Seventh bridge -すてられたものがたり-
警察機構内に集団脱獄事件の追跡本部が設置されたのはその翌日だった。
腕の良い社員が追跡班として召集される中、俺たち元タークスは当然のようにそこに配備された。長長しい本部の説明を聞いた後、それぞれが割り当てられた場所につく。
俺とツォンさんは危惧した通りレノとの過去を掘り下げられ、俺はそれを黙していたが、ツォンさんは洗い浚いを吐き出した。しかしそれは過去の情報であって今のものじゃない。つまり捜査の参考にはさっぱりならなかった。
俺は未だにレノからメールを受け取っていたが、そのことは黙秘した。そもそも、それを話したところで何のメリットもない。何しろレノの寄越すメールは何かを特定できるような内容ではなかったからだ。
“空が青い。今日はいい天気だ。こういう日は鼻歌を歌いたくなる”
だから何だというような内容。
返信にも困る。
だから俺はただ、
“そうか”
と送り付ける。
俺はそんな板挟みの中、それでも捜査を遂行していった。捜査して、だけど心の中では見つかるなと叫んでる。捜査ポイントに着いてツォンさんと連携を取る間でさえ、俺はそういうことを考えていた。
見つかるな、逃げろ。
心と体はバラバラな方向に向いている。そのちぐはぐさが捜査を崩しそうになるのは分かっていたが、それでも俺は何とか捜査に必死な素振りを見せだ。そうでなければ俺は疑われるだろう。ひいては、レノからの意味のないメールも重要参考品になってしまうだろう。
「あとはプリズンの捜査だな。レノの勤務していたという第4エリアプリズンだ」
「まさか。そんなところにいる筈はない」
「分かってる。ただの聞き込みだ」
「…ああ」
ツォンさんの捜査は至って慎重だった。
手を抜くこともなく、細かく、いつでも捕獲可能な準備万端さ。かつてレノが賛美したそれが、今やレノを追い詰めている。
俺とツォンさんは第4エリアプリズンという北地区のプリズンに向かった。
そこはレノがかつて勤務していたプリズンだそうなのだが、俺はレノがプリズン勤務をしているとしか知らなかったから、何故それが過去系なのか分からなかった。警察機構が割り出した情報の方が何倍も詳しくて、その情報を事細かにチェックしていたツォンさんの方が、今や俺なんかより余程レノに詳しい。
俺たちは過去どこかで見たことがあるようなその外壁の中に、新たなるレノの真実を知ることになった。
プリズン統括をしているという男の所に通される。
その男は四十代半ばの酷く厭な雰囲気の人間だった。
いや、厭な雰囲気というのはひとえに俺の直感であって一般論じゃない。ただ、その鼻に掛かる物言いは俺にとって誉められたものじゃなかった。
「いやはや、こんな失態を晒してしまうとは…警察機構の方に何と詫びたら良いものか。本来連携をとるべき我々がこのように対峙するのは非常に遺憾です」
「左様ですね」
ツォンさんはそれをすぐに跳ね返すと、ところで、と話題をすり替える。自慢のおべっかが使えなかったことでその男は気分を害したようだったが、俺からすればいい気味でもあった。
「現在逃走中のレノ―――ですが。かつてはこちらに勤務していたとのことを伺いました。彼の行く先に心当たりはありませんか」
「いや、さっぱりありませんな。確かに彼は此処の職員でした。最も、それも数年前の話ですが」
「数年前?ということは直近の勤務先はこちらではない?」
「まあ、そうですな」
男はふん、と鼻を鳴らすと、何かの手違いが起きたんですよ、とぼやいた。
「このプリズン管理局の勤務には種類がありましてね、一般の職員と荒くれ者の職員とがあるんですな。囚人は何せ凶暴なのもおる次第ですから、荒くれ社員も必要なんですわ。武闘制圧班という奴がありまして、レノはそれだったんです」
「武闘制圧班、ですか」
それは俺も噂で耳にしたことがある。
武力行使を許されたエリート部隊という話で、それになるにはかなり難関だとかいう話だった気がする。
目前の男はいかにも脳のない暴力集団のように口にしているが、それは違う。この男こそ脳が無さそうだ。しかし男はいかにもといった調子で話を続けていった。
「昔ちょっとした集団脱獄事件がありましてね。彼はそれを上手いこと押さえ込んだんですな。それがきっかけでプリズン管理局の上の方に回されたわけです」
それはつまり昇進ですね、ツォンさんがそう言うと、男は大げさにまさか!と声を上げた。
「あんな若造がそんなはずないでしょう!厄介払いでもしたんですよ。現にあいつはこうして問題を起こしている」
男はくつくつと笑うと、困ったもんですなあといかにもらしく口にした。
俺はそんな男を眺めながら目を細める。
こいつはそこそこ立場が上の男らしいが、レノはかつてこんな男の下で働いていたのか。そう思うとうんざりする。
俺には、この男の言う言葉が嘘で出来ていることが良く分かっていた。レノは確かに昇進したのだろう。そしてそれは、この男の采配では無かったに違いない。
よくある話だ、部下の手柄を横取りしようとする上司。そして挙げ句の果てには横取りすら失敗して自身は昇進出来なかったとか言うオチ。負け惜しみもいい加減にすれば良いものを…反吐が出る。
チラ、と隣のツォンさんを見ると、ツォンさんも心穏やかというわけではなさそうだった。が、それでも冷静沈着に質問を繰り出していく。
「では、こちらに勤務している時の彼はどんなふうでしたか。何か予兆のようなものがあったとか…」
「さあねえ。彼はいい加減な雰囲気だったから。生来そういう気質かもしれんよ。ハハハ」
俺の目の前でろくでなしが笑った。
さも愉快そうに。
酷く下卑て。
俺の手は知らず拳を作り震えていた。
こいつに一体何が分かる?
レノの何か分かるというんだ?
こんな奴に。
こんな奴に―――――――
「――――ルード」
「…!」
ふと我に返ると、俺の前には直線に伸びたツォンさんの腕があった。
それを見た瞬間、俺は自分が何をしようとしたのかを悟る。
…手を上げようとしたんだ。
俺は、感情任せに目の前のタヌキに手を上げようとしていたんだ。
ツォンさんが止めてくれていなかったら俺は間違いなく殴っていただろう。警察機構が傷害罪、そんなバカらしいキャッチコピーを背負って。
オヤジは不審そうに顔を歪めて俺を見ていたが、俺は何も言わなかった。そんな中でツォンさんが冷静沈着に話を続ける。
「…なるほど。あなたの“主観”は良く理解できました。しかし我々は“事実”を知りたいのです。できればかつて起こったその集団脱獄事件の内容を教えて頂けませんか。勿論、事実だけを」
オヤジは小さく舌打ちをすると、自分は忙しいから他の者を寄越すといって立ち上がった。イライラしているのがわかる。大方ツォンさんの真意をついた言葉が気に食わなかったのだろう。
去り際、ヤツは俺を見てふん、と鼻を鳴らした。
俺はただそれを見ていた。じっと。
「ルード」
部屋に二人きりになると、緊張を解いたようなツォンさんの言葉が耳に入った。俺はツォンさんに視線を合わせて小さく頭を下げる。悪かったと思ったからだ。
「すみません、ツォンさん。あんな行動を…」
「構わない。―――と言いたい所だがそうも出来ないな。気持ちは分かるが少し冷静になれ」
「…はい」
だけどツォンさん。俺には無理だ。
確かにレノ自身の行動には今までどれだけ呆れてきたか知れないし、理解できない点も未だ多い。でも、俺はそれでも知ってるんだ。レノが信頼に値するヤツだということ、あいつは決して不真面目なヤツじゃないということ、あんな言われ方をするようなヤツじゃないということを。俺はずっとレノと共にいたから。
「ツォンさん。もしもレノが……」
本当に悪意をもって罪を犯したとしたら?
その時ツォンさんはどうするつもりなんだ?
捕まえて、そして、法的に裁こうとするのか?それを望むのか?
そう聞きたかった。
だが言葉が上手く出てこない内にツォンさんが先に言葉を放った。
「何か事情が絡んでいる可能性が高い。脱獄というキーワードが重なりすぎている」
「脱獄?」
ツォンさんは頷く。
「集団脱獄を捕まえたレノが、今度は集団脱獄を担ったんだ。今回の脱獄者はおおよそ七十人らしい」
「……」
俺が何も言えずにいると、ふいに背後から音が鳴り響いた。
コンコン。
会話を止めてツォンさんとそちらを見やる。
すると、視線の先のドアがすっと開いた。
DATE:03/17
FROM:レノ
TITLE:無題
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
兵士よ、前に進め!
おまえは貴重なものを知っているじなかいか。
本物になれ。
本物になれ。
– – – – – – – – – END – – – – – – – – –
いけ好かない狸オヤジが寄越した部下の進言で、ツォンさんと俺はプリズン管理局本部というところに出向くことになった。そこで、レノの同僚という男に会う。
レノが「犯行」に及ぶ直前まで行動を共にしていたのだとか言うその男は、ぴっしりとしたスーツを着ていた。まるでよれを感じないのりのきいたスーツ。いかにも激しい動きはしていないといった調子。
だのに男は、仕事が忙しくて、といかにもな調子でのたまった。俺とツォンさんの聞き込みにも、さも大事な時間を割いたのだと言いたげに。
「まさかあいつがあんな行動を起こすとは思いませんでしたからねぇ」
実に困ったやつです、と男は眉を八の字に歪める。
何故だろう、俺は違和感を覚える。
「まあ座ってください。大した話は無いですけどね」
男は応接室に俺たちを通すと、いかにも高級そうなソファーチェアーを勧めた。差し出された茶菓子もいかにも高価そうで、俺はそこに腐った金の巡りを感じる。管理局などというのは本来接待などと無縁の場所だ。つまりこのような用意周到は不必要に違いなかった。
「あの日は周期調査だったんですよ」
男はタバコをふかしながらそう切り出す。
「ただし担当は我々ではなかったんです。もともと調査を割り振られてた者がいましてね。ところがレノはそれをするといって聞かないもので、仕方なく私が同行したんです」
「では、プリズンにはレノの意志で?」
「まあそうです。大方、良いところでも見せたかったんでしょう」
男はタバコの煙が目に入ったのだか、ふいに痛そうに顔を歪めた。そして涙目になりながら話を続ける。
「見てのとおり忙しい職場なんで、そんなのは無駄だと言ったんですがね。あいつのお陰で余計忙しくなっちゃいましたよ。もっと仕事に真面目になってもらいたかったもんですよ」
「…失礼ですが、レノが犯行に及んだ時、あなたはどちらに?」
ツォンさんが冷静に問うと、男はけほんけほん、と咳き込んだ。そうして、少し焦ったように違う仕事をやっていた、と口にする。同行はしたが、その瞬間は違うことをしていたから知らないのだ、と。
ツォンさんはそれをメモに書き留めると、過去の集団脱獄事件についてを聴取しはじめた。俺はそれを隣でじっと聞いていた。
「あいつが集団脱獄を捕らえたのはプリズン勤務の頃の話なんですよ。俺もその頃はプリズン勤務でしてね。いや、違うプリズンですよ、南の。だからまあ実際には目にしていないんですがね。まあそれは、あいつにとっちゃ手柄みたいなもんだったんですよ」
男は目を細めると、しかしこうなると自作自演の可能性もありますね、などとのたまった。
自作自演。
思わず警察機構を思い出す。
確かに自作自演で成果を上げようとする輩は多い。
しかしレノが?
まさかそんなはずはない。俺は根拠も無くそう思う。
「もともと囚人と顔見知りって可能性も否めないでしょう」
「関連性があると?」
鋭くツォンさんが聞くと、男はさあ、と無責任な言葉を吐いた。どうやら根拠はないらしい。そりゃあそうだろう、俺にはこいつとレノがパートナーだったとは思えない。レノがこんな輩に本当のことを言うとは思えない。
そんなことを思い、俺はふいに自分が情けなくなった。一体俺は何を考えているんだ。だったら俺が一番レノを理解しているとでも?一番頼られているとでも?
――――――思い上がりも良いところだ。
俺は結局レノを理解していなかったんだろう。あいつが信頼できるやつだと確信しながらも、どうしてあんな凶行に及んだのかを理解っていない。そんな俺にレノのパートナーを自負する資格なんかない。
俺は……。
「今回脱獄した囚人達ですが、そもそも彼らが捕まった理由は何ですか?」
思考に落ちる俺の隣で、ツォンさんが質問を続けていく。それに対し、男は棚の中から書類ファイルを取り出すと、その中から例の脱獄事件についてが書かれた部分を抜き出した。
「メモさせて頂いても?」
「ああ、宜しければコピーしますよ」
コピー機のうぃぃんという音が耳に入り込む。それを聞いて、俺は神羅の魔晄炉を思い出した。低い駆動音を響かせる魔晄炉。
ああ、あれは―――――――いつのことだったろう?
俺は、俺たちは、あの音を聞きながら毎日を奔走していた。
そこにはいつも明日があって、いつも信じるものがあって。
いつも―――――――大切なものが共にあった…。
DATE:04/08
FROM:レノ
TITLE:無題
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
あの空はいつかと同じ空、
そんでもって今も同じ空。
それなのにどうして違く見えちゃうんだろ???
あの時と同じ空の下で、
あの時の空を見たいなんて思ってる。
アホか??
あの時のが空気悪かったのに、
あの時のが空気うまかったかな。
肺に悪い。心に悪い。
– – – – – – – – – END – – – – – – – – –
DATE:04/08
FROM:ルード
TITLE:RE:
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
どこにいる?
何をしている?
無事なのか?
– – – – – – – – – END – – – – – – – – –
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