Seventh bridge -すてられたものがたり-
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監視の部屋で俺は、ツォンさんから受け取ったメッセージをひたすら繰り返していた。繰り返さなければ忘れてしまいそうだったからだ。
ツォンさんがあんな方法でメッセージをくれたのは、多分、俺の背後に監視カメラがあったからだろう。恐らくカメラに写らない角度を考えてあんなふうに見せたんだと俺は思ってる。
ツォンさんからのメッセージは、主に2つ。
1つは、直前まで俺たちが捜査していた事件についての続報。
もう1つは、この部屋からの脱出方法。
脱出方法は意外にも簡単だった。もしかしたらこれもツォンさんが仕組んでくれたのかもしれない。俺は全く気づかなかったが、この部屋にはどうやら仕掛けがあるらしい。仕掛けといったって妙な仕掛けじゃない。武器があるというだけだ。でも、武器があるのとないのとでは大違いだ。
俺は夜になるのを待った。
そしていつものようにベットに潜り込んで寝に入るフリをした。
俺がこういう状態になって、やがてぐうぐうと寝息を立てるようになってから、監視の男はようやく眠ることができる。
この部屋にいる間、俺は手錠はかけられていない。
だから、例えば体術でやつを倒そうと思えばそれも不可能ではなかった。ただそれをしたところで、俺はこの部屋を出られない仕組みになってる。何故かといえば、この部屋のドアには厳重なパスワードがしかれていて、そのパスワードはヤツしか分からないからだ。それは大体警察機構の本部と同じセキュリティで、下手をするとすぐに通報される仕組みになってる。実に厄介なシロモノというわけだ。
「……」
布団に入って30分。
俺はなるべく自然なふうに寝息を立てた。
そして、折を見て寝返りを打つ。
ポイントはこの寝返りで、この1回の寝返りごとに上手く事を運ばねばならなかった。1回体をずらし、もう1回体をずらし、何とかシーツの下に手を入れることに成功する。
今まで考えもしなかったことだが、シーツのしたのマットレス部分に小さな穴があるんだ。そこから手をしのばせると…こつん、と硬い感覚。俺はこれを知ってる。
銃だ。
「……」
俺はぐうぐうと寝息を立て、ごろんと寝返りをうち、少しづつ少しづつこの作業を進めた。そしてそれがようやく手に入ったのは、もう真夜中も真夜中、午前3時のことだった。
その頃になると、監視のやつもすっかり夢の中だったらしい。俺の芝居でも何とか人が騙せるんだな。
俺は注意深く銃を取り出すと、1、2、3と心の中で数えながら、あるタイミングでがばっと布団を監視に投げつけた。その突然の出来事に驚いたらしい監視は、布団の下でバタバタと動いている。
監視は銃を持っているし、あまり長いことこんなふうにしておくのは実に危険だった。このまま布団を被せて銃を放てば、消音にもなるし良いのかもしれないと思ったが…彼とて好きでやっているわけではないだろうに、ただ単に殺すのは嫌だった。
結局俺は、銃で威嚇しながら監視を追い込み、監視の手錠を奪って、そいつで監視を部屋に繋いだ。危ないから銃は取り払っておく。それから声を出されちゃ困ると思い、監視のネクタイをほどいて口を縛った。
こんなことをしていると、まるで本当に犯罪者になったようだった。勿論俺は何もしていないが、妙な錯覚に陥る。
「悪いな…」
俺は監視からセキュリティーのキーを奪うと、ツォンさんに教えてもらったとおりのパスワードで部屋を出た。
俺は、とうとう自由の身になったらしい。
「――――――よし」
ともかくその場から離れようと、俺は走って走って走りまくった。どれだけ走ったかは分からないが、随分と遠くに来たことは確かだろう。
気が付くと空はじんわりと明るくなってきていて、そろそろ朝なのだということを実感した。店は閉まっているから何時かは分からないが、多分午前5時ごろだろう。
教会を見つけた俺は、そこで暫し休むことにした。
警察機構の犯人でっちあげ計画はどこまで進んでいるのか―――――恐らくまだ公にはされていないだろうから、俺の顔は割れていないだろう。そんなことを考えながらうとうととする。思えば一睡もしてない。そして走りまくったのだ。
俺は睡魔に誘われるまま、その場で少し眠っていた。
目が覚めたのは、午前10時のことだった。
さすがに人の往来もあり、店も開いている。
教会で眠っていたせいか、恵みなのだろうか、誰かが一切れのパンを紙袋に包んで置いていったらしい。その紙袋の隣には硬貨が何枚か置かれている。
俺はそれを見て苦笑せずにはいられなかった。が、その反面、そういう世界が息づいていることにはある種の感動を覚えていた。
実際問題、俺には金が無かった。自宅に帰ればあるが、それはさすがに危険だろう。財布は没収されているからカードの類も使えない。本当に今の俺は文無しだった。
有難くパンをかじり、硬貨を握り、俺はとにかく先を急ぐ。
俺の目指す「先」というのは、ツォンさんのメッセージにあったあるポイントだ。別にツォンさんがそこを目指せと言ったわけじゃない。ただ、そのメッセージを見て、俺が勝手に判断をしただけだ。そこにレノがいるんじゃないか、と。
ツォンさんのメッセージにあった情報は、捜査の続き…つまり、“何故あの事件が起きたか”という理由、つまり原因だった。
「意外といえば意外…か」
ツォンさんのメッセージによると、医療制度の提唱者…ある活動家といわれていた人物こそプリズン管理局トップだったらしい。ちょっとしたアドバイス…というか口車に、医療団体のトップが乗っかったというのが本当のところらしかった。
ただ、問題はそこからだろう。
そもそも神羅カンパニーの科学部門を引き継ぐ形になったのは医療団体ともう一つ、研究団体だった。そう、今まで語られてこなかったこの研究団体がダークホースだったかもしれない。
この医療と研究の2団体は、そもそも仲が悪かった。
そもそもプリズン管理局と繋がりを持っていたのは医療団体ではなく研究団体の方で、何故この2つが繋がるようになったかといえば、プリズン管理局は死んだ囚人を秘密裏に研究団体に流していたからだった。当然、研究団体は死体にメスを入れ研究をした。
医療パニックが起こったその頃、医療団体はあまりの人手不足に右往左往していた。そこで、犬猿の仲でありながらも、同じ医療を心得てはいる研究団体に要請を出した。ところが研究団体はこれを拒否。そこで、プリズン管理局が出張ってくるわけだ。
プリズン管理局トップの男は曲者で「医者は管理制度下の者以外には保証をするな!」という演説をしてのけた男だ。この男のこの演説は、研究団体が医療団体を批判した際にポロリと零した言葉を尤もらしく言い直しただけの、単なる受け売りだった。ところがこの演説に痛く感動した医療団体のトップは、それを機にプリズン管理局と繋がりを持ち、その意見を聞き入れることとなる。
この際、ここには取引があった。
それは、通称“膨張剤”と呼ばれる薬を投与すること。
この薬は研究団体が研究したもので、害虫駆除などに使われていた薬らしい。その通称通り、投与されると体がぶくぶくと膨張し、やがては細胞が破裂するという恐ろしい薬だ。
簡単な話だ。
医療団体は、人手不足の上に患者があぶれて困っていた。
研究団体は、生身の人間に対して膨張剤の人体実験をしたかった。
ここに一つの法律という基準を設け、わざと人々の怒りを増長させて暴動を起こさせる。それを元々繋がりのある警察機構が鎮圧する。
警察機構は、制度制定前は暴動を鎮圧し、制定後は積極的に暴動を検挙した。鎮圧は、ツォンさんの指摘したとおり、民衆コントロールのためのものだったんだろう。
そして、ヤンの市民団体が捕まる。
プリズンに放り込まれたヤンは、この膨張剤を実験的に投与されることとなった。
――――というのが、ツォンさんの教えてくれた事実から構築した俺の考えだ。多分、そこに間違いは無いだろう。仮に間違っていても、事実はそう遠く無いはずだ。
俺はそれらのことを反芻しながら、ひたすらに脚を動かした。
ふと、脳裏にツォンさんの顔が掠める。
ツォンさんは俺にこれらを教えてくれたし、逃がしてもくれた。そこには大きな意味があるんだろう。ただ単にツォンさんとの間に信頼関係があるからだとか、それだけの理由とは思えなかった。何故かは分からない。ただ、ツォンさんの胸についていた社章には重みがあって、ツォンさんが組織からあれを受け取ったことには大きな代償を伴っているんだと俺は漠然と考えていた。
俺の向かう先は随分と田舎だ。
そこには、医療団体のトップが買い占めた土地というのがあるらしい。ツォンさんのメッセージの中には、ある3つの土地が書かれてた。それは、医療団体、研究団体、プリズン管理局…この3組織のトップに関係のある土地らしく、恐らくツォンさんは、そこに医療制度制定の裏を取れる何かがあるかもしれないと踏んだんだろう。
ツォンさんが教えてくれたそこに、俺は行かなければいけないと思った。調べて、真実を暴くべきだとも思った。でも、それは50%の勝機すらない危険な賭けに違いない。何故なら、これは既に闇に葬られた真実を掘り起こしているに過ぎない行為だからだ。それに、実際俺はこんな身になってしまったんだ。仮に真実を得ても、俺は真っ先に標的になるに違いなかった。
俺は3つの土地の中から1つを選んだ。
それは、医療団体のトップの男が買い占めた土地で、土地からするに随分と田舎だということが分かっている。そこに何か重要な真実があるとは思えなかったが、その変わり面白い事実に突き当たった。それは、いつだったかレノが酒場で話していたこと。そして、少し前のメールにさえも書いて寄越したこと。
“この歌、有名だろ。歌ってた奴どうしたかなって思って”
“こじんまりした農村で隠居暮しだ!”
――――そう、あの懐メロジャズの歌手の話。
あの歌手が隠居した農村が、そこだったんだ。
それを俺は思い出したんだ。
確信は無い。でも、その農村に行くことがレノに繋がるような気がしてた。そこに行けばあの日のレノに出会える気がして、俺はとにかく急いでた。
そこに真実があろうがなかろうが、それがレノに繋がるならそれだけでも構わないとすら思っていたかもしれない。確信なんて何も無いのに、それでも俺はそこに向かってる。
アイツに会いたいと思った。
不思議だった。
あの頃の俺は、アイツの飲みの誘いを少しばかり面倒くさがっていて、アイツに何が起ころうがそこにある繫がりは変わらないと思ってた。
でも…俺は今、その繋がりを自ら手繰り寄せようとしてる。その繋がりは確かなものなんだと、確信したがってる。
この世界ではきっと、誰しもが安心したがっているんだろう。
どこかに所属して、何かに依存して、誰かと共に歩いて、同意し、共感し、それを得る為になら時には嘘をついて誰かを貶め裏切ることまでして…そこまでして安心したがっている。それを浅はかだと笑うことはできない。
あの日のお前も、今の俺も、きっとそれと同じなんだろう?
安心したいんだ。
繰り返される嘘や裏切りや犯罪が横行するこの世界で、絶対的に安心して眠れる場所が欲しいだけなんだ。
DATE:06/09
FROM:ルード
TITLE:無題
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お前のところに向かってる。
間違っていなければもうすぐお前に会える。
– – – – – – – – – END – – – – – – – – –
DATE:06/09
FROM:レノ
TITLE:RE:
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お前と俺が会えたら、ソレ、
きっとバグ。
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DATE:06/09
FROM:ルード
TITLE:RE:RE:
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バグでも良い。
お前がt
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DATE:06/09
FROM:レノ
TITLE:RE:RE:RE
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t?
tって何だ???
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