおりの回答がやってくる。
しかしそれでもそれを問うたのは、心のどこかで先ほどのあれが嘘であれと願っていた証拠だった。